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エビデンスとは 第3弾


見ていると「エビデンスがある」と言われると、人は「ははー」となる傾向がある。しかし、これはシープルである。
 エビデンスに関して私はいろいろと考えてきた。

 今までのエビデンスに関する私の2報では、エビデンス=真実 と見ていた。もっともこのような見方をしている人が多いであろう。このようにエビデンスというものを見ると、「ははー」と崇拝することになる。
 これではエビデンスに支配されたシープルになるだろうし、私もシープルのうちの1匹であったのだ。

 もっと簡単に考えてみた。エビデンスとは辞書で evidence と見ると「証拠」という意味である。
 どこから見てもこの言葉に「真実 fact」という意味はない。

 医学のことを論じる時に使われることが多い様なので医学のことを例に出して論じてみよう。
 例えばこの前「新型コロナウイルスワクチン接種後に自然退縮を認めた肝細胞癌の1例」という論文が発表された。

 これをもってワクチンを推奨する人は「コロナワクチンは有効だ」と色めき立っている。「コロナワクチンが有効である、というエビデンスだ」というような言い方をしてくる。 
 
 しかし、これは単純に、そのような症例、つまり、ワクチンを3回打った人で肝細胞癌が縮小したケースがあった、という話である。
 エビデンス、というとすれば、一つの状況証拠があった、というだけで、非常に弱い証拠ではないかな。

 このようなことを言えば、「酸素を吸うと癌が治る」とか「重曹クエン酸などで体をアルカリ性にすると癌の予防効果、治療効果がある」という話もある。
 話を聞くとやはりいろいろな証拠、つまり、エビデンスをあげて論じている。

 ここではこれらのは話の信憑性は論じない。
 ただ、エビデンスについて論じた。
 エビデンスというのは「証拠」
 それも医学の場合、医学論文はほとんどが「状況証拠」である。
 結論として、エビデンス、という言葉に「ははー」となるようなことはやめようということだ。
 よくよくその裏にある真実を見極めよう。
 
 エビデンス、という言葉が最近よく使われているが、単に「証拠」という意味であり、それも「状況証拠」という意味である。
 そう考えるとエビデンス と言われて「ははー」となることもなくなるのではないかな。
 世の中には我々にいうことを聞かせようという罠がいくつも仕掛けれている。簡単に引っかかるのはシープルである。
 「脱シープル」 これがこのブログのテーマである。


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