息をするために撮影します

これは鳥ポートレートなのでご勘弁ください
写真を撮るのは楽しいですし
今やボタンを押すだけなので撮るのも簡単です
とはいうものの
撮り続けるのはちょっと難しいですね
長く撮っている方(10年としましょうか)でも
一心不乱に撮り続けましたか? と問えば
「いや、まあ、そうはいかんよね」と
きっとわかっていただけるでしょうし
10年続かなかった向きには
そのまま「でしょ?」と言いましょう
でもきっとまた撮りたくなるから大丈夫ですよ
休むも撮影です
構想1年 (ダラダラ休んで)
準備1時間 (思い立って電車に乗って)
シャッターは1/250秒
これくらいでも撮れたらOKなところが
写真の妙味と言えましょう(言えるかね)
また別の方向から考えて
仮に秒20コマで連写していたとしても
シャッター速度が1/1000秒だったら
レリーズしている時間は20/1000なので
撮影時間の98%は休んでいるようなものなのです
ちなみに私の場合は秒20コマの連写は
秒20コマの失敗作の生産を意味するため
完全に休んでいると言っても過言ではありません
ことわざで言うと?
ヘタの鉄砲、休むに似たり
……じゃなかったか
まあいいでしょう
既に屁理屈が長くなりすぎました
悪いクセです
本題
長く撮り続けるのがちょっと難しいと言いつつも
撮っていないとなんだか息苦しくなります
仕事して帰ってきて起きたらまた仕事に行って
そんな繰り返しだと
何か大切なことを忘れている気がするのですが
でも何を忘れているのかさえ思い出せず
休日、面倒だなと思っても
カメラを持って出掛けて
シャッターを切ってみると
ホッと息がつけるような感覚があります
ああ、撮っている時だけ息をしている
そんなことに気がつきます

陽が入った方が断然完成度が上がるので……
でもシャッターのタイミングは
息を止めた方が良いでしょう
いや、そういう話じゃなくてですね……

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