UCC「上島珈琲」の歴史に見た老舗のブランド設計
「珈琲が大好きな私が、ある朝、上島珈琲の歴史を深掘りしながら、日本のコーヒー業界が陥っている『スタバ化』の正体について考え抜いた、3日間の記録です。」
第3日目:UCC「上島珈琲」の歴史に見た老舗のブランド設計
日目はスタバの「解像度」、2日目はブルーボトルと猿田彦の「自分たちの在り方」について、私の見解を書いてきました。
スタバ、ブルーボトル、猿田彦。
時代を彩る旗手たちが次々と現れた中で、
昔から日本を牽引してきた超大手ブランドは、
これからどう戦うべきなんだろう?
UCC上島珈琲、キーコーヒー、味の素AGF。
私たちは毎日のように、知らず知らずの内に彼らのコーヒーにお世話になっています。
今回は、私にとってとても親しい存在である「UCC上島珈琲」さんについて触れたいと思います。
最近、ロゴを刷新し、リブランディングに踏み切った上島珈琲。
「歴史のある老舗だよね」の一言で片付けられない、
その歩みを紐解けば、本当にすごい会社だということが分かります。
1969年、世界初のミルク入り缶コーヒー「UCCミルクコーヒー」を誕生させたのは彼らです。そして翌年の1970年、大阪万博。そこで大ヒットしたことをきっかけに、日本独自の「缶コーヒー市場」のベースが築かれました。
余談になりますが、ケンタッキーフライドチキンもこの万博に実験店舗を出店して大ヒットし、翌年から本格出店へ繋がったのだとか。
まさに、日本の新しい食文化が爆発した転換期です。
この歴史を知ったとき、私の脳裏には、
ずっと忘れられない大切な記憶がブワッと蘇ってきました。
1974年生まれの私が、まだ小学生だった頃の夏の記憶です。
夏休みに、母方の実家である福島に帰省していました。
祖母の家は土木建設業を営んでおり、
当時の現場はいつも熱気と活気に満ち溢れていました。
今ほど機械化が進んでいない時代です。額にものすごい汗をかきながら現場から引き上げてきた大人たちが、休憩時間にふうっと息を吐いて立ち話をする。
その手に握られていたのが、上島珈琲の缶コーヒーでした。
私は、いつもその缶コーヒーを美味そうに飲んでいた、
現場の若いお兄さんのことを「カンクン」と呼んでいました。
ちょっと派手な車で出社してきて、片手にはいつも缶コーヒー。
あの姿が、いまでも鮮烈に脳裏に焼き付いています。
高度経済成長を支え、バブルへ向かって猛烈に働く日本人の喉を潤し、労働者に元気を与えた飲み物。
スタイリッシュな都会の文化ではなく、まさに「日本を動かす人たち」の情熱のすぐ隣に、いつも上島珈琲の缶コーヒーがあったのだなと思うのです。
今、上島珈琲さんの店舗に行くと、
あのミルクコーヒーがメニューの一番上に掲げられています。
だが、その背景にあるドラマを知っている人は、
一体どれほどいるでしょうか。
公式サイトを見れば「ネルドリップへのこだわり」といった技術(機能)が丁寧に書かれています。けれど私は、もっと語るべき物語として、このミルクコーヒーの歴史のストーリーがあっても良いのではないかと思うのです。
いま、若者たちの珈琲離れがじわじわと進行しているらしいです。
テレビで見ましたが、ネスカフェ原宿店でも、
珈琲をダイレクトに飲むのではなく、カクテルのように何かと割って飲む
商品設計を積極的にしているといいます。
そんな時代だからこそ、「珈琲は苦いから苦手」という若い世代に向けて、あの優しく甘いミルクコーヒーを、「この国の成長を支えた大人のストーリー」と共に勧めるのはどうでしょうか。
老舗こそが、自分たちが築いてきたこの国のコーヒー文化の誇りを
語ってほしいし、彼らにはその権利があるはずです。
私たちの世代が記憶している、あの現場の汗と共鳴したコーヒーの熱量。
それを今、もっと深く、もっと解像度高く、
語り直してほしいなという気持ちになります。
自分の「ルーツ(根っこ)」を表現し、
その個性をとことん研ぎ澄ませた時、
そこにはどこのブランドも入り込めない、
オリジナリティ溢れる「ブランドの聖域」が生まれると、
私は信じています。
□ 本日の要点:老舗の誇りと再翻訳
・日本の大手ブランドには、外資には絶対に真似できない
「日本独自の珈琲物語(ルーツ)」をもっている。
・ブランディングの鍵は、流行を追うことではなく、
過去の資産を現代の体験へ「再翻訳」すること。
老舗にはその力が確かにある。
・トレンドの影を追う前に、自分たちの「根っこ」を高い解像度で語る。
そこにしか、顧客の心を震わせる本物の共感は宿らない。
