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さぁ、はじめようか

さて。

自称・言語化のプロである私が、(?)
なぜ今朝、このパンを選んだのか。

本日は、
その理由を具体的かつ丁寧に、
なんなら誰にも求められていない補足まで加えながら、
説明していこうと思う。

え?

別に聞きたくない?

まあ、そういう人は、ここで離脱してもらっても構わない。

(本当はそう思っていない。できれば最後まで読んでほしい。少し寂しいから🥺)

ゴホン。
さて、
私たちは普段、
コンビニに入り、棚に並んでいるパンを眺めながら、

「あ、これにしよう」

とか、

「今日はこれでいいかな」

などと、いとも簡単に商品を手に取っている。ヾ(*´∀`*)ノ🍞

そもそもコンビニでパンを買わない人には、まったく関係のない話である。

申し訳ない。

ただ、少し考えてみてほしい。

この、

「あ、これにしよう」

という、わずか七文字ほどの言葉の中に、
実はどれほど多くの事情が詰め込まれているのか。

その日の気分。

体調。🩺

財布の中身。‪‪𓂃 💸

昨日食べたもの。🍔

歯の状態。🦷✨

商品の価格。💰

陳列されている商品の種類。👩🏼‍🍳🥨

そして、

「本当にこれが食べたいのか」

「ほかにもっといいものがあるのではないか」

「いや、もう考えるのが面倒くさい」

という、細かな感情の揺れ。

普段は意識されていないだけで、
私たちは一つの商品を選ぶまでに、
かなり複雑な意思決定を行っている。

そう。

ただパンを一つ買うだけなのに。

では、今朝の私の場合、
具体的に何が起きていたのか。

順番に説明しよう。

まずは背景からである。

41歳、独身。

彼女いない歴、約1年半。

……うん。

これは今回のパン選びには、ほぼ関係がない。

なぜ書いた。

言語化とは、
必ずしも必要な情報だけを抜き出す作業ではない。

ときには、
まったく関係のない情報を堂々と差し込み、
読んでいる人を一度困らせることも必要なのである。

たぶん。

さて、本題に戻ろう。

今月の私は、
歯列矯正に関する出費によって、
かなりのお金を使っている。

しかし、
今月の家計に与えた影響を考えると、
あながち間違いとも言い切れない。

歯並びを整えるために、
自分で選んで始めた矯正。

誰かに無理やりやらされているわけではない。

それでも、
財布からお金が出ていく瞬間だけを切り取れば、
体感としては、まあまあ引っかかっている。

したがって、現在の私の頭の中には、

「なるべく節約したい」

という、非常に現実的な前提条件がある。

そこでまず、パンの値札を見る。👀

一番左の数字は、できるだけ「1」であってほしい。

198円。

178円。

158円。

そういう数字を見ると、少し安心する。

反対に、268円や318円になると、

「これは朝食なのか」

「それとも小さな贅沢なのか」

という審議が始まる。

たかが朝食。

されど朝食。

猿も朝食。

意味はない。

つまり、第一条件はこうだ。

価格が100円台であること。

次に、現在の私は歯列矯正中である。

硬いものが、非常に食べづらい。

食べられないわけではない。

食べようと思えば食べられる。

ただし、硬いパンを食べた場合、

前歯で慎重にかじり、

奥歯の使える場所を探し、

装置に挟まった食べ物を気にしながら、

最終的には歯磨きのことまで考えなければならない。

朝から、
そんな壮大なプロジェクトを始めたくない。

したがって、第二条件は、

やわらかいこと。

ここまでで、

「100円台」

かつ、

「やわらかい」

という二つの条件が揃った。

しかし、問題はここからである。

しょっぱいものにするか。

甘いものにするか。

私はコンビニのパン売り場で、
だいたい毎回この問題に直面する。

今朝の気分としては、
どちらかといえば、しょっぱいものが食べたかった。

惣菜パン。

卵。

ツナ。

ハム。

チーズ。

そういった、朝食らしい朝食を欲していた。

しかし、ここで昨日の記憶が介入する。

昨日の朝、何を食べた?

昨日の昼、何を食べた?

そういえば、
ビアードパパのシュークリームを食べたよな。

では今日は、甘いものではなく、しょっぱいものにするべきではないか。

そんな議論が頭の中で始まる。

ところが、棚を見る。

ない。

正確に言えば、商品はある。

ただし、
今の私が求めている条件に合うものがない。

価格が少し高い。

パンが硬そう。

量が多い。

味が濃そう。

食べたあとに歯へ挟まりそう。

そして何より、

「これが食べたい」

と思えるものがない。

どうした、セブン。

今日の私に対するレパートリーが、
あまりにも少ないではないか。

もちろん、セブン側からすれば、

「知らんがな」

である。

個人の財布事情と歯列矯正事情まで考慮して商品を並べる義務はない。

それは分かっている。

分かっているが、こちらも真剣なのである。

そして、この時点で、しょっぱいものは事実上、候補から外れた。

では、甘いものにする。

しかし、甘ければ何でもいいわけではない。

クリームが多すぎるものは、今朝の気分ではない。

チョコレートも、少し違う。

あんこも、今日は違う。

メロンパンは硬い可能性がある。

デニッシュ系は、
食べたあとに細かい生地が散らばる。

ホイップクリーム系はおいしいが、
朝から少し華やかすぎる。

私はいま、パーティーをしたいわけではない。

静かに朝食を終えたいのである。

そこで残った候補を、改めて眺める。

価格は100円台。

やわらかそう。

甘さも強すぎなさそう。

量も多すぎない。

歯列矯正中でも食べやすそう。

朝食としての違和感も少ない。

そして、視界に入ったのが、

「しっとり食感 厚切りフレンチ 2個入り」

である。

しかも、超熟を使用している。

超熟。

「超熟」という文字を見た瞬間、
私の中で、わずかに評価が上がった。

超熟はうまい。

なぜうまいのかを具体的に説明しろと言われると少し困るが、超熟はうまい。

もはや、

「超熟を使用しています」

と書かれているだけで、一定の安心感がある。

パンそのものではなく、
そのパンに使われている食パンのブランドまで確認して選んでいる。

そこまで見ている自分に気づいた時点で、少しだけ引いた。

ただ、超熟はうまいからね。

こうして最終的に、

「うわあ、これがいい!」

ではなく、

「うん。今日は、これでいいや」

という、
極めて穏やかな納得感によって、
このパンを手に取った。

ここは重要である。

私たちは、
常に強い欲望によって商品を選んでいるわけではない。

「絶対にこれが食べたい」

という選択もあれば、

複数の条件を一つずつ確認し、

不都合な候補を消していった結果、

「これなら問題ない」

という地点に着地することもある。

つまり今回の選択は、
理想を追い求めた結果ではない。

価格。

食感。

味。

量。

昨日の食事。

現在の歯の状態。

今月の支出。

それらを総合的に検討した結果として導き出された、

消去法による最適解

なのである。

大げさに言えば。

そして、ここまでの思考が、
ものの3分ほどの間に、私の頭の中で繰り広げられていた。

もちろん、
コンビニのパン売り場で、
これほど長い文章を打っていたわけではない。

そんなことをしていたら、朝のパン売り場で一人だけ動かず、スマートフォンを見つめながら、

「しょっぱいものか、甘いものか……」

と熟考している、だいぶ危ない41歳になってしまう。

さすがに、そこまでではない。

コンビニでは、
自分の気持ちが動いた瞬間だけを、短い言葉でメモした。

「100円台がいい」

「矯正中。硬いものは面倒」

「今日はしょっぱいものが食べたい」

「でも選択肢がない」

「超熟なら安心」

「これがいい、ではなく、これでいい」

その程度である。

そして会社に着いてから、そのメモを一つずつ拾い上げ、

「なぜ、そう思ったのか」

「その判断の前には、どんな事情があったのか」

「ほかのパンを選ばなかった理由は何だったのか」

と、後から文章にしていった。

つまり、
コンビニで行ったのは観察であり、
会社で行ったのが言語化である。

心が動いた瞬間を、
その場で短く捕まえておく。

そしてあとから、
その動きに言葉を与えていく。

その結果、
ただパンを一つ選んだだけの出来事が、
ここまで長い文章になった。

会社に着いて最初にやることが、仕事ではなく、

「なぜ私はこのパンを選んだのか」

の文書化でよいのか。

それについては、
いったん考えないことにする。

ただ、
人は無意識に行動しているようで、
実はかなり多くの情報を処理している。

「何となく選んだ」

と思っていたとしても、
その何となくの中には、

過去の経験。

今の気分。

身体の状態。

お金に対する感覚。

昨日との比較。

面倒を避けたい気持ち。

小さな安心感。

そういったものが、
いくつも重なっている。

ただ、
それを普段はいちいち言葉にしていないだけなのだ。

そして私は、定期的に、
こういうことを言葉にする訓練をしている。

なぜ、その言葉を選んだのか。

なぜ、その店に入ったのか。

なぜ、その人の一言が引っかかったのか。

なぜ、今日はこのパンを手に取ったのか。

普段なら通り過ぎてしまう自分の小さな判断を止めて、丁寧に見ていく。

すると、

「何となく」

の中に隠れていた、
自分なりの価値観や優先順位が見えてくる。

だから私は、余計なことまでベラベラと話す。

文章も、ダラダラと長くなる。

パンを一つ選んだだけで、ここまで書く。

言語化のプロというより、

もはや、言語化を止められない人である。

そんなことを、
誰にも頼まれていないのに、
無駄にお伝えしたかった火曜日の始まり。

ちなみに、改めてパンの名前を申し上げると、

「しっとり食感 厚切りフレンチ 2個入り」


超熟食パン使用。

パンそのものだけではなく、
その中に使われている食パンが超熟であることまで確認して選んでいる。

そこまで見ている時点で、少しだけ自分でも引いている。

ただ、超熟はうまいからね。

以上。


自称・言語化のプロによる、

コンビニでパンを一つ選ぶまでの、極めて壮大な記録でした。

そして、ここまで読んでくださった方の中には、

「いや、パンを選んだ理由はもう十分分かった」

と思っている方もいるだろう。

それはそう。

私も、十分書いたと思っている。

ただ、今回お伝えしたかったのは、

「このパンを選びました」

という結果だけではない。

自分でも普段は気づいていない心の動きを、
どのように見つけて、
捕まえて、
言葉にしていくのか。

その過程にこそ、言語化の面白さがある。

そこで明日は、

どうすれば、
普段は無意識の中にある自分の考えや感情を、
意識できるようになるのか。

そして、

気づいた小さな心の動きを、
どのような順番で文章にしていくのか。

その「言語化のプロセス」について、
もう少し丁寧に説明してみたいと思っている。

聞きたくない人は、無理に読まなくても大丈夫です。

……などと、余裕のある大人のようなことを言ってみたが、

本当は寂しいので、できれば読んでほしい。

いや、できればではない。

かなり読んでほしい。

明日は、今回のように、自分の中で無意識に起きていることを、どのように意識の上へ引っ張り出すのか。

そして、それをどうやって言葉に変えていくのか。

自称・言語化のプロが、今度はパンではなく、言語化そのものを言語化します。

明日も、どうぞお付き合いください。

乞うご期待。

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