幼少期の経験がセルフイメージの土台を作る 〜my story①〜
こんにちは。志賀香織(kaori shiga)です。
2020年がもう終わりますね。ちょうど2021年の事業計画をブラッシュアップしており、ワクワクしています!目標を自分で自由に決め、達成できる人生が幸せです。
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今日から少し過去を遡り、なぜ安定思考だった私がリクルートキャリアを経て独立したのかをお話できればと思います。お付き合い頂けたら幸いです。
素敵な人に囲まれ、何不自由なく暮らす生活が私にとっての当たり前だった

私は、愛知県に生まれ、生まれてすぐに父親の仕事の都合でタイに移住して幼少期を過ごしました。
当時の私は、寝ているか食べているときの写真しかない程、おとなしくて育てやすかったと聞いています。笑
当時、発展途上国で暮らす日本人の生活はとても豊かで、それが私の《当たり前=セルフイメージ》を作りました。
家にはハウスキーパーがいて、お腹がすくとハウスキーパーのチャーさんのところに行き、おやつをねだった覚えがあります。
専属の運転手がいて、いろんな場所に連れて行ってもらった記憶があります。
住んでいたマンションにプールがあり、そこでスイミングを習い、母親の日本人コミュニティの友人からピアノを習っていました。
たけのこ保育園でできた友人はみんなピュアで、悪口なんて知らないとても純白な幼少期を過ごしました。
そんな素敵な人に囲まれて何不自由なく暮らす生活が私にとっての当たり前となり、私のセルフイメージの土台を作っていると思います。
帰国して"人見知り"になる

そんな私が5歳の時に日本に帰国し、まず衝撃だったことが、「バカ、アホ」という言葉を聞いたことです。保育園の男の子に言われたのですが、当時の私は全く意味がわからず困惑し、とにかく悪いことを言われていることだけは感じ取りました。それからいわゆる"人見知り"になり、とてもおとなしく、人と距離をとる小学生時代を過ごしました。
親友のおかげで明るくHappyだった中学時代
中学生になるタイミングで引っ越しをし、付き合う人が変わり、徐々に明るくよく笑うようになったと記憶しています。中学での記憶は、女子特有のグループには馴染まずに親友のまっちゃんとずっと一緒に歌ったり踊ったりしていたこと、毎日のように保健室に通って寝ていたこと、陸上部の先輩に夢中だったことです!笑
人は環境の生き物
一緒にいる人から影響を受ける
とは言いますが、まさにまっちゃんのおかげで明るい自分に変化したなぁと思っています。ありがとうまっちゃん。

高校は、その大好きな先輩を追っかけて、県内イチの進学校に入学しました。(恋のパワーはすごいですね)
次回は、高校時代、私は専業主婦になるんだと思い始めた時の話を書きたいと思います。お付き合い頂けたら幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
