牧羊犬が「シグナルは悪い」と吠えると、シープルたちは「シグナルは悪い」と叫びながら一斉に走り出す
引き続きメッセンジャー・アプリ「シグナル」のことのお話である。
私が世間の人を見ていると、普通にお話をすると、皆、聡明な人ばかりである。
しかし、マスコミがこぞって何かを言い出すと、まるで羊の群れのように一斉に走り出すのはいかがなものだろうか。
そのようなことはちょくちょく見られる。
今回の、「アメリカ国防省の幹部がシグナルで話し合っていた」と問題にしていた。
また、「シグナルは秘匿性が高くて運営会社もその内容をチェックできないので、犯罪組織や売春婦がよく使っている」とさも、シグナルを使う人は悪い人、ひいてはシグナルは悪いアプリ とマスコミが言い出す。
すると我々も、何となく「良い子の皆んなはシグナルを使わない様にしよう」と思う様である。
あたかもマスコミは牧羊犬なのだろうか。
牧羊犬が吠えると羊たちは一斉に叫びながら走り出す。
「シグナルは悪いアプリだ」と。
すると「いや、そうかな。運営会社でも見られない様な秘匿性はメッセンジャーアプリに必要では。LINEなどは運営会社が自由に我々のメッセージを見られるのか。LINEの方がずっと悪いアプリではないか」と考える賢明な方まで皆に煽られたかのように「シグナルを使う奴は悪い奴だ」と叫びながら走っている。
そのような人たちを多く見てきた。
我々は常に賢明でありたいものだ。
とすれば、新聞やテレビである情報に接しても、まずは立ち止まって、いろいろな角度から眺めてみて考えることをするべきではないか。
子羊人間「シープル」たちが牧羊犬に追われて駆け出すのを冷静に立ち止まって眺めてみると良い。
世界がもっと見えて来ないだろうか。
私もさほど実は賢明な人間ではないが、とにかく立ち止まって眺めてみようといつも拳拳服膺(けんけん ふくよう)している。

