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他人のレシートを読む

冷蔵庫に食品を移し終えると、マイカゴの中に知らないレシートを見つけた。

セルフレジでの会計後、私はノールックでレシートをちぎり、マイカゴに放り込んだ。そこまでは覚えている。しかし、そこからここまでの道のりは帰巣本能に乗っかってぼーっとしていた。その間の出来事は記憶する価値のないものと脳が判断したのか、驚くほど何も覚えていなかった。気がついたら帰宅し、冷蔵庫の扉を閉めていた。

他人のレシートが入り込む余地があるとしたらセルフレジでの会計のときだろう。前の人が置き去りにしたレシートを無意識にちぎってカゴに放り込み、自分の会計を済ませて、またレシートをカゴに放り込む。そんな間の抜けたことをするだろうか。それとも、風が運んで来たのか。

悶々としながら、何気なく謎のレシートに目を落とした。

こしひかり5kg 3,580円(20% -716円)
ヨーグルト 168円(40% -68円)
食パン 108円(10% -11円)
白菜 1/4  88円
もやし 38円
ひきわり納豆 118円
えのき 78円
チーズケーキ 428円(40% -172円)
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小計 3,639円

謎のレシート

気が合う。
これはかなり気が合う。
私は、この人と友達になりたい。

人を好きになる理由は色々あるが、私は「お金の使い方が似ている人」にめっぽう弱い。ブランド品には振り向かないくせに、値引きシールの数字は二度見する。そんな人間が私である。この人とならランチの店選びでモヤッとすることはないし、そのあとのお会計でモタッとすることもないだろう。こんなに気が合うのだから、「この人」なんて呼ぶのはやめる。私はこのレシートの作者に親しみを込めて「主(ぬし)」と呼ぶことにした。

主の買い物は、コントラストがはっきりしていい。

米を割引で買っているところを見ると、主は相当な玄人だ。米に値引きシールが貼ってあるのなんか見たことがない。売り場に足繁く通い、常に目を光らせていなければ、到底為し得ない芸当だ。あのスーパー歴10年超かつ値引きハンターの私が言うのだから間違いない。

最安値の食パンに10%引きシールが付いたやつを選ぶところも、うなずきが深い。108円という価格に満足せず、消費期限というセーフティネットを捨てて更なる低みを求めている。

値引きシールには、ランクがある。
10%はただの風景、20%でようやく商品として認識する。30%で足が止まり、40%になると買う理由を探し始める。値引きハンターなら誰もが持ち合わせている、お決まりの感覚みたいなものである。

主の冷蔵庫には、きっと余白が多い。
白菜、もやし、えのき。どれも数日で使い切れる、おとなしい野菜たちだ。冷蔵庫の中で場所を取りすぎない量を買うあたり、主は結構慎重派だ。
ヨーグルトは毎日食べる派かもしれない。食パンは、たぶん冷凍庫に定位置がある。保冷剤と並んで、きっちり一斤分がテトリスのように収まるシステムだ。こういう買い方をする人は、食材を余らせることにストレスを感じるタイプだろう。

このレシートで最も浮いているのはひきわり納豆である。安さにこだわるなら小粒のもっと安いやつが3パック80円くらいで手に入る。にもかかわらず、主は2パックのひきわりを定価の118円で購入している。1パック59円。ここだけ財布の紐が解けている。

私も納豆はひきわり派だ。ただ、ひきわりは贅沢品なので、基本的には買わない。納豆コーナーの前で立ち止まると、夫が「ひきわりが好きなら買えばいいやん」と呆れたように呟くのが我が家のお決まりだ。うるせえ黙ってろと思うが、家庭の平和のために「まあそうなんだけどねぇ」と愛想笑いでお茶を濁す。ひきわりをとるかエンゲル係数をとるかは非常に悩ましいところなのだ。

そんな私でも、娘のためならひきわり納豆を買う。しかも、国産のいいやつを買う。セーフティネットの最高峰を定価で買う。申し訳ないが、娘のための食品は絶対にてまえどらない。娘のものに限っては、値札よりも賞味期限の横の数字が気になるのだ。

レシートの最後にチーズケーキがある。
いや、違うな。これは40%引きのチーズケーキだ。まさか、主は買う理由を探し当ててしまったのだろうか。そうだとしたら、ついで買いトラップにハマっている。それは値引きハンター協会のご法度だ。そもそも、40%引いたとしても、チーズケーキは257円もする。食パンとヨーグルトで浮かせた79円が無意味なうえ、大赤字である。

まあ、気持ちは分からんでもない。私も甘い口のときは100円のシュークリームをカゴに入れ、家まで待てずに車内で頬張ったりもする。

キッチンでこのようなどうでもいい時間を過ごしていると、夫がやってきた。何をしているのかきかれたので、これまでの推理をあーでこーでと得意げに披露した。

私のプロファイリングによれば、主は財布の紐がほどよく固く、自炊上手。朝食はパンにヨーグルトがお決まりで、甘いものの誘惑に負けることもある、お茶目なヒトだ。ファイナルアンサー。

ここでふと不安になった。
他人のレシートって読んで良いのだろうか?
もし主が取り忘れたレシートだったらどうしよう。セルフレジの防犯カメラにはばっちり映っているはずだ。「犯人はこいつです!」となれば、私はすぐに検挙される。だって私はあのスーパーのゴールド会員様なのだ。顔が割れすぎている。

主が家計簿をつけていたら。レシ活をしていたら。このレシートは5円くらいの価値がある。主とのご縁をうっすら妄想したが、主の5円のレシートを奪った私にその資格はない。

ファイナルアンサーの後で黙りこくった私をみて夫が言った。


「あ、それ俺のレシート」


そういえば、この人と結婚しようと思ったのもスーパーだった。付き合っていた頃、店に入るなり、おつとめ品コーナーへ一直線に向かった夫を見て、「こいつとは気が合う」と思ったのだ。まじまじとおつとめ品を吟味する夫の背中は、まさに玄人のそれだった。

主とは友達になりたいと思ったが、もう結婚していた。

ということは、チーズケーキはすでに夫の胃を通り過ぎている。なんで私の分はないんだと少しイラッとしたが、ひきわり納豆は私のために買ってきたと言われ、ちょっと許した。

夫のことは、まだ全部読めない。


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