ログは未来を変える:第0回 1998年、ECの購買ログが教えてくれたこと
いま当たり前のように語られるCRMやログ活用の発想に、私は1998年の現場で触れていた。
これは、購買ログが「未来の行動を変える」と気づいた最初の記録である。
1998年、私はフラワーギフトの受注運用に関わっていた。
まだWeb通販が今ほど一般的ではなく、私がいた現場では、注文の主戦場はインターネット上のECサイトではなくパソコン通信だった。
舞台は NIFTY-Serve 。
当時のNIFTYには、先進技術に敏感な人たちが集まる独特のコミュニティがあった。
今振り返ると、そこで私はかなり早い段階で、
「ログは未来の行動を変えうる」
という感覚に触れていたのだと思う。
参考にしたのはアメリカの花屋だった
当時読んでいたマーケティングの本の中に、強く印象に残った事例があった。
『The One to One Future』
(ドン・ペパーズ / マーサ・ロジャーズ)
そこに紹介されていたのが、1-800-Flowers の事例だった。
花の注文履歴から顧客の利用パターンを把握し、次の注文を予測する。
今でいうCRMに近く、後のマーケティングオートメーションにも通じる考え方だったと思う。
少なくとも、当時の自分の周囲ではかなり新しく見えた。
「これ、日本でもできるのではないか」
そう思った。
購買履歴をAccessに蓄積する
まず始めたのは、受注データを Access に蓄積し、顧客ごとの購買履歴を管理することだった。
注文履歴を眺めていると、あるパターンが見えてきた。
誕生日の花を注文する顧客がいる。
しかもそれは一度きりではない。
毎年、ほぼ同じ時期に注文が入る。
つまり購買履歴のログには、
誰が
いつ
どんな用途で
購入したのか、という痕跡が残っている。
このログを手がかりにすれば、次の行動をある程度先回りして考えられるのではないか。
そう考えた。
受注時に顧客を見分ける
次に、受注が入ったときに、過去の購買履歴や対応履歴を見ながら、顧客の特徴を見分けられるようにした。
たとえば、
継続利用があり、丁寧な対応が効果的な顧客
支払い条件や対応面で注意が必要な顧客
といった具合だ。
継続利用のある顧客には、画一的ではない、少し丁寧な対応を試みた。
たとえば、
個別メールを送る
オリジナルのメッセージカードを添える
といった対応である。
当時のフラワーギフト市場では珍しかったが、NIFTY経由の顧客には、花を贈る個人の男性客が比較的多い印象があった。
体感としては、自営業や個人事業主と思われる層も少なくなかった。
少なくとも私の手応えでは、こうした顧客層には、一律の対応よりも、文脈のある個別対応のほうが反応が良かった。
購買履歴から次の注文を先回りする
次に行ったのは、購買履歴を使った提案メールだった。
前年に誕生日用途で購入した顧客を抽出し、前年の注文時期を目安に、少し早めにメールを送る。
正確な誕生日そのものを把握していたわけではない。
ただ、前年の注文タイミングは、次回需要を考えるうえで十分に使える手がかりになった。
内容はとてもシンプルだった。
「今年はいかがしますか?」
派手なコピーではない。
だが、相手の文脈を踏まえた一言だった。
力技のマーケティングオペレーション
当時は、今のようなメール配信プラットフォームが手軽に使える時代ではなかった。
そこで、かなり力技の仕組みを作った。
Accessでクエリーを組んで対象顧客を抽出する。
それをCSVに出力する。
CSVを加工して、顧客名や過去の購買履歴を差し込んだ文面を作る。
そして最後は、NIFTYの一括メール送信スクリプトで送信する。
今思えばかなり原始的な仕組みだった。
それでも、やりたかったことはシンプルだった。
購買ログを手がかりに、次の行動を変えること。
反応は想像以上に大きかった
結果は、当時の自分にとっては驚くものだった。
対象をかなり絞って送っていたこともあり、返信や再注文など、何らかの反応を示した割合は 50%を超えた。
もちろん、特別な技術を使ったわけではない。
ただ、購買履歴のログを見て、顧客の次の行動を考え、それに合わせて動いただけだった。
今なら珍しくない話に見えるかもしれない。
けれど当時の自分には、
「記録を見るだけで、次の売上の打ち手が見えてくる」
ということ自体が新鮮だった。
ログは、次の判断を変える
この経験から学んだことがある。
ログは単なる記録ではない。
正確に言えば、ログそのものが未来を変えるわけではない。
だが、ログを手がかりに人の判断が変われば、次の行動は変わる。
行動
↓
ログ
↓
理解
↓
次の行動
このフィードバックループが回り始めると、属人的な勘は、少しずつ再現可能な工夫に変わっていく。
このとき私が掴んだのは、ログは売上のためだけでなく、
判断そのものを外に出すための手がかりにもなる
という感覚だった。
そして後になって気づいた。
この感覚は、フラワーギフトの受注だけの話ではなかった。
物流現場の判断にも、組織の学習にも、AIの使い方にも、そのままつながっていく話だった。
次回予告
第1回
新人が人員配置を作れなかった日、AIの使い道に気づいた
物流センターでは、人員配置のロジックがベテランの頭の中にしか存在しないことが多い。
新人が配置を作れないとき、現場のコミュニケーションは簡単に崩れてしまう。
そのとき、ある疑問が浮かんだ。
この配置ロジックは、人の頭の中に置いておくべきものなのだろうか。
AIを触ったとき、その答えのヒントが見えた気がした。
この連載「ログは未来を変える」は、
EC、釣り、物流といった一見ばらばらな現場で経験してきたことを、
「ログは次の判断を変えられるのか」という視点から整理していく試みです。
正解を提示するためというより、
どのように記録が残り、どう解釈され、次の行動にどうつながるのかを考えるための思考ログとして書いています。
属人的な勘を、再現可能な判断に少しずつ変えていくこと。
この連載は、そのための記録でもあります。
