【ハーブ天然ものがたり】ティトリー|物質と虚空をつなぐ「黒と白」の対位法|光と影の統合
動画【ハーブ天然ものがたり】ティートリー
ハーブと星と神話【おとなの絵本】
ゴンドワナの記憶と、炎から生まれる「黒と白(メラレウカ)」のドラマ
お花屋さんの店先で、どこか異国の風をまとったユニークな姿の「ワイルドフラワー」に出会う機会が増えました。
オーストラリアを中心とした南半球の植物たち。
彼らは、かつて地球に存在したとされる巨大な「ゴンドワナ大陸」の記憶を今もその細胞に宿す、いのちの古層からの旅人たちです。
隔離された大地で独自の進化を遂げた彼らの多くは固有種であり、地球上でそこにしか存在しない唯一無二の生命力を放っています。
乾燥、風化した荒い土壌、そして容赦なく襲いかかる自然発火(ブッシュ・ファイヤー)。
その過酷な環境に適応するため、彼らは自らの葉を硬く武装させ、力強く生き抜いてきました。
なかでも、ユーカリと並んで世界中に広く知られるようになったのが、フトモモ科メラレウカ属、ティートリーです。
クック船長の果てなき旅と、万物に宿る「チ(精霊)」の共鳴
ティートリー(Melaleuca alternifolia)は 「お茶の木(Tea Tree)」と直訳されますが、私たちが普段口にする緑茶や紅茶の木とは全く異なる植物です。
お茶の木と愛称がついた経緯には、諸説ありますが、もっとも有力なのは、18世紀の探検家キャプテン・クック(ジェームズ・クック)の逸話です。
農場育ちの一介の水兵からイギリス海軍の航海長へと登り詰め、「人が行ける果てまで行ってみたい」と言い残した不屈の男、キャプテン・クック。
彼がオーストラリア大陸に上陸した際、先住民たちがこの葉をお茶代わりに飲んでいたのを見て「ティートリー」と名付けたと言われています。
また、先住民アボリジニがこの木を「ti(チ)」と呼んでいたことから、「ti tree」⇒ティトリーと名がついたという説もあります。
植物にラベルを貼り、学名で分類する習慣のなかった彼らにとって、「ti」とは特定の木だけを指す言葉ではなく、大自然の生命力そのものを表す総称だったのかもしれません。
興味深いことに、遥か遠く離れた古代の日本でも、精霊が満ち満ちている様子を「チ」という響きで表していました。
火の精:カグツチ
木の精:ククノチ
葉の精:ハツチ
水の精:ミツチ
そして雷を「イカヅチ」、大蛇を「オロチ」と呼び、人の手によって鍛えられた刀を「タチ」と呼んだ古代人たち。
オーストラリアの先住民が唱えた「ti」と、日本の八百万の神々がまとった「チ」は、時空を超えて、同じ響きでつながりあい、「目に見えない大いなる精霊の力」を指し示しているのではないかな、と。
メラス(黒)とレウコス(白)のドラマ
ティートリーの学名である「メラレウカ」の語源は、古代ギリシャ語の「メラス(黒)」と「レウコス(白)」に由来します。
その名の通り、彼らの生き様は鮮烈な陰陽のコントラストに満ちています。
オーストラリアの森を焼き尽くすブッシュ・ファイヤー。
すべてが焦土と化し、大地が黒い灰に覆われたとき、そのくすぶる黒褐色の闇の中から、ペーパーバークと呼ばれる白い幹の木々がひときわ美しく浮かび上がります。
そして、かたい殻で守られていた種子が炎の熱によって弾け飛び、漆黒の灰の中に鮮烈な緑の新芽を吹き出します。
乾燥や外敵から身を守るために自らを完璧に閉じ込め、時が来れば炎によって自らを焼き切って次世代の命へとバトンを繋ぐ。
限界まで「陰」に振り切り、そこから一気に「陽」へと転じるそのダイナミックな工夫の姿勢は、どこか「世界の果て」を目指したクック船長の冒険心にも似ています。
ブッシュボーイが消えるとき、「見る」と「在る」の狭間
かつて私は、西海岸のパースからモンキーマイアまで、約850キロの道のりを旅したことがあります。
窓の外に延々と続くのは、低木が生い茂る単調なブッシュ(野草の林)の風景。
動いているのか止まっているのかさえ曖昧になるゲシュタルト崩壊のような視界のなかで、ぼんやりと外を眺めていると、ときおり不意に「誰かがそこに立っている」ような錯覚に襲われました。
現地の人はそれを「ブッシュボーイ」と呼ぶのだと教えてくれました。
人の背丈ほどの木々が、まるで意思を持った精霊のように現れます。
フシギなことに、「なぜあの木だけが人の気配をまとうのだろう? 違いを突き止めてやろう」と、いわゆる「選別脳」を働かせ、目を凝らして凝視した瞬間――その気配は綺麗さっぱり消え去り、ただの乾燥した地味な低木へと戻ってしまいます。
そしてまた、選別することを諦め、風景のなかに自己を融け込ませてぼんやりしていると、不意に「あ、またあそこに誰かが立っている」と、ありえない光景を垣間見ることになります。
「何かを正しく見定めよう」「理由を突き止めよう」とコントロールの視線を向けたとき、世界の奥深くに潜む精霊たちは、すっと姿を隠してしまいます。ありえないものには理由があるはずで、それがなんなのか突き止めてやろうという目線に、ブッシュボーイは答えてくれませんでした。
今、自分が「見えている」と思っている世界は、この広大な宇宙のほんの一握り、いえ、小指の先ほどの狭い認知に過ぎないのかもしれません。
江戸時代後期、ペリーの黒船がやってきたとき、多くの民衆の目にはその姿が見えなかったという逸話があります。
「鉄の塊が海に浮かぶはずがない」
「蒸気で動く巨大な家などあるはずがない」という固定概念のフィルターがかかっていたため、眼球が光を捉えていても、脳がそれを「存在」として受容できなかったのです。
「見る(認識する)」ということと、「そこに在る(存在する)」ということは、全く別の次元の出来事です。
身体というポータル―世界を「食べる」ことで還ってきた場所
ふり返れば、幼少期の私はとても食の細い子供でした。
当時の私は、いわゆるアニメ映画などに出てくるような可愛らしいお化けではなく、もっと得体の知れない、形を持たない「ミエナイオトモダチ」の気配が周囲に満ちていました。
虚空から染み出してくる「ソレ」を見てしまう恐怖で、毎夜寝るときは布団を頭からすっぽりとかぶり、「何もいない、誰もいない」と念仏のように唱えていたのを覚えています。
物質世界(肉体)と虚空(アカーシャ)の境界線が、あまりにも薄く、あやふやだったのだろう、と今なら知識をつかって整理できます。
「こわがりの私」の転機は、小学校に入ったばかりのある夕食時のことでした。その日の夕食は大好きなジンギスカン。人生で初めて「食べ過ぎた」と感じるほど、夢中でお肉を(命を)、お腹いっぱいに詰め込みました。
すると不思議なことに、その夜はいつも張り詰めていた「ソレ」の気配が綺麗さっぱり消えてしまったのです。
私は数年ぶりに布団の中で手足を大の字に伸ばし、深い安心感のなかで眠りにつきました。
子供の私が思いついたのは、「ごはんをおなかいっぱい食べたら、ソレはいなくなるのかな? 」でした。
大人脳だったら、 「肉体を満たし、世界(地球)をしっかりと『食べる』ことによって、私はこの地上にグラウンディングできるんだ」という感じでしょうか。
その体感を得てから、私はよく食べ、よく笑い、友達と走り回る「ごく普通の子供」として大人の階段を上り始めました。
いつしか暗闇への畏れを忘れ、ミエナイオトモダチの気配も思い出せなくなるほど、地上の物質世界へと適応していきました。
希望と絶望を融かす、漆黒の洗顔―Shield72°に込めた願い
現在のティートリーは、英国薬局方にも掲載される精油界のエリートとして、日の当たる「表街道」を歩んでいます。
成分解析が進み、抗菌、抗真菌、免疫賦活といった科学的なラベルが次々と貼られていくことは素晴らしい進歩である一方で、私たちは今、そうした「分類・定義」という縛りから自由になり、再び植物の魂そのものとつながろうとする新しい潮流(裏街道)の始まりにも立ち会っています。
光の当たる表舞台も、影に隠れた裏街道も、長い時間の巡りのなかでは陰陽が極まって転ずる「ひとつの現象」に過ぎません。
光だけでは、そして影だけでは、生命の全体像を知ることはできません。
私たちのナチュラルスキンケアブランド【Shield72°】の「さっぱりブラック洗顔シリーズ」を開発するとき、私たちは膨大な時間をかけて語り合いました。 「混迷を極める現代社会において、本当に未来に希望はあるのだろうか?」と。
希望がある「ふり」をした、実体のない嘘くさいスローガンは作りたくないね。こころの底にある絶望も、不安も、すべてを隠さずに吐露し合って、こころの底からいいと思える製品を生みだそう。
そうして「希望と絶望は両方あっていい。その濁流を飲み込んだ上で、未来へ希望をつないでいこう」と、真の強さを持って製品化へ踏み出すことができました(その歩みは「自然派コスメができるまで(4)」に詳しく綴っています)。
カビや細菌が繁殖しやすい過酷な湖沼のほとりで、極限の乾燥期を生き抜き、自らを炎で焼きながらサバイブしてきたティートリーは、この地球上で希望と絶望の絶妙なバランスの上に立ち続けてきた「大先輩」です。
ティートリーの鋭く温かい芳香は、私たちの「思考の枠」を外し、ブッシュボーイのいる深い森へと、いつでも手招きしてくれます。
「畏怖の念を忘れてはいけないよ。光と影は、ふたつでひとつだから」と、ささやきかけてくれます。
そんな清濁を併せ呑む、しなやかな強さを持つティートリーを、私たちは天然クレイとハーブオイル100%の「さっぱりブラック洗顔シリーズ」の核の香りとしてブレンドしました。
ローズマリーとグレープフルーツの透明感あるトップノートの奥で、ティートリーの爽快な香りが、内なる境界線を心地よく融かしていきます。
まいにちの洗顔というささやかな儀式が、あなたの表(光)も裏(影)もすべてを包み込み、ニュートラルな自分へと還る聖域となりますように。

*化粧品業界では精油の名称を、ティーツリー葉油、ローズマリー葉油、グレープフルーツ果皮油といい、すべて賦香目的で配合しています。
*当ブログで紹介している植物の一般的な性質は化粧品の効能を示したものではありません。



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お読みくださりありがとうございました。
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