草津のしょこたんの虚偽告訴と#MeTooを振り返る 〈後編〉被害者中心主義の限界
前編では、
黒岩町長の冤罪被害や草津の風評被害について、どのようなことが起こったのか、フェミニストたちはかつて何をして、今何をしているのかを紹介ました。
後編においては、「性暴力」に関するイメージの飛躍や、「#MeToo」の問題点、「被害者中心主義」の限界について書いていこうと思います。
MeTooの根本的な問題
#MeToo運動とは
まず、#MeToo運動に関して簡単に説明します。
「#MeToo」とは、性犯罪被害者が体験を告発・共有する際、また、性被害を告白した人への連帯を表明する際にSNSで使用される「私も被害者である」という意味のハッシュタグであり、性被害を告発する運動自体も指します。
「#MeToo」は2017年、ハリウッドの映画プロデューサー・ハーヴェイ・ワインスタインによるセクシャルハラスメントが告発されたことを期に運動として台頭しました。第四波フェミニズムを代表する運動として位置づけられています。
#MeTooの根本的な問題は、一言でいれば「手続き的正義の軽視」であり、もう少しポイントを整理すると、
センセーショナリズム
「被害者」とされる人のリスク
「加害者」と目された人の権利侵害
の観点から問題があるといえます。
手続き的正義の軽視
「手続き的正義」とは、情報の収集の仕方や決定の仕方といった手続の公正さのことです。
なぜ手続き的正義が必要とされるかというと、結果の「正しさ」は主観的・不確実であるため、「正義」や「公平さ」に関しては結果のみに委ねず、決定に至る過程そのものを公正に保つことが、社会の信頼と秩序を支えると考えられるためです。
「被害者」の言うことを疑わずに信じ、警察の捜査や裁判が行われる前から「加害者」とされる人を非難する#MeTooは、「推定無罪」の原則を採用する法治国家の根底を覆します。
センセーショナリズム
#MeTooは、性被害にあった人の権利を回復するという目的を達成するために、聴衆・大衆の感情を煽り注目・関心を集めるという手段を採用しています。
「加害者」と目された人を、推定有罪、真偽が不明な段階でバッシングすることは、オンラインでの「公開処刑」に等しい行為であり、「加害者」と目された人への名誉毀損や侮辱に該当しえます。
法治国家の司法においては、被疑者は弁護される権利や反論の機会を持ちますが、「被害者の証言に疑義を呈すること」そのものを「二次加害」「セカンドレイプ」と位置づける趣が強い#MeTooは、被疑者の反論の権利を軽視しています。
権力を公正に運用する警察や司法でもない一般の人々が、「被害者」とされる人の語りに共感し、「被害者に連帯する」という正義のストーリーに酔いしれる構造は、ナラティブと扇動、言語によるテロリズムともいうべき感情の連鎖を引き起こします。
また、こうしたことから、#MeTooは冷静な検証機能を持たないといえます。
「被害者」とされる人のリスク
次に、性被害を告発する人、「被害者」とされる人を矢面に立たせることの問題点についてまとめます。
トラウマやPTSDの再発
「被害」を語ることで再度被害にあうリスク
「被害者」が政治的対立の道具にされることの是非
虚言・悪意に対する脆弱性
人間関係のグレーゾーンの無視
などの観点から問題があるといえます。
第1に、オンライン上で自らの被害経験を語ることそのものに危うさがあります。
被害の経験は、時にトラウマやPTSDを引き起こします。オンラインで被害を語ることは、全世界に向けてトラウマとなった出来事を開示することにもなりえ、それは傷を回復するうえでは適切でない可能性が高いです。
トラウマやPTSDの治療は、病院やカウンセリングルームなど、専門家が安全を確保しながら行うことが一般的です。
対して、全世界に開かれたオンラインは安全な場所ではありません。専門家の治療やケアのとどない場所で、告発により性被害に関する苦い記憶がフラッシュバックする。告発を見る・告発に連帯することでPTSDが発症することもあるのです。
また、告発者も支援者も性被害の経験がある場合、意図せず被害者間に「被害の重要さ」という序列が発生することもあります。大きな賛同がある#MeTooとあまり賛同されない#MeToo、自分の経験と他者の経験が比べられる、重要なもの・報道価値があるものとそうでないものに選別されることは、被害を経験した人にとって、口に出しにくい新たな傷になりえます。
第2に、オンラインは現実社会と同様、善意に溢れた世界ではありませんし、被害者と被害者を支援する人たちの理想の世界でもありません。そのため、「性被害を語ること」が新たな被害につながるリスクもあるのです。
一例をあげると、「詐欺被害者のリスト」 は、詐欺グループの間で「カモリスト」や「ターゲットリスト」と呼ばれ高値で取引されることがあります。
被害による心の傷は、悪い奴にとっては「付け入る隙」であり、「優良なカモ」と目される可能性すらあるということは、被害者にとってはつらいことですが、防犯の観点からは必要な備えです。
第3に、性暴力を批判することは道徳的優位性を獲得しやすいため、政治的・イデオロギー的対立の道具として利用されるケースの問題です。
日本では、ジャーナリスト・伊藤詩織氏が元TBS記者・山口敬之氏を告発した件が象徴的です。
伊藤氏の告発は、リベラル派メディアに野党が安倍政権批判と結びつけて擁護される一方で、右派メディアや保守派はこれを政権批判の印象操作であるとして批判しました。
第4に、自らを「被害者」だと主張する人物の証言の信憑性についてです。
#MeTooや被害者中心主義においては、被害者の告白を疑わないことが求められ、「加害者」とされる人の冤罪の可能性を考えることそのものが、被害者への新たな「加害」として制限されます。
ですが、いつの時代も、どんな場所にも、嘘をつく人はいるのです。暴露系配信者の配信で、元彼の子供を妊娠していたにも関わらず「プロデューサーにレイプされ妊娠しました」と訴えた元アイドルの事例は記憶に新しいですし、メルカリには妊娠したと嘘をつく以外に使い道のなさそうな「エコー写真」が多数出品されていました。
「言ってはいけないこと」とされているものの、事実として、「被害者だ」と主張する人を無条件に信じることは、悪意に対して脆弱であり、草津の黒岩町長へのバッシングのように、結果的に無実の人を攻撃することに繋がります。
第5に、人間関係のトラブルは「善/悪」「被害者/加害者」のように単純化しにくい性質を持つという前提が忘れられていることです。
好意にはグラデーションがあり、好き嫌いの評価は変わるものです。記憶は思い出すたび新たに構築されるものであるため、都度書き換わります。#MeTooは、そうした人間関係のグレーゾーンや記憶の不確かさを無視しています。
加害者と目された人の権利侵害
これは、手続き的正義を軽視することの最も大きな弊害であり、#MeTooや被害者中心主義の最大の問題点です。
元草津町議・新井祥子氏の虚偽告訴、黒岩町長の冤罪被害や草津の風評被害の事例で改めて、はっきりわかったことですが、警察の捜査や司法の決定を待たず、「被害者」とされる人の語りに共感した人々がオンラインで「公開処刑」を扇動することは、法治国家の原則を逸脱しています。
被害者支援と冤罪防止の両立が必要
当たり前のことですが、被害者と名乗る人にも加害者とされる人にも人権があるため、被害者支援と冤罪防止の両立が必要なのです。
ですが、#MeTooや被害者中心主義は、そんな当たり前のことを「セカンドレイプ」「二次加害」扱いする、当たり前のことを「言ってはいけない」ことにする攻撃性を持っていたのです。
被害者中心主義の限界
被害者中心主義とは、性暴力被害者の意向を尊重する考え方・アプローチであり、性暴力被害者の尊厳や安全を最優先に考える、守秘義務を徹底する、背景や状況に関わらずすべての被害者を公平に扱うといった理念です。この理念自体は素晴らしいものだと思いますが、「被害者中心主義」には、被害当事者の主観を重視するあまり、定義や運用に偏りが生じやすく、客観性を担保しえないという重大な欠点があると思います。
「性被害者を守る」理論の無茶苦茶さ
この記事でも何度か記載していますが、被害者中心主義においては、加害者と目される人の権利を主張したり、冤罪を疑うことも「二次加害」「被害者へのセカンドレイプ」とされやすいです。
性犯罪として認められなくても、当事者にとっては「被害」であると、被害者の主観を尊重する一方で、「加害」を疑われた人の権利は、被害者が連続して受ける被害の経験として上書きされてしまうのです。
「性暴力的」「セカンドレイプ」飛躍するイメージ
「性暴力」に関するイメージの飛躍も問題です。
新井氏がリコールにより失職に追い込まれた出来事を、フェミニストでNPO法人ぱっぷす副理事の北原みのり氏は、性被害を訴えた女性への「魔女狩り」「議会そのものが十分に性暴力的」と表現しました。
「性暴力的」という言葉には、性暴力でないリコールを性暴力の一貫として扱う、性暴力のイメージの飛躍があります。
「セカンドレイプ」という言葉も同様です。
性暴力ではない、手続き的正義に必要なプロセスさえ、性加害のひとつ、被害者にとって地続きの性被害経験であるかのように扱うこうした言葉や姿勢には、公正さのバランスの逸脱を感じます。
冤罪についての言説を、性暴力被害当事者を黙らせる、叩くものとして扱う傾向も同様です。
犯罪防止の啓発は被害者叩きなのか?
被害者中心主義においては、被害にあわないよう自衛を求める警察の性犯罪被害防止啓発すら、「被害者非難に繋がる」「被害経験者への配慮がない」という批判の対象となっています。
興味深いことに、フェミニストは詐欺被害を未然に防ぐための啓発や交通事故を防ぐための啓発に対して、「詐欺被害者への配慮がない」「交通事故被害者への配慮がない」とは言いませんが、性犯罪に対してのみ、被害にあわないよう自衛を求める啓発すら被害者への攻撃につなげます。
これは、フェミニストの多くがすべての犯罪の中で性犯罪を特権的な位置に考えていることの証左となります。
「加害する被害者」の容認・追従
自称「被害者」の加害行為を容認・追従する問題もあります。
草津の冤罪被害の件以外に、ジェンダー法学会での脅迫事件などもありました。
2018年12月、立正大学で行われたジェンダー法学会の「#MeToo」をテーマにしたシンポジウム内において、参加者の女性が「#MeToo」を名目に突然立ち上がり不規則発言を開始、「男の家に刃物を持って押しかける」「手帳持ち(精神障害者保健福祉手帳保有)だから警察は怖くない」といった殺人予告や脅迫に取れる表現が含まれていたにも関わらず、運営は女性を静止せず、評価する姿勢をみせました。もちろん、告発された男性が加害を行ったか否かは問われませんでした。
この出来事は後に脅迫罪の疑いで刑事事件として捜査されましたが、告発女性の精神的な事情が考慮され、不起訴処分となりました。
ここまで読んでいただければご理解いただけたかと思いますが、#MeTooに関しても、被害者中心主義に関しても、欠陥は明らかにあるわけです。
群馬県草津町の黒岩信忠町長の冤罪被害は、#MeTooや被害者中心主義の問題や攻撃性が、司法によって明らかになった事例といえます。
であるにも関わらず、なぜ、未だに謝らないフェミニストたちが散見されるのでしょうか。
なぜ、#MeTooや被害者中心主義の問題点に目を向け、批判や改善を行おうとはしないのか。
フェミニストはなぜ謝れないのか?
なぜ、フェミニストは謝れないのか、謝らないのか、与那覇潤氏の記事とも共通するテーマかもしれませんが、フェミニズムに関心を持ってきた長年の経験から草津の冤罪事例を見ると、
被害者意識
「責任」よりも「感情」を優先する
仲間内のルール違反
の影響が強いと考えられます。
被害者意識から謝れない
「黒岩町長に謝るべきでは?」と質問された際、「謝る必要はない」「どちらかといえば虚偽の申告により騙された被害者だ」という旨を述べたフェミニズムインフルエンサーの石川優実さんの答えがとてもわかりやすいのですが、大前提に「私は被害者だ」という意識があるから、「私は悪くない」と他責してしまうのです。

※元投稿はアカウント削除により見れない状態
「責任」よりも「感情」を優先するから謝れない
また、自分の発言の影響ややってしまったことに対する責任感よりも、自身の感情を優先するから他責ができるともいえます。
被害や迷惑を被った黒岩町長に対する責任感よりも、「謝りたくない」という自分の感情が優先されてしまうのです。
仲間内のルール違反だから謝れない
コミュニティや行事、文化には明文化されているか否かを問わずルールがあります。
結婚式に参列するときは花嫁より華やかなドレスを着ない、純白を選ばないとか、銭湯ではまず体を洗ってから湯船に浸かる、湯船にタオルを入れないとか、そういうたぐいのものです。
フェミニストたちのあり方や方針を批判し、行動を改めるよう促す行為も、フェミニストコミュニティの中ではルール違反なのです。
「新井祥子元草津町議を支援する会」の元副代表・増田都子氏の行動がこれにあたります。
増田氏は、2023年2月に「新井祥子元草津町議を支援する会」が解散した際も、2025年9月に新井祥子氏の虚偽告訴や名誉毀損に有罪判決が出た後も、町長や町民に対して深く謝罪しています。
新井氏の嘘を信じ黒岩町長や草津の町を貶めたことを反省し、新井氏の虚偽の性被害告発や文書に対しては、「性暴力被害者が声を上げることへの妨害である」と強い批判を行っています。
増田氏は、フェミニスト議員連盟が刊行した冊子に対しても、「虚偽告訴を行った人物を被害者扱いしたまま訂正・謝罪していないのは不当である」という主旨の抗議を行っています。
フェミ議連の冊子には、新井氏を「町長から性被害を受けた被害者」とする記述が残っていたり、新井氏が刑事裁判で虚偽告訴を認めたという重大事実が欠落していたそうです。
こうした増田氏の行動は、フェミニストのコミュニティからスルーされているというのが現状です。
フェミニストたちのあり方や方針を批判し、行動を改めるよう促す増田氏の行為は、コミュニティにおけるルール違反だからです。
責任感、客観性、公正さを無視している限り、フェミニストにも#MeTooにも、自浄作用は期待できません。
最後まで読んでくださり、どうもありがとうございます。
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