【絶望】人生で一度も恋愛をしたことがない喪女が、恋愛をする必要があるか徹底的に考えてみた
さて、私は年齢=恋愛したことない歴の喪女でございます。
過去の記事でもちらほら話している通り、今までパートナーがいたことがありません。
同じような境遇の方なら、一度でも考えたことがあるかも知れません。
「人生で恋愛は経験すべきなのか」と。
まずは、そんな喪の極みである私が恋愛をすべきなのかどうかを徹底的に考えていきたいと思います。
結婚は将来へのヘッジである
まず前提として、私は結婚のことを「将来へのヘッジ」として捉えています。
我々人類は、古来より共同体を形成して生きてきました。人間とは基本群れる生き物であり、互いが助け合って生きてきました。
本来一人で生きるというのはそのような人間の性質の根源に反していることであり、様々な不利益が生じることだと思います。
家族がいても、両親は先立ってしまいます。
ですから自分らが新しく家族を作らなければならないのです。
家族と同等に信じられるような人を作れれば、様々な場面で互いに助け合うことができますし、将来起こりうる様々なリスクへのヘッジとして有効な手段だと思うのです。
人を好きになったことがない
ここで、大きな問題があります。
私は、人を好きになったことがないということです。
もっと厳密に言うと、他人を性的な意味で好きになったことがないのです。
もちろん、友愛や家族愛は分かります。
ただ、人のことを性的に好きになったことがないのです。
気になる人ができても遠くから眺めてるだけで十分で、付き合いたいだとか自分のものにしたいだとかは思ったことがありません。
逆に疑問なのが、普通の人は人を好きになったらその人と付き合いたいと思うのか、自分のものにしたいと思うのか、ということです。
人を好きになったことがないし、逆に好かれることもありませんでした。今までの人生告白されたことは一度もありませんし、したこともありません。
さて、人に好かれることがないと前述しましたが、なんなら嫌われていたまであります。(悲しいことに。)
過去のトラウマ
私は幼稚園から中学生を卒業するまで、同級生の異性にいじめや嫌がらせを受けていました。
年数にすると10年くらいでしょうか?地元が変わらず同じだったというのもあり、ずっと同じような人たちから嫌がらせを受けていました。
具体的に言えばきりがありません。
私は昔から痩せ型で見た目も悪かったので、宇宙人や骸骨などと揶揄されたり、池に突き落とされたこともあります。あとは給食で机を合わせる時露骨に嫌な顔されるとか、食器をまとめる時に私だけ菌扱いされるとか……目の前に来られて、変な顔と言われたり。
ほんと多岐に渡るいじめや嫌がらせを受けてきて、完全に自己肯定感が削られたというか、こんな状態でまともに男性と対峙できるわけがないんですよね。
恋愛したことないから、結婚すら考えられない
さて、人間社会においては恋愛の一つ上に結婚という壁があるわけですが、そもそも恋愛すらしたことがないのに結婚のことなど考えられるわけがありませんよね。
将来へのヘッジとして結婚は有効であると話しましたが、そもそも自分は結婚などということを考えられるフェーズにすらいないということです。
恋愛でもただでさえハードルが高いのに、結婚のことを考えていくのは当然不可能です。
人生で一度は恋愛すべきと考える理由
それでも、人生で一度くらいは恋愛しても良いんじゃないか?と思っています。
恋愛したことないコンプレックスで悩んだり、恋愛をすることによるメリットデメリットをうじうじと考えている暇があったら、一度経験してみて、是々非々で判断すればいいだけの話です。
悩んでいる時間に金銭が発生するわけでもありませんし、その時間をもっと生産的なことに当てたほうがよっぽど合理的でしょう。
自分は経験したことに対して色んな影響を受ける人間で、それを言語化したりするのが好きな人間なので、そこから生まれるクリエイティブもあるかもしれませんしね。
やはり恋愛を一度でもすべきだと思うのは、クリエイティブの可能性が広がる可能性に賭けたいからなのかもしれません。
私にとっては作ることは人生なので、少しでも良いものが作れるようになれるのであれば色んな経験はしておきたいですしね。
まあ、経験してないからこそ作り出せるものもあるといえばあるのですが……
男性と普通のコミュニケーションを取りたい
前述した通り、男性に対して少し構えてしまうというか、まともに関わったことがないので最早別種の生き物のように感じることがあります。
男性と全く関わってこなかったからこそ、これからは普通にコミュニケーションをとっていきたいと思っています。
あわよくば男友達なんかができたら嬉しい。
利益の最大化
私は、利益を最大化したいと考えています。
それはお金に関することだけではなく、人生全体に対して言えることなのですが…
例えば男性と関わることを拒絶したら、50%の人間と関わることで得られた可能性を潰してしまうということになります。(あくまで身体的性別の話です)
それに、女性で「誰よりも稼いでやる」とか「全てに勝つ」だとか、競争心剥き出しのアドレナリンドバドバな人はなかなかいらっしゃいません。
それは女性の身体的特徴や性別役割に照合すれば納得のいく話ではあるのですが、自分はもし結婚したとしても養われているという状況にはなりたくないため(プライド鬼高)一人で生活を送っていけるほどには毎月不労所得を稼いでいかなければなと考えており、今こうして色んなお仕事を探したりしてるわけなんですよね。
もちろん、子供が欲しい女性は男性に養われて然るべきなのですが、自分自身子供を持つ予定がないため、完全に自立した状態で、対等にお付き合いできるのが理想ではあります。
そして男性と関わる機会を増やせば、自分の事業を持っていたり稼ぐマインドが高い方に遭遇する確率も高くなるでしょうし、そういった方々と関わることで自分自身のビジネスの成長にも繋げたいわけです。
「愛されるのに理由なんて必要ない」という欺瞞
「愛されるのに理由なんて必要ない」と人はよく言います。
ですが私は、その綺麗事を信じることが出来ません。
「愛される」ことに理由は必要ないかもしれませんが「愛する」ことには何かしらの理由が付随するからです。
そこの相関関係を無視しては「愛する⇔愛される」ということの整合性が取れません。
人を好きになる時、というよりも異性を好きになる時、人は真っ先に「自分の遺伝子を残せるかどうか」を判断します。
男性なら若くて綺麗で健康的な女を、女性なら経済的に余裕があり頼りがいのある男を選ぶことでしょう。
我々人間は人である前に動物であり「遺伝子を残す」という動物的使命に日々突き動かされているのです。
そしてそれには、誰にも抗うことが出来ません。遺伝子の命令なのですから。
「顔がかわいいから」「胸が大きいから」「沢山稼いでいるから」「守ってくれそうだから」
人を好きになるのには、何かしらの理由があります。それが本能的な感覚であっても、説明のつくことが多いでしょう。
人を愛することに、理由がないはずが無いのです。
ですから、人から何かしら「魅力的だ」と思ってもらえるような、突出した部分を作っていかなければならないと考えています。
そういった判断軸でいうと私は恋愛マーケットの枠外に存在しており、全く使い物にならない駒になるのではないかと思います。
それが、年齢=恋愛したことない歴に歴然と証明されています。
であるからして、私は「差別化」をしなければならないと考えています。
それは「自立して稼げる賢い個体になる」です。
まず自分は人に選んでもらえる可能性が極めて低いので、完全に自立して生きるということを視野に入れていかなければならないと考えています。
そのために人より勉強して、人より稼ぐための努力をしているわけですが、それが他の人との差別化になっているのではないかと思うのです。
その結果、同じようなポテンシャルを持つような人と関係性を構築していければこれ以上のラッキーはないでしょう。
愛される理由が無い人間は、愛される理由を作ればいいのです。
ここに来て、衝撃の事実
最後にこんなことを書くのもあれですが、実はマッチングアプリをやってた時期もありました。
いや、恋愛経験あるのかよ!!って。
厳密に言うとあれは恋愛経験のうちに入らないので、私のなかでのカウンターはまだ「0」と言っています。
マッチングアプリをやっていく上でも色々あったので、また気が向いたら書こうと思います。今回は長くなってしまったのでこのあたりで!
