困ったとき人に助けを求められるか
「あんたは困ってる時に、ちゃんと困ってるって言う。明らかに困ってる顔をしてる。
必要な時にちゃんと助けを求められる、それって上司として一番安心できるんよ。」
看護師として総合病院のICUで働いていた時に、先輩看護師から言われた言葉だ。
リーダー業務をしていた50代のベテラン看護師のKさん。新米看護師の私をあんた呼ばわりできるほどに、社交的で明るくさばさばとした性格の持ち主だ。自分の娘と私の年が近いらしく、何かと気にして世話を焼いてくれていた。
入職1年目の冬、ようやく仕事に慣れてきた頃、朝9時から夜9時までの12時間勤務をやっとのことで終えて休憩室で帰る準備をしていた時のことだった。
言われた直後は、褒められたのか貶されたのか、瞬間的に理解できず、軽く頭を下げながら「えへへ…」などと笑ってごまかしたような気がする。
でも今でもこうして思い出すくらい心に残っているのは、自分でも妙に納得したからではないかと思う。
看護師の仕事は常に多重業務だ。
患者の検温を行っていても、別の患者からナースコールがあったり、点滴を落とす機械のアラームがなったり、ドクターに呼び止められたりする。
常に緊急性を見極め、優先順位を付けて、やるべきことを一つひとつこなしていかなければならない。やっと終わりが見えかけた時に、緊急入院の連絡が入るのはよくあることだ。
一つずつ業務を行おうとしても、次から次に横やりが入ってきて、進まない。むしろやるべきことはどんどん増えていく。
そんな状況に不慣れな私は、てんてこまいな日々だった。
それが顔に表れていたのだと思う。困った顔を隠すことができないほど、余裕がなかったのだ。
きっとその顔を見てKさんは
「今どんな状況?時間内に仕事終わりそう?大丈夫なの?」と声をかけてくれたのだ。
「あの、えっと…大丈夫じゃないです!!」
「これも、あれも終わっていません、すいません。」
どうしようもなくて、咄嗟に出た言葉だったと思う。
結果的に私はこの言葉と困った顔で、先輩看護師に助けを求めたことになった。
「…よく言った!とりあえずあんたは今、自分にしかできないことから先にやって。書類の入力とか、人に任せられることはこっちでやるからね。」
Kさんはニヤリと笑い、手が空いている人に私の仕事を分配し、みんなで勤務終了時間に帰れるよう調整しはじめた。
次の勤務者への申し送りも迫る中、先が見えず路頭に迷っていた私の視界が晴れていく。失望され、叱責されるかもしれないという不安から解放され、集中して目の前の業務に取り組むことができた。
もちろん申し訳なさもあったが、今、未熟な自分にできる全力で取り組んでも終わらないのだから、これより仕方ないとも思った。
あの時の私は、全く余裕がなく、ただ焦っていただけだった。
自分が自分だけの力ではどうしようもない困難な状況に陥っていると自覚することすらできていなかった。
Kさんの一言でようやくそれが理解でき、助けを求めることにつながったのだ。
“Vulnerability is not winning or losing; it’s having the courage to show up and be seen when we have no control over the outcome.”
「助けを求めることは、強さの証です。脆弱性を受け入れることで、私たちは他者との深いつながりを築き、成長することができます。」
AIによる和訳
「助けを求めることは、あなたが勇敢であることを証明する行動のひとつです。」
AIによる意訳
何か困難に直面した時、素直に人に助けを求めることができているだろうか?
プライドが高くて助けを求められなかったり
同期を出し抜いてやろうと思ったり
努力が足りない、こんなことも分からないのかと言われるのではないかと、助けを求めるのをためらったりする人は多いと思う。
「私、大変なんです。困っています。」
というアピールは、それくらい頑張れよと人をイラつかせる可能性もあるかもしれない。
しかし助けを求めることで、「じゃあ手伝うよ」と助けを得られることもあるし、「こうしたらもっといいよ」と自分では気づかなかったアドバイスをもらえる可能性だってある。
そもそも人が困っていると言っているのに、「それくらい頑張れ」と突き放すなんて、ずいぶん冷たい。そう思われるかもしれないと恐れるのは、自分が人にそう思っているからかもしれない。
Kさんはこんなことも言っていたと思う。
「自分はここまでできる、ってのをちゃんと自分で分かっておかないと。キャパ以上に仕事を抱えて、あんたが何かやらかしたら私の責任だからね。」
その時は自分がどこまでできるかなんて、正直自分でもよくわからないと思ったのだが、たしかに業務を割り振る上司の立場からすると必要な情報だ。
AIではないし、どんなに頑張ってもできる仕事量には限りがある。
たとえ自分のキャパが分かっていたとしても、何となく言いにくいのは、「自分はここまでです。」と自分の限界、弱さを見せているような、負けたような惨めな気持ちになるからかもしれない。
人にはそれぞれのキャパシティがあるし、努力によって補える範囲も人それぞれのはずだ。まだ努力が足りない、と自分を責めてもできないものは仕方ないのだ。
自分の弱さを人に見せてもなお、自分を保つことができる人、それができる太い軸を秘めた人に私はなりたい。
他人に迷惑をかけることも、かけられることも異常に嫌う世の中だが、私はこれからもどんどん助けを求めていきたいと思う。
そして助けを求める人を見かけたら、親切心で助けられる心の余裕を持ち合わせて生きていきたい。
