第13回 あとがき ─ 判断品質学は、現場の困りごとから生まれた ─
私が社会人になったのは、1996年だった。
Windows95が発売され、「インターネット元年」と呼ばれた1995年の翌年である。
最初に入社したのは、大手フラワーショップだった。
「マルチメディア時代の花屋さん」
そのキャッチコピーに惹かれ、オンラインショップ担当として社会人生活をスタートした。
今でこそオンラインショップは当たり前の存在だが、当時はまだ黎明期だった。
オンラインショップ店長と聞くと、どこか華やかな仕事に見えるかもしれない。
しかし、入社して最初の半年間、私が毎日やっていた仕事は、注文情報をプリンターで出力し、それを複写式伝票に手書きで転記することだった。
理想と現実のギャップに、心が折れそうになっていた。
そんな時、本社ビルが竣工し、会社に大きな変化が起きた。
パソコン一人一台体制である。
今では当たり前のことだが、当時の現場にとっては大きな組織的転換だった。
その頃、Accessという便利なソフトがあるらしいと聞いた。
上手く組み立てれば、毎日手作業で行っている伝票転記を、プリンターで出力できるようになるらしい。
そこから、手探りで受注アプリケーションを作り始めた。
初めて書いた稟議書で、EPSONのVP-6000という、複写式伝票に印字できるドットプリンターを買ってもらった。
それまで一日がかりだった伝票出力が、30分もかからずに終わった。
その時の衝撃は、今でもよく覚えている。
さらに、そのAccessの受注アプリケーションに蓄積した顧客データを使い、記念日メールの配信にも挑戦した。
今のようなメール配信プラットフォームなど、まだ存在しない時代である。
NIFTY-Serveのメール送信スクリプトと、顧客データをExcelで組み合わせ、テキストを成形し、誕生日用と前年実績者向けに記念日通知メールを送った。
結果として、50%近いレスポンス率が出た。
今振り返っても、本当に楽しい仕事だった。
ただ、これだけなら、単なる昔の武勇伝で終わってしまう。
私にとって重要だったのは、その後である。
私は当時、こう考えた。
「これは、現場でみんなが困るはずだ。システム化して外販できるのではないか」
しかし、当時の自分には、そこまで形にする力がなかった。
事業化どころか、社内システム化にも至らなかった。
その後、20年以上かけて私が目の当たりにしたのは、当時見えていた現場の困りごとの解決策が、システム化され、ASPサービスとなり、やがてSaaSとして一大市場へ拡大していく姿だった。
あの時、自分の目の前にあった困りごとは、決して小さなものではなかったのだと思う。
ただ、私はそれを市場に変えることができなかった。
その記憶が、今も自分の中に残っている。
現在のAIを取り巻く環境は、当時のEC黎明期と驚くほど似ている。
まだ多くの人が、何が本当に変わるのかを探っている。
便利そうだが、現場に入れると何が起きるのかは、まだよく見えていない。
けれど、確かに何かが変わり始めている。
直近の私は、物流業界で現場を立て直す仕事を何度か経験してきた。
その中で、壊れかけた現場に共通して見られる構造があることに気づいた。
ベテランや前任者が抱えていた暗黙知が、退職や異動によって失われる。
なぜそのルールになっているのか。
どこまでが例外対応なのか。
何を見て判断すればよいのか。
それらがわからなくなり、例外対応だけが増え続ける。
そして現場は、スタッフの善意と頑張りで何とか支えられていく。
自分が立て直し、マニュアルやFAQをかなり整えた現場でも、何年か経つと電話がかかってくることがある。
「このルールは、どういう経緯と背景で決まったんでしたっけ?」
そのたびに思った。
現場は、なぜ記憶を失っていくのだろうか。
どこの現場にもある暗黙知の消失という困りごとが、自分の周囲でも頻繁に起きていた。
そんな疑問を抱えていた時、業務でAIを使うきっかけがあった。
現場の人員配置をうまく組めず、指示出しができなくなり、スタッフとのコミュニケーションにも支障が出始めていた新人社員がいた。
その社員を助けるために、AIを使って人員配置の最適化を試してみた。
ところが、最初はなかなか納得のいくアウトプットが出なかった。
何度も生成AIと対話を続けるうちに、私は自分の頭の中にある暗黙知を書き出していることに気づいた。
対話しながら書き出していたのは、単なるノウハウではなかった。
判断条件だった。
人員、物量、作業習熟度、出荷時間、イレギュラー発生リスク、スタッフ同士の相性、現場の空気。
複数の制約条件を組み合わせながら、私は日々の判断を作っていた。
AIとの対話によって、そのことを初めてメタ視点で確認できた。
この経験は、暗黙知とは何なのかを考えるうえで大きな転機になった。
次に取り組んだのは、現場スタッフが迷った時、自分に問い合わせや確認をしてきた場面の観察だった。
その時、自分の頭の中では何が起きているのか。
どの情報を見ているのか。
何と何を比較しているのか。
どの条件を重く見て、どの条件を軽く見ているのか。
暗黙知が「ベテランが長年蓄積してきた判断条件の束」だとしたら、未来の暗黙知は、今日の現場で生まれているはずである。
そう考えて始めたのが、「迷いログ」だった。
毎日、Googleスプレッドシートに、現場で起きた迷いを記録した。
迷った内容、判断、見た情報、検討した条件、取ったアクションと結果。
それらを少しずつ記録していった。
ある程度たまった段階で、そのスプレッドシートをNotebookLMに読み込ませ、スタッフの立場で質問を投げかけてみた。
すると、驚くほど使えそうな回答が返ってきた。
これは単なる記録ではない。
現場の共有記憶になるかもしれない。
私はこの取り組みをスタッフたちに、こう紹介した。
「忘れっぽい我々を助けてくれる、現場の共有ノートだよ」
すると、思った以上に前向きな反応が返ってきた。
「それ、いいですね」
この時、現場の困りごとに対して、AIが力になれる大きな可能性を感じた。
迷いログは、インターネット黎明期に自分が作ったAccessの受注アプリケーションと、どこか似た位置にあるのではないか。
まだ小さく、粗く、現場の一角で生まれた試みにすぎない。
けれど、そこには多くの現場に共通する困りごとの入口があるのではないか。
そう感じたことが、判断品質学を思いついた原点である。
これまでビジネスの世界でも、判断の履歴らしきものはさまざまな形で残されてきた。
会議録、稟議書、報告書、日報、マニュアル、FAQなどである。
しかし、日々の現場で、
「なぜそう判断したのか」
「その時、何を見ていたのか」
「どの条件が決め手になったのか」
「次に同じような迷いが起きた時、何を参考にすればよいのか」
という形で、判断条件を次の判断に使えるように残す文化は、まだ十分に整っていないように思う。
だからこそ、迷いログを残すことは、最初は大きな負担に見えるはずである。
判断履歴を言語化して入力する作業は、確かに面倒だ。
現場にとっては、乗り越えなければならない高い壁のように見えるかもしれない。
しかし、ECが立ち上がった当初も同じだった。
お客様が自分で注文情報を入力するなんて無理だ。
ネットでクレジットカード決済をするなんて危ない。
セキュリティ上、とても現実的ではない。
そういう声はたくさんあった。
では、20年以上経った今はどうだろうか。
今では、ECで商品を買い、自分で住所を入力し、オンラインで決済することは当たり前になっている。
かつて非常識に見えた行為が、今では日常になっている。
今ある常識は、固定されたものではない。
それは、その時代のパラダイムにすぎない。
これから大きく変わっていく可能性がある。
私は、判断品質を向上させる取り組みも、これから同じように変わっていくのではないかと考えている。
判断条件を記録すること。
迷いを残すこと。
判断の背景を共有できる形にすること。
それらは、最初は負担に見える。
けれど、AI時代においては、人間が残すべき重要な仕事になっていく可能性がある。
なぜなら、判断品質を向上させる取り組みは、AIに丸ごと代替されにくいからである。
AIが高度化すればするほど、人間側には、AIに何を渡すのか、何を基準に判断させるのか、どの条件を更新すべきなのかを考える役割が残る。
それは、AI時代のホワイトカラーにとって、貴重な仕事のひとつになるかもしれない。
さらに言えば、将来的にはひとつの職能や職種になっていく可能性もある。
判断条件を集める人。
判断履歴を読み解く人。
現場の迷いを構造化する人。
AIに渡せる形で暗黙知を整える人。
判断レビューを設計し、判断品質を継続的に高める人。
今はまだ名前のない仕事かもしれない。
しかし、EC黎明期にオンラインショップ運営やWebマーケティングという仕事が形を持ち始めたように、AI時代にも新しい仕事が生まれていくはずである。
判断品質学は、その可能性を考えるための、私なりの仮説である。
AI時代は、まだ始まったばかりである。
現場では、これから多くの試行錯誤が起きるだろう。
AIを導入しても思うように使えない。
現場の暗黙知をどう渡せばいいかわからない。
自分の役割がこれからどう変わるのか見えない。
そう感じる人も増えていくと思う。
私自身も、その不安と無縁ではない。
だからこそ、現場の困りごとに少しでも力になれる考え方を作りたいと思った。
このマガジンで書いてきた「判断品質学」は、完成された理論ではない。
現場で起きた困りごとから生まれた、まだ粗い仮説である。
それでも、迷いログを書き、判断条件を見つめ、AIと対話しながら、自分の中では少しずつ輪郭が見えてきた。
良い判断は、才能だけで生まれるものではない。
経験だけで自然に育つものでもない。
判断条件を残し、見直し、次の判断に使える形にしていくことで、少しずつ育てることができるのではないか。
それが、このマガジンを通じて私がたどり着いた、現時点での答えである。
もしこのあとがきを読んで、少しでも自分の職場を思い浮かべた人がいたら、まずは一件だけでよいので、今日の「迷い」を書き残してみてほしい。
大きな仕組みにする必要はない。
誰が迷ったのか。
何に迷ったのか。
何を見て判断したのか。
最終的にどう決めたのか。
その結果、何が起きたのか。
それだけでよい。
その一件は、今はただのメモに見えるかもしれない。
しかし、半年後、同じような迷いに直面した誰かを助けるかもしれない。
一年後、AIに読み込ませる判断材料になるかもしれない。
数年後、その職場に残された小さな判断資産になるかもしれない。
良い判断は、いきなり生まれるものではない。
今日の迷いを、明日の判断材料に変えるところから育っていく。
判断品質学は、その小さな一歩から始まる。
判断品質学は、まだ始まったばかりである。
そして私自身も、まだ試行の途中にいる。
だからこそ、自分への戒めとして残しておきたい言葉がある。
「現場に始まり、現場に返す」
判断品質学は、机の上で考えた理論ではない。
始まりは、伝票を書き写していた現場だった。
思うように人員配置ができず困っていた社員がいた現場だった。
ルールの背景が失われ、誰かが判断に迷っていた現場だった。
だから、どれだけ考えを広げても、どれだけ言葉を整理しても、最後は現場に返さなければならない。
誰かが、迷った時に少し立ち止まりやすくなること。
次に同じ場面に立つ人が、少し判断しやすくなること。
現場が、自分たちの経験を未来に残せるようになること。
そこにつながらなければ意味がない。
1996年に現場の片隅で伝票出力を自動化した時と同じように、今、目の前にある小さな困りごとの中に、次の時代につながる入口があるのではないか。
そう信じて、これからも考え続けていきたい。
