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世界の視え方で、身体は変わる|視ること、身体のこと

こんにちは、しほです。
鍼灸師でメガネ屋さん。
イノチグラス目育士。

東京・自由が丘の「はりきゆうCiTTa」を拠点に、
鍼灸と視覚の両面から、目・脳・身体を調えるご提案をしています。


かつて、こんな投稿を書きました

3年ほど前、私の感覚過敏に関する体験談を書いたことがあります。

あるタイプの地下道が、どうしても苦手でした。
その場所でトラウマになるような出来事があったわけではありません。

でも、その空間に入ると突然、

  • 床がスポンジみたいに感じる

  • 身体がふわっと不安定になる

  • 動悸

  • 息切れ

  • 冷や汗

  • 吐き気

まるで、ひどい乗り物酔いと、強い緊張状態が一緒にやってきたような感覚。

「このまま立っていられなくなるかも」
一歩も足を踏み出せなくなるような恐怖。

今回は、このことについてもう少し深掘りしてみたいと思います。
詳しくはこちらに残しています。


あのとき、何が起きていたのか

私たちは、景色そのものを視ているようでいて、
実際には、目から入った光(色)の情報を脳が処理し、
「映像」として世界を認識しています。

その映像から、
「ここはどんな場所か」
「どう動けば安全か」
を、常に判断しています。

つまり視覚とは、ただ「視る」ためだけの機能ではありません。

  • 身体のバランス

  • 空間認知

  • 姿勢制御

  • 安心安全の判断

  • 情動の変化

多岐に関わっています。

地下道で起こっていたことは、

  • 光を受け取る能力

  • 物を立体で捉える能力

  • 視た情報から身体のバランスをコントロールする能力

そういった情報を、身体がうまく処理しきれず、
安全確認モード(警戒モード)に入っていたのかもしれません。


世界の視え方で、身体は変わる

このように、視覚って、思っている以上に、身体と深くつながっています。

ちゃんと視えているつもりでも、
情報量が多ければ疲れるし、バランスが取りにくくなることもある。

呼吸が浅くなったり、
肩に力が入ったり、
妙にソワソワしたり。

「なんかしんどい」

その背景に、視覚が関わっていることもあるのです。


「視る」と「楽に視える」は違う

遠くはちゃんと視えてるから、視力は問題ない。

それだけで、視覚がうまく使えているとは限りません。

ちゃんと視えていても、しんどい。

CiTTaで身体や視覚を視ていると、
疲れ目や眼精疲労だけでは片付けられない反応に、本当によく出会います。

身体のケアをいろいろ試しても、
しばらくすると元に戻ってしまう。

そんなとき、身体そのものではなく、
どう視ているか にヒントがあることもあります。

「楽に視る」という視点が、変化のきっかけになることも。

今後、ある日のCiTTaで起きた身体と感覚の変化録を、
お届けできたらと思っています。

そう。
「視る」と、
「楽に視える」ことは、同じじゃない。


少し、楽に視える方法を探してもいい

あの頃の私は、
「ちょっと苦手なだけ」
「我慢すればいい」
と思っていました。

でも、
世界の視え方で身体が変わるなら。
少し楽に視える方法を探してみるのも、ひとつの選択かもしれません。


不調をなくすことだけではなく、
毎日をごきげんに過ごせる身体を。

そんな視点で、自由が丘のはりきゆうCiTTaで日々、身体と向き合っています。

もっと詳しく知りたい方、ご相談はこちらから。

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