しぶとい朝顔は、人生の真理
すっかり枯れかけている朝顔に、出勤前にそっと水を与えるのが私の日課になっていた。9月に入り、開花ピークを過ぎてもそれは、そっと小さな花を咲かせ続けていた。
「あ。まだ咲いてる!」
当初は水やりの役目を担っていたはずの小学1年生の次女が、隣に並んで笑う。9月の太陽の高度は8月のそれと比較すれば当然低くなったものの、朝だというのにまだまだ暑い予感がする朝だ。
「種! 種ある?」
次女は咲いている朝顔にコメントするも早々に、身をしぼませ、その生涯を次の世代に引き渡した方に注目する。
「いつまで咲くんだろう」
私の反対隣りでそう言うのは、次女より1学年上の長女だ。昨年、彼女は同じ花を、同じ形の鉢で育てた。
「わかんない。あ、でも今週、鉢を学校に持っていくんだった」
私は言いながら、帰宅したら鉢を洗って乾かす、と頭の中にメモする。
次に入学してくる子たちに、新入生交流会で朝顔の種をプレゼントするのが学校の例年行事だ。まだ見ぬ後輩へのプレゼントを、真剣なまなざしで次女は精査する。
「これ取っておいて」
次女に渡された渾身の種をじい、と見つめる。
どれもこれも変わらないけど。
私は思いながら、その真っ黒で小さな三角を見つめていた。
5児を連れ立って帰宅した18時。9月の夕方は、夏の残り香をはらんだ風がゆったり吹いていて、まだまだ爽やかとは形容しがたい。それでもどこか、切なさを感じるのが不思議だ。
夫に子どものお風呂をバトンタッチしたあと、私は次女の鉢に手をかけた。
「まだ咲いているけど。ごめんね」
私は言いながら、鉢をひっくり返し、朝顔を土ごと袋に詰め込む。それまで見えなかった土の中には、所狭しとぎちぎちに張り巡らされた根っこがあった。それはまるで、人間の血管のようでもあった。
昨日も今日も、もし許されるならば明日も、根を伸ばしたに違いない。でもそれは、いつかは止まるもの。だから植物は種を残す。
次女が育てたこの朝顔の種も、また来年、同じ形の真っ青な鉢に植えられ、根を伸ばし花を咲かし、また種を残していくだろう。この小さな種が、いったい何色の花を咲かせるのか、私にはわからない。でも、きっとその色は関係ないのだろう。
与えられたものを全うする。その意味で、朝顔の生きざまはなんとも美しいものだ。
朝顔の終わりを目に焼きつけて、私はぎゅう、と強く、袋の口を締めた。
夏の終わりが、舐めるように肌を触って通り過ぎた。
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久しぶりに参加させていただきます。
いつもこの企画に参加させていただくと、自分の暮らしを丁寧に振り返るきっかけになります。楽しかったです!
プロフィール
・髙塚しいも(たかつか しいも)
5児の母。専門学校教員として働きながら、5児と夫の話を中心にnoteで執筆中。お酒と家族が大好き。

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