【適応障害で休職中】今思う、トリガーの前の前兆
納涼会の話が出た頃
時は遡って、昨年7月のこと。
私が休職する1ヶ月ほど前の話。
その頃、職場では納涼会の話が出ていた。
候補に挙がっている日によっては参加が難しいな、と思っていた。
理由は、甥っ子の手術日と被るかもしれないから。
手術日は、病院に付き添う義妹へ夕飯を届ける約束をしていたし、できれば術後に目を覚ます甥っ子の顔も見届けたかった。
甥っ子の手術日と重なったら、断る前提だったけど、当時の私は、「今の職場、雰囲気悪くないし、無礼講の場でも楽しいかもしれないから参加しようかな」と思ってた。
……同僚からのお願いを聞くまでは。
「乗せていってもらっていい?」
納涼会の日程、時間、場所が決まり、
「いつも通り金曜日の仕事終わりに行こう」という流れになった。
この職場は、ほとんどの人がマイカー通勤だった。
だから、仕事終わり、そのまま車で店へ向かう人が多い。
(酒を飲む人は代行とか、翌日取りに来る約束でお店に車置いて帰る許可貰ってた)
私もマイカー通勤組だったから、そのまま向かうつもりでいた。
すると同僚に言われた。
「しぃさんも参加するよね。」
「乗せていってもらっていい?」
(※歳が近かったこともあって、普段から休憩中はタメ語で話していた)
でも、その瞬間だけは少し固まった。
……え、なんで私?
他の人には聞いてないの?
正直、人を乗せるのは苦手だった。
運転に自信があるわけでもない。
むしろ、自分一人だから気楽に運転できている部分もあった。
でも、そんなこと言える空気じゃなかった。
だから私は、
「まぁ、参加するし……でも運転下手なんで、なんかあっても補償できんよ」
と返した。
自分なりの、精一杯の抵抗だった。
「運転下手だから、他の人にしてほしい」
遠回しに、そう伝えたつもりだった。
「帰りもお願いしていい?」
でも返ってきたのは、
「帰りもお願いしていい?」
という言葉だった。
……なんで?
ギリギリかもしれないけど、バスの終便は間に合う。
タクシーだってある。
家族に迎えを頼む選択肢だってある。
それなのに、“乗せてもらう前提”で話が進んでいく。
しかも私は、同僚を送るために遠回りして帰ることになる。
なんだかモヤモヤした。
見返りを求めているわけじゃない。
ただ、「車を出してもらうこと」が当たり前みたいになっている空気に、少し息苦しさを感じていた。
そして何よりしんどかったのは、断りづらいことだった。
参加すると伝えているのに、送迎だけ断るのもな……。
そんなふうに思ってしまった。
数日、ずっとモヤモヤしていた。
職場の空気が少し変わった
そうしているうちに、甥っ子の手術日程が早まった。
納涼会の日と重なった。
だから私は、そちらを優先することにした。
納涼会の参加を断った。
そのあとだった。
なんとなく、職場の空気が変わった気がした。
露骨に避けられるとか、無視されるとか、そんなことではない。
でも、少しだけ距離を感じた。
雑談の温度感。
ちょっとした会話。
なんとなく漂う空気。
「気のせいかな」と思いながらも、どこか息苦しかった。
今思えばあの頃の私は、もう少しずつ疲れていたんだと思う。
当時は「こんなことでモヤモヤする自分が悪いのかな」と思っていた。
でも今振り返ると、
あれは“トリガーの前の前兆”だったのかもしれない。
壊れる前は、もっと静かだった
ここまで読んで、
「それくらい、よくある話じゃない?」
そう感じた人もいるかもしれない。
実際、当時の私もそう思っていた。
でも、休職してから振り返って気づいた。
人が壊れるときって、
大きな出来事が突然起きるわけじゃない。
むしろ、
小さな違和感
断れない空気
“これくらい普通”の積み重ね
そういうものが、静かに心を削っていく。
ここから先は、
なぜあの空気がしんどかったのか
なぜ私は断れなかったのか
「優しい人ほど壊れる」の正体
休職前に起きていた心の変化
について、今の自分なりに言葉にしていこうと思う。
ここから先は
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