会社に人生を預けたまま終わるひとを、ひとりでも減らしたい
こんにちは。
りょうたといいます。
僕は、31年間のサラリーマン生活を終え、50代で起業をしました。
人気ガジェットの販売を全国各地で代行で販売したり、
元々サラリーマン時代に、社内ベンチャーを興し、
売上まったくの0から、年商30億の事業部を生み出すという経験なども活かし、毎月30人以上の方とのコーチング・コンサル・面談などをしながら、
第二の人生を楽しんでいます。
午後は、好きなことをして過ごしながら、
バイクで全国各地行脚したりもしつつ、
仲間や家族との時間を楽しんだり、
時には、海が見える部屋から、
Zoomをつないでいることもあります。

この生活に至るまでの、全部を書きました。
そして、
「50代から起業なんて無謀でしょ」
「どうせ、もともと能力があった人の話でしょ」
「退職金を溶かして終わるのがオチ」
昔の僕なら、間違いなくそう言っていた側です。
その考えがどれだけもったいないことかが、
最後まで読むとわかるようになっています。
少し長いですが、
あなたの残り30年の話でもあるので、
よかったらお付き合いください。
目の前が、真っ暗になった日
まず先に言っておきます。
僕は、天才肌でもエリートでもありません。
商社で営業をしていた、ごく普通の会社員です。
27歳で結婚し、その後、部署異動を言い渡されました。
ところが数年で業界そのものが不況に沈み、得意先はことごとく廃業。
社内には、日増しに危機感が溢れていきました。
そんなある日、
僕は社長から言われます。
「これ、売ってこい。このメーカーの代理店になったんや」
社長のデスクの上に、
まっ黒いヘルメットみたいやつが置かれてたんです。

僕は、
「なんやこれ?」
「こんなわけわからん商品、どこに売ねん」
「めんどくさいことになりそうや」
そう感じました。
そもそも、
役職もない、ただの担当だった僕が、
商品がよくわからない。
どこに売りに行けばいいのかわからない。
なんの人脈もない。
目の前が、真っ暗でした。
もし、あなたもこんなふうに、
急に会社から言われたら、
結構キツくないですか?
でも、いま振り返ると——
この「まっ暗」こそが、僕の人生の分岐点でした。
秋葉原を、端から端まで歩いた
さっき言ってた商品というのは、
実は、アメリカのベンチャー企業が開発した、
当時ほとんど誰も知らない機器でした。
ヘッドマウントディスプレイという代物です。
普通なら絶望する場面です。
でも僕は、すぐにワクワクし始めたんですよ。
なぜって?
それを被ってみたら、
「うわ〜、なんやこれは、
めちゃおもしろいやん!」
コンピュータが描いた世界が目の前に広がるんですよ。
そんで、自由自在に歩き回れる、
振り向けば、後ろがを見渡せる。
しかも3D。
手を伸ばせば物が掴める。
そう、頭にかぶると、目の前には、
仮想の空間を体感できる装置だったんです。
その体験が、僕を突き動かす、
社内ベンチャーが生まれた瞬間となったんです。
理屈も戦略もなく、
ほぼ直感で動き出しました。
秋葉原の電気街を、
端から端まで歩き回る。
結果は、冷たい門前払いの連続です。
見下されたし、小馬鹿にもされました。
「おまえ、バカじゃね〜か?、店に直接、
この商品置いてくれって言われても、
そんなことできるわけないだろう」
店の中で、
たくさんの客に見られ、失笑されながら、
そんな風に言われたことを思い出します。
情けないし、
めちゃくちゃ悔しかったから、
何度辞めようと思ったかわかりません。
それでも、
会社に帰れば社長から怒られる。
だから、電気街のお店を周り続けるしか無かった。
一件、また一件と回り続けたんです。
ある店に、いつものように、
「こんにちは!ちょっと、この製品を置いて欲しいんですが・・・」
そう声をかけると、
「君、お店に、製品を置いてくれって
言われてもどうにもできないよ。
本部を教えてあげるから、ここに行きな。
本部のバイヤーに話を通しておいてあげるから」
そう、僕を憐れんで、
教えてくれる人が現れたんです。
僕は、
「あっ、ありがとうございます」
思わず、涙が出そうになった。
その本部に行ってみると、
また次のヒントがもらえた。
そうやって、少しずつ、
取引先が一つ、また一つと増えていった。
その助けてくれた方に、
何かお返しができないかと思って、
それから長い間、お付き合いを続けました。
ちょっと話は変わりますけど、
ちょうどその頃、
インターネットが普及し始めたんですよね。
そんで、自社の取扱製品を
ホームページに掲載してみたんです。
すると、ある日、
「うゎ、英語や、だれか電話出て」
事務所が騒然となったんです。
英語が少しできる事務所の女の子が
勇気を出して、その電話に出てくれたんです。
すると、
「中村さんと話したいって言ってますよ」
と僕に言うんですよ。
えっ、なんで?
僕は思わず、うぁ、えらい電話や!
そう思いました。
「話せるわけないやん、要件だけ聞いといてくれる」
その子に、そう言うので精一杯。
でも、それは、
ホームページ経を見た、
海外のメーカーの担当者から
日本で自社の製品を売って欲しいという、
問い合わせだったんです。
それからといもの、
コンピュータ関連製品のメーカーから
そんな問い合わせがたくさん来るようになっていきました。
英語が喋れる子を採用して、
海外からの電話を対応できるようにしたんです。
それでも、僕自身も電話に出ざるおえないことあったので、
英語が話せる子から、
短いフレーズを教えてもらったりましたよ。
その片言の英語が通じたときが、
なんだかうれしくてね。
そこから英会話を学び直しました。
そうこうするうちに、
応援してくれる人が現れ、
商材を紹介してくれる人が現れ、
海外の展示会に飛び、代理店交渉に挑み、
自分にできないことは「できる人」を探して力を借りて——
一人で始めたこの挑戦、
最終的に35名体制・年商30億円の事業部になりました。

0から30億をつくって、僕が学んだ4つのこと
この経験で得たものは、売上の数字だけじゃありませんよ。
「起業に必要な視点」そのものでした。
1. 好きなこと、興味のあることを大切にする
誰かに命令されてやることは、続きません。
僕が続けられたのは、単純に最初の製品に興味を持ったから。
2. 誰かの役に立つことをする
自分が得することではなく、紹介してくれた人の役に立つことを提供し続けた。
それが最後に、全部returnしてきました。
自分の得だけを考える人のところに、人脈は集まるわけはないですよね。
3. 直感を大切にする
理屈で考えすぎると、
失敗したときの絵が浮かんで動けなくなります。
0から1を生むときは、直感を信じて動いたほうが、つながりが生まれます。
4. できないことは、できる人にお願いする
不得意を得意にする努力より、
得意をもっと得意にする時間の使い方。
苦手は、それが得意な人に頼る。
そのほうが早いし、みんなが機嫌よくいられます。
そう思いません?
これが、僕の財産です。
——ですが。
この輝かしい実績の裏側で、
僕はあるものに、静かに蝕まれていることに気づけなかった。

「自由に働いている」つもりだった
僕はずっと、自分は自由に働いてきたと思っていました。
でも、違った。
いつも、僕は、
次は、どの国の展示会いこうかなぁ〜、
なんか面白そうな製品ないかなぁ〜
そうなんです、楽しいと思って仕事してた。
でもそれは、無意識のうちに、
いつも会社の仕事を優先してたということだったんですよ。
家族は、後回し。
友人との縁は、少しずつ疎遠に。
そして何より——
好きでやってきたはずの仕事が、いつの間にか
「社内での評価を保つための仕事」 に変わっていたんです。
上司にどう思われるか。
部下にどう見られるか。
その基準で、言動を選ぶようになっていた。
つまり僕は、
会社の中で生き延びるために、
無意識に、自分を会社に最適化していた。
その代償として削られていたのは、
自分が本当に大切にしたかったものやったんです。

次女に、僕がしてやれなかったこと
いちばん後悔しているのは、次女のことです。
脳性麻痺で生まれた彼女のために、
最初は必死でした。
「ちょっとでも障害を軽くしたるからな」
どっかにいいリハビリの病院はないんか?
いい療育施設はどこ?
いつも時間をつくって、走り回ってました。
でも、数年も経つと
娘のことを妻に任せはじめたんですよね。
僕は、娘のために
もっともっと給料を上げたい。
そのためには、
会社に評価されて、昇進したい。
だから、妻に任せるんは仕方がない。
そう理由ずけして、
当然のように仕事を優先する毎日になっていったんですよ。
でも、結局、
僕の中の優先順位は、会社にコントロールされてただけやったんです。
つまり、
自分で選んだつもりで、選ばされていたんですよね。
このことに気づいたのは、
会社を辞めたあとやったんです。
そして、
いま僕が50代の方の支援をしている理由の、
いちばん深いところにあるのが、この後悔です。
同じ思いを、あなたにしてほしくないんですよ。
30年目、会社が「別の会社」になった
勤続30年を迎えたころ、
経営層がかわっちゃたんです。
目つきがきもい、
相撲取りみたいな体型のやつ。
そいつが、
昨日までの会社の方針を、一夜で引っくり返りました。
まるで、ブラック起業に転職したようでした。
ボスが、
「あまえ、なんで勝手になんでこんなことしたんや?」
僕は、
「えっ、社長に許可とってますよ!」
ボスは、
「許可とった証跡あるんか!』
僕は、
「いやいや、口頭でOKもらってます。
社長も稟議書いらんって言ってました。社長に聞いてみてください。」
ボスは、
「社長はそんなん覚えてないって言ってたぞ。証跡残してないんやったら、責任取れ!」
いや〜、これには参りましたよ。
今まで社長からは、
「中村くん、ここまで良くやってくれた」
そう言われてたんですよ。
それが、社長、知らんって・・。
真逆の評価。
が、その時察するんです。
あっ、これ、正直に
「なんでやねん」とか言うて反抗したら、
間違いなく、ボーナスなくなるやつや。
要するに評価が下がる。やばい!
しかもその時、
確か、会社を辞めるっていう選択肢なんて、
僕の中には、考えたこともなかったから余計ですよ。
ある日突然、
部下だったやつに、
これやっても良いですかって、許可を求めて
デスクの前に立つ違和感。
周りの同僚から、
話しかけられなくなって、ひとりになるあの感じ。
それが怖くて、
それからは、ボスの言うことに
素直に従いました。
それは、
自分なりに、
必死で挽回しようと、
努力をしてるつもりでいました。
でも、ある時
いつものようにボスが、
「おまえ、これ説明しろ」
って言われて、
僕が話そうとしたら、
「・・・・」
声が出ないんです。話せないんです。
その時本当に焦りました。
何ども声を出そうとしたんですけど、
やっぱり出せなかったんです。
この出来事から数日、
——適応障害と診断されました。
俺ってまじですごいなぁって思った時もあったのに、
こうして自己肯定感が崩壊していったんです。
でも、はっきり言っておきたいことがあります。
僕が弱かったから壊れたのではありません。
これって、思いっきり、
会社の評価イコール、自分の価値だという
刷り込みの呪いをかけられてたんですよ。
例えば、
・これやって良いですか?とか
・言われたことだけする。とか
・余計なことはしない。とか
・よく考えずに、上司の言うことを、「良いですね」って言う。とか
これって、自分の評価をできるだけ下げないようにしてるってこと、
わかりますよね〜?
義務教育から大学に至るまで、
できるだけ大きな会社に入って、
真面目にコツコツと働くことが当たり前だって、
刷り込まれてきたと思いませんか。
人って、素直なもので、
はたらくこととは、そんなもんだなって
多くの人が思っちゃうんですよね。
でも、僕が気づいたのは、
会社の基準の中で生きる働き方そのものに、限界がある。
ということだったんですよ。
そして実際、
そのことを、僕の身体が先に教えてくれたんです。
評価の物差しは、会社が持っている。
その物差しは、経営層が代われば、一晩で変わる。
自分の人生の物差しを、他人に預けてはいけない。
31年かけて、僕はこれを学びました。
「あなた、もう起業家みたいに働いてますよ」
会社を強制終了した僕でしたが、
当時の僕に
「じゃあ起業だするか」って
急に切り替えるだけの力は、
ぜんぜ〜ん残っていませんでした。
心身ともに削られていて、
「50代の、しかも壊れた人間に何ができる」
とおもいっきり思ってたし・・・
そんなとき、
ネットで出会ったのが、
今の師匠でした。
僕が人生で初めて買った動画教材。
それは、その師匠の
「マインドリノベーション」っていうやつ
だったんですけど、
そこで出会った知識がもう、
メガトン爆弾で頭を吹っ飛ばされた
みたいな衝撃でして。
ええっ〜、今まで、
なんでこれを知るチャンスがなかったんやろう。
これ知ってたら、営業も、人間関係も楽勝やったやん
居てもたってもいられなくなって、
すぐに、師匠の塾に飛び込みました。
今思うと、
僕がここを選んでしまった理由は、はっきりしています。
世の中の起業講座の多くは、
集客のノウハウと仕組みの話をします。
もちろん、師匠の塾も起業塾なんで、
個人で起業するためのノウハウも教えてはくれます。
でもこの塾は、
心理面や、人としての在り方を先に扱ってたんです。
当時の僕に足りなかったのは、
明らかにノウハウじゃなかった。
実際、
30億をつくった実務経験が、
僕にはあるって、思ってたしね。
本当に足りなかったのは、
折れた自分の軸を、もう一度立て直すことでした。
師匠が塾の中身を、
僕に説明してくれたそのとき、
「ああっ〜、これだ僕が欲しかったのは」
そう思ったんです。
だから僕は、ここに賭けました。
僕が人生で
初めて自己投資した場所になりました。
学びはじめて、
いちばん衝撃を受けた言葉があるんですよ。
「りょうたさん、会社のなかで、起業家みたいに働いてましたね」
「言われてみれば、確かに・・・
ほんと、そうやっ。」
もちろん、
会社の基準内ではあった。
でも、
会社の了解を取りながらも、
何をやるかは自分で決めていた。
商材も、販路も、
仲間も、自分で見つけてきた。
僕はすでに、
会社という箱の中で、
起業家としてやっていたんですよ。
あいつが来るまでは・・・
塾の中で教えてくれた、
サラリーマン時代には思いもつかない知識、
心理学とか、自分の在り方とかを知るうちに、
足りなかったのは、能力でも実績でもなく、
それを「自分の軸」でやっていいと、自分に許可することだけ
ということに気づけたんですよ。
つまり、「知識」をいれることで、
自分の軸を決めることができたんです。
あっ、お恥ずかしながら、
僕はもともと、めちゃくちゃ勉強嫌いですよ。
嫌いな数学の授業とかは、寝っぱなし。
よく先生から、叩き起こされて、
コンパチくらってました。
だから、
こんなに勉強したのは、
はじめてかもしれません笑
で、僕は決めました。
人生の後半は、自分の軸で稼ぐってね・・
軸を取り戻した男の、ある平日
いまの僕の1日は、こんな感じですなんです。
午前中、2〜3時間だけパソコンを開く。
お客さんとZoomでセッションをする。
「ありがとうございました。おかげで一歩踏み出せました」
そんな言葉をもらいながら、
通帳にはお客様からのお金が振り込まれます。
午後は、好きなことをして過ごします。
ギターを弾いてみたり、
娘と最近できた、カフェにいってみたり、

起業仲間と、居酒屋で、
他愛もないことを話し時間を共にしたり、
仕事場も、どこでもいいです。
自宅でも、カフェでも、旅先のホテルでも。
海が見える部屋からZoomをつないでいることもあるし、
バイクで知らない土地に行って、
その景色の中で仕事をしていることもあります。
休みの日は、自分で決めてるから、
平日に温泉旅館へ行ったりして、
誰もいない露天風呂に、
昼間からゆーったり浸かる。
あっ、安い時期に、
海外に行くこともありますしね。

会社員時代には、
絶対に味わえなかった時間です。
でも、いちばん大きいのは、そこじゃないんですよ。
収入があること
誰かの役に立てること
社会とつながり続けられること
お金のためだけじゃなく、
生きがいとして働ける毎日。
これが、僕の思う「幸せな生き方」です。
そして何度も同じこと言ってるかもしれませんけど、
これは特別な才能の話ではありません。
50代で適応障害になって
会社を辞めた人間が、
学んで、実践して、たどり着いた場所なんです。
僕がやっているのは、「軸を取り戻す」伴走です
ここまで読んでいただいた方には、
僕が何をしている人間なのか、具体的にお伝えしておきますね。
僕は、
40代、50代サラリーマンの
ひとり起業家、副業家支援に特化しています。
売上0→年商30億をつくる経験で培った
「起業に必要な視点」で、伴走型でサポートしています。

やっているのは、この3つです。
① マインドシフト(捉え方を変える力)
会社の物差しを外し、自分の物差しを立て直す。
ここが最初です。ここを飛ばすと、何を学んでも動けません。
② セルフマネジメント(行動を継続する力)
上司も締切もいない世界で、自分で自分を動かし続ける仕組みをつくります。
③ 仕組み構築(自分が働いていない時間にも収入が得られる形をつくる)
午後を自由にするための、土台です。
順番が大事なんですよ。
世の中の多くの起業塾は、③だけを教えています。
でも、①が抜けたまま③をやっても、続きません。
僕自身が、その順番で救われたので、断言できます。
起業の成否を分けるのは、ノウハウや仕組みだけじゃない。
サラリーマンには持てなかった、
「稼げるマインドセット」があるかどうかです。
会社に依存しすぎず、自分の人生を生きていく。
それが「本当にできる」と、
あなた自身が実感できるところまで。
そこまでを、僕は全力でサポートしています。
自分の軸で稼ぐ人を増やしたい
そういうわけで、
以前の僕のように、
サラリーマン生活の中で、
理不尽な扱いを受けているけど、
会社の中で我慢し続けている方に、
サラリーマン生活ではなかなか
知り得ない知識をつけて欲しいと思いながら
日々、僕の事業をしています。
別にサラリーマンを
否定しているんじゃないですよ。
サラリーマン生活が幸せならそれで良いと思うんです。
でも、
今は時代が大きく変わっていますよね。
長年ものの値段が、
あまりあがりませんでしたけど、
110円で買えたコンビニのおにぎりが、
ここ1年くらいで、今は180円はしますよね
そのくせ、給料はそれに追いつかない。
会社に居続けようが、
僕のように会社の外で、別の方法で働こうが、
どちらも選択できる、
知識のある40代50代を増やしたいんですよ。
なぜなら、
知識があればあるほど、
自分で稼ぐ力をもてて、こころに余裕がもてて、
人生の選択肢が増える。
後半生から今からでも、
人生を望む方向に変えることができる。
だから、僕のもとで学びにきてくれる人には、
超絶全力投球で、知識を渡し続けたいと思っています。
あの日、僕は娘との時間を、会社に明け渡しました。
自分で選んだつもりで、実は会社に選ばされていた。
同じことを、あなたにしてほしくないんです。
定年まで我慢して、退職して、
そこで「自分の人生は何だったんだろう」と考える。
とにかく、そういう40代、
50代を、ひとりでも減らしたいんです。
僕一人で向き合える人数には、正直、限界があります。
それでも、本気で人生後半を変えたい方の話は、
できるかぎり聞きたいと思っています。
コメントなんかで絡みがなくて、
「僕の投稿は、見る専」って方がもしいたら、
LINEで個人的に感想など送っていただけると、とっても嬉しいです。
合言葉は、「はい」 です。
https://x.gd/7s8sa
🌟あなたも「自分の人生を変えてみたい」と感じ始めたら😕
あなたも、今から自分の人生を変えるために、
副業や起業してみたい、そしてその準備を始めてみたい!
そう思ったかもしれません。
でも、もしかしたら、
「自分は、何が好きなのか、嫌いなのかよくわからないよ」 とか、
「自分には得意なことなんて、思いつかんわ」とか、
思ってませんか?
そこで、プレゼントをご準備してみました。
あなた自身が、
何か好きでなにが嫌いか、
なにが得意でなにが不得意か、
まずは、それらを知ることが、
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