【保存版】「学び」にお金を払う意味を、ちゃんと考えてみる|【現実を見る】
え、有料なの。
無料がいいな。
え、高いな。
そこまで払うの、ちょっと迷うな。

何かを学ぼうとしたとき、
そんなふうに思う自分がいます。
でも、これはたぶん、
おかしなことじゃないんです。
だって、お金って大事だからです。
自分が時間を使って、働いて、
やっと手にしたものです。
生活のためにも使うし、
自分が大切にしたいことのためにも使える。
だから、それを手放すときに
心が止まるのは当然なんです。
本当にこれに払うのか。
払ったのに何も残らなかったらどうしよう。
合わなかったら、もったいないな。
そうやって迷うのは、
それだけお金を軽く扱っていないということでもあると思います。
だから私は、
「無料がいいな」と思ってしまう自分を、
否定しなくていいと思っています。
ただ、その一方で、
私はこういうことも何度も感じてきました。
無料で手に入れたものって、
最後までやりきれないことが多いんです。

最初は「よし、やろう」と思っている。
でも、いつでも見られる。
いつでもできる。
今じゃなくても困らない。
そう思っているうちに、
少しずつ遠ざかっていく。
後で見よう。
落ち着いたらやろう。
時間があるときにちゃんと受け取ろう。
そんなふうに思っていたはずなのに、
気づけば、そのままになっている。
たぶんこれは、
やる気がないとか、意志が弱いとか、
そういう単純な話じゃないんだと思います。
人って、目の前に強い理由がないと、
どうしても今の忙しさや疲れの方を優先してしまうからです。
今日やらなくても困らないことは、
今日やらなきゃいけないことに負けやすい。
それに、無料のものって、
やめたとしても痛みが少ないんです。
だから、つい後回しになる。
つい軽く扱ってしまう。
つい途中で終わってしまう。

私も、それを何度も経験してきました。
だからこそ、私は途中から、
「なぜ私は、お金を払ってまで学ぼうと思うんだろう」
と考えるようになりました。
そこで見えてきたのが、
そもそも学びって何なんだろう、ということです。
私は、学びって、
すごくシンプルなことだと思っています。
できる人から教えてもらうこと。
知っている人から受け取ること。
すでに持っている人から、いただくこと。
自分がまだ持っていないものを、
すでに持っている人がいる。
自分がまだ行けていない場所に、
すでに行っている人がいる。
だったら、その人から学ぶのが早い。
私はそう思っています。
「学び」という言葉の語源は、
真似をする、という意味からきています。

これって、本当にその通りだなと思っていて。
学ぶというのは、
ただ話を聞いて「なるほど」と思うことじゃない。
できる人の考え方を知って、
その人のやり方を見て、
自分でもやってみること。
しかも、一回やって終わりじゃない。
できるようになるまで、
何度も何度も繰り返していくこと。
最初はぎこちなくても、
繰り返しているうちに少しずつ身について、
あるとき自然にできるようになっている。
私は、学びってそういうものだと思っています。
たとえば、泳げない人が
泳げるようになるのもそうです。
話を聞いただけでは泳げない。
本を読んだだけでも泳げない。
実際にやってみて、
何度も繰り返して、
少しずつ体で覚えていく。
そうやって、
前はできなかったことが、できるようになる。
すると何が起きるか。
行ける場所が増えるんです。
今まで行けなかった場所に行ける。
今まで怖くて避けていたものに近づける。
今まで選べなかったものを選べるようになる。
つまり、
人生の選択肢が増える。

私は、学びの一番おもしろいところってここだと思っています。
知識が増えることそのものより、
できることが増えること。
行ける場所が増えること。
選べる人生が増えること。
これが、学ぶ醍醐味なんじゃないかと思うんです。
だから私は、学ぶんです。
今の自分のままでは届かない場所に、
届きたいからです。
今の自分のままでは選べない未来を、
選べるようになりたいからです。
そして、そう思ったときに
次に大事になるのが、
「何を学ぶか」よりも、
「誰から学ぶか」だと思っています。
私はここが、すごく大事だと思っています。
正直、世の中には情報がたくさんあります。
やり方もいっぱいあります。
でも、その中で本当に大事なのは、
自分が
「この人みたいになりたい」
と思える人を見つけることだと思うんです。
尊敬できる人。
この人の考え方が好きだと思える人。
この人の在り方に惹かれる人。
そういう人を見つけると、
学びは一気に深くなります。
なぜなら、ただ知識をもらうだけじゃなくて、
その人のものの見方や、
判断の仕方や、
積み重ね方まで見えてくるからです。
私は、
「この人みたいになりたい」

と思える人から学びたいです。
そして、
その人に近づくにはどうしたらいいのかを考えます。
そのとき、私は
できるだけ直接学びたいと思います。
いわば、弟子入りするような感覚です。
なぜか。
それが最短ルートだと思うからです。
自分一人で遠回りしながら試すこともできます。
無料の情報を集めて、
あれこれ比べながら進むこともできます。
でも、それだと時間がかかることがある。
迷うことも増える。
余計な回り道も増える。
だったら、
すでにそこを通ってきた人から、
直接教わった方が早い。
どこを見ればいいのか。
何をやればいいのか。
どこでつまずきやすいのか。
何を捨てればいいのか。
それを、すでに経験した人から受け取れるなら、
それはすごく大きいことだと思うんです。
だから私は、
お金を払って学ぶことを、
単に情報を買うことだとは思っていません。
その人が積み上げてきた経験や、
失敗しながら見つけた道や、
時間をかけて身につけた感覚を、
受け取らせてもらうことだと思っています。
そう考えると、
そこに対価があるのは自然なことです。
そしてもう一つ。
私は、お金を払うことには
自分の姿勢を整える意味もあると思っています。
お金を払った瞬間に、
自分の中でスイッチが入る感じがあるんです。
せっかく払ったんだから、
ちゃんと受け取りたい。
無駄にしたくない。
ちゃんと自分のものにしたい。
この感覚が生まれると、
向き合い方が変わります。
聞くだけで終わらせたくなくなる。
やってみようと思う。
繰り返そうと思う。
少しでも自分の中に残したくなる。
同じ内容だったとしても、
無料で受け取っていたときとは
明らかに向き合い方が変わる。
私は、それを何度も感じてきました。
だから、有料だから偉いとか、
無料だからダメとか、
そういう話をしたいわけではありません。
無料でも本気で受け取れる人はいます。
ちゃんと行動に移せる人もいます。
でも、私は少なくとも、
自分が何も差し出していないものを
ずっと大事に持ち続けられるほど
強くはないと思っています。
だからこそ、
ちゃんと差し出した方がいい。
お金でもいい。
時間でもいい。
覚悟でもいい。
何かを差し出したときに、
初めて自分の受け取る姿勢が整うことがある。
私は、そう思っています。
学びって、
ただ知ることじゃない。
できる人から受け取って、
真似して、
繰り返して、
できるようになること。
そしてその先で、
人生の選択肢が増えていくこと。
だから私は、
学びにお金を払います。
本気で受け取りたいからです。
ちゃんと自分のものにしたいからです。
そして、
今の自分では選べない未来を、
選べるようになりたいからです。
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