稽留流産|低AMH|体外受精|4回目の移植
4回目の移植は、稽留流産となりました。一度は心拍を確認できたのですが、二度目の心拍は確認できませんでした。もう、お腹に赤ちゃんはいません。
「うまくいってほしい」という願いは、残念ながら叶いませんでした。
1回目の心拍確認日
胎嚢確認から10日後、心拍確認のために病院に行きました。この頃も体調の変化はほとんどなく、強いて言えば胸の張りを感じるくらいでした。
この頃は先生に「心拍が確認できませんね。」と言われる未来が容易に想像でき、妊娠が続く未来のイメージがなかなか持てませんでした。なので内診で、先生から「心拍確認できましたよ。動いているの分かりますか?」と言われた時は嬉しさと同時に驚きの感情がありました。モニターで見る赤ちゃんの心拍は、「言われてみればピコピコと動いているような?」という感じで、正直よくわかりませんでしたが、これからの検診でまた確認することができるだろうと思いました。この日が心拍を確認できる最後のチャンスだったとわかっていれば、エコーの様子を動画で撮って、夫にも見せたかったです。
2回目の心拍確認日
1回目の心拍確認からちょうど1週間後、2回目の心拍確認のために通院しました。当日は、もし今日も心拍が確認できたら、そろそろ産院も探さないといけないなと、そんな幸せなことを考えていました。
それでも病院に行くのは不安でした。そんな私に夫は会社に行く前にぽんぽんと頭を撫でて、「大丈夫よ。」と声をかけてくれました。
前回よりも気持ちは楽に病院に行ったのですが、内診では「心拍がちょっとわからないですね」と言われました。内診直後は冷静で、「そうだよね。私がそんなうまくいく訳がないよな・・・」とどこか冷静でした。けれどその後の先生との話で、心拍がよくわからないこと、もし次も確認ができなければ稽留流産となるとの話があり、「稽留流産」と言葉を聞いた時にわっと涙が出てしまいました。先生は、「この子の運命は移植したときから決まっていて、この時期の流産はお母さんの過ごし方が原因ではないですからね。」と話してくれました。泣きながら、「妊娠継続と流産とどちらの方が確率が高いですか」と質問をしたところ「(胎嚢が)大きくなっていないので、流産の方が確率が高いと思います」と言われました。それでも、一応妊娠を継続させるための薬を出すと言われ、1週間後にまた受診することになりました。今振り返ると、きっと私が現実と向き合うための時間だったんだろうと思います。
夫には、大きくなっていなくて、はっきり心拍が確認できなかったから、ほぼ稽留流産だろうと診断されたこと。来週また診てもらって、流産と確定したら処置の話をする予定であることをLINEで伝えました。夫からはすぐに返信があったのですが、なかなか返信できずにいると、帰りの電車の中で電話がありました。出るか迷ったのですが、泣きながら今日の出来事を簡単に伝えました。
家に帰ってからは声を出して泣きました。午後からは在宅で仕事だったので、泣きながら仕事をしました。ちょうど仕事を終えたところで夫が帰宅して、話をしました。
夫が「自分がもっと家事とか手伝えば良かったかな」と言ったので、全力で否定しました(夫は私以上に積極的に家事をしてくれています)。これは誰かのせいではないと伝えたかったのです。
その日は泣きすぎて、夜には目が腫れてしまっていました。
そして私は、1週間後の診察を待つことになります。
