シェリフうえまさの活動理念
警察官としての限界
私は、本年3月まで20年余り警察官を務める中で、その業務に事後処理的な内容が多く、その煩雑さから予防的な活動に割く時間的余裕は少ないことを感じてきました。
未然防止への思い
現役時代、私は、事件や事故など人が何らかの被害に遭う状況や罪を犯してしまう状況、悲しい場面に遭遇する状況を未然に防ぎたいとの思いを強くし、また、現役時代はそのための啓発活動や地域社会との連携に努めてきました。
伝えるではなく、伝わる
なかでも、啓発活動などというものは単に伝えれば浸透するというものではなく、警察官と住民という立場の違いを超えて、共感しあえる人間関係があってこそ、その発言は聞き入れられ心からその重要性や守りたいという気持ちが伝わると言う思いから、コミュニケーション能力の向上や実際のコミュニティへの参加に努めてきました。
事実、そのような活動を推進していく中で、住民の態度や表情は温和となり、また、通常であれば素直に聞き入れられないような、法令遵守の話や厳密な法解釈の話でも耳を傾けてもらえるようになってきました。
そこには、私が心から住民の安全や安心を願う気持ちがあることとその内容を伝えるためには、文面だけを追うのではなく、その内容を咀嚼して、より広く伝わりやすく、誤解を恐れずに、法令等が住民それぞれの安全と安心のために定められているという思いを伝えられるよう工夫をしてきたことによると考えています。
限界と葛藤
しかし、当初述べたように、警察官として職務を行う中で未然防止の重要性を認識しながらも、そこに充てられる時間には制約があり、効率的でないと思われる業務も多く存在していました。
そのため、私は、現役の警察官として、未然防止の活動を継続することは、困難な状況にあり、より多くの人に安全や安心を届けるためには、その活動のために独立する必要があると考えるようになったのです。
安全や安心についての社会的・個人的な需要は当然に高いものであるのですが、その供給は、社会的に公の機関が行うものと認識されており、一般には無償で行われるものと思われています。
警察組織の現状
ですが、私は現職の警察官時代に、警察組織では十分な啓発活動や未然防止活動はできない、と、その活動を推進するものとして感じていましたし、啓発や未然防止の活動は評価の対象にはできなくはありませんが、多くの警察官にとって未然防止の活動よりも、実績の見えやすい検挙活動等のほうが魅力的で評価の対象となりやすいことも事実でした。
私は、現職時代、他と比べても啓発活動をかなり積極的に実施しており、その報告を都度行うことで表彰も数多く受けていました。
その私が、そのような思いでいたのですから、現場の声として、警察組織では十分な啓発活動や未然防止活動はできないと言う考えは全く根拠のないものとも思えません。
不安と警察組織への忖度
しかし、独立したとしても一般に無償で行われると思われている、抑止・未然防止啓発活動について、正当な対価を支払う必要性を認識してくれる住民や団体がいるかどうかということが非常に疑問でありました。
つまり私は、独立したとすると、まずはじめに、住民の不安を煽り、警察力の不備を語り、自分の活動の必要性を語らなければならないことになるのです。
このことには、かなり抵抗がありました。
警察官は、多くの業務を抱えており、不備どころかキャパオーバーになりそうな状況で社会の安定と住民の不安の払拭、事件や事故の解決に身を捧げています。
そこに批判の声を上げたくはありません。
では、どのようにして、私は、私の活動の正当性と価値を語ることができるのでしょうか、ここにおいて、私は目を瞑っていることに気づきました。
批判の恐怖をのりこえて
できなかった自分とやろうとしている自分がいること、警察を批判することを恐れているのではなく、自分が行おうとしていることの正当性や必要性が住民から批判され受け入れられなかった場合の恐怖、だから、その正当性を語ることが警察批判につながるという論拠に帰結して、一歩踏み出せないでいることで今の立ち位置を守ろうとしているということなのだと。
完璧はありえない、警察組織だけでは十分に補えない点はある、それは抑止や未然防止のための啓発活動であったり、そのための住民とのコミュニケーションであったりするのではないだろうか、警察官を辞めてしまえば、それは、一般人同士のコミュニケーションとなってしまうかもしれないが、私は、元警察官であり、誇りを持ってその職務にあたった経歴がある。
そして、やめてなお住民の安全・安心を願う気持ちがある。
その思いを形に変えるためにこれまで以上に努力している。
恐れずに言おう、これらの活動を維持させるためには経済的な基盤は必要であると、そして私の行う活動は片手間でできるようなものではなく、講話やギターの弾き語りなど分かりやすさとコミュニケーションを融合した方法は、独自性の高いものであり、多くの人に心から安全・安心を届けるものであると。
社会に対する挑戦
いまだ、社会はこのような活動に対して、正当な対価を払う認識や能力を持ち合わせていない、しかし、今後このような活動は、安全・安心という分野にとらわれず、いわゆる無償ボランティアとして行われているあらゆる事象において、その持続性を維持するための道筋が問われたときに認識を改めることになるのではないだろうか。
このような状況で、私は、シェリフうえまさとして活動を開始したのです。
共感してくださる方へ
現状では、自己の経済的基盤を確立することはできていない、そこで、私の活動に対して共感できる経済的余力を持ち合わせ、かつ、私にその活動を委託したいと思える人や団体、あるいは企業などに協賛を申し込みたいと考えているのです。
また、共感していただける方には、どんな形でも構わないので、支援・応援をしていただきたいのです。
それは、YouTubeのチャンネル登録でも、インスタグラムのフォローでも、イベントへの来場でも、予算がなくても私に仕事を依頼することでも構わないのです。
私の理念に共感してくださる方から必要とされている姿によって、さらなる共感者を引き寄せたいと考えているのです。
その、恩恵は社会貢献という形でしか享受することができないでしょうが、確実に私と共に多くの人の幸せや社会に寄与・貢献することとなるのでしょう。
