書いて描いて、赦されていたい
朝起きて窓を開けた瞬間のしんと澄んだ空気が、肺の奥に深く入り込むようになった。
秋はたしかに、きたのだ。また。
あまりに長く明けない夏に、もう秋は失われたのかと思っていた。それでもちゃんと、秋はその姿を見せてくれた。
その当たり前の季節のめぐりに、ほんのりと希望を感じる。
「長袖の方がいいかな」
「上着を着ようよ」
秋をまっさきに肌で感じた小学生女子たちは、一斉にお気に入りのジャージを取り出す。まだ、そこまででもないけど。と言いながらも、そんなアドバイスは別に求めていないことも知っている。彼女たちは、ただ、着たいものを着るだけだ。
朝。学校の教室でそれぞれ、仲良しの子と先生にだけ挨拶をして。
長女と次女をつれだって、すぐに帰る。教室には入れない長女。2年以上、もう教室にはろくに入ってない。
9月の中旬から、季節の変わり目にあてられて、5児が順番に発熱した。とくに重症だった次女はマイコプラズマ肺炎疑惑で、苦い薬を一生懸命飲みながら、2週間休んだ。久しぶりに、先生たちに会えた次女は少しホッとしていた。
「よかったね次女ちゃん」と長女はいった。次女は頷いて、長女と並んで歩く。
「でもさ、次女ちゃんがいるとぼくも楽しいんだ~」なんていう。彼女はいつも、家のリビングでひとりきりだから、この2週間は楽しそうだった。
涼しくなっても、帰る頃には上に着たジャージが暑い。
長女がジャージをずらして肩を出して羽織っている様子を、次女が笑ってマネした。
「ねえ片付けてよ、それ」
帰宅後、その辺にジャージや靴下を脱ぎ捨てられるのはいつものことだ。
何度も言っているのに、それでもいつもその辺に脱ぎ捨てられる。
「あ、ごめんね!」
そう言って、慌てて片付けだすのは、決まって長女。
片付けていないのは次女だ。
「長女ちゃんの話じゃないよ」と言っても、彼女は「ごめんごめん」という。
長女は一日に何度も「ごめんね」と言ってくる。
それが私は、少し切ない。
謝らなくたっていい。そういっても彼女は繰り返す。
私の機嫌が損なわれることが。
今この平穏が崩れることが。
こわいのかもしれない。不安でたまらないのかもしれない。
彼女の心にも聞こえるのだろうか。
──ほんとうにこのままでいいの?
そんな心の中の不安そうな声が。
ママにも聞こえる。
ママもね。
なんだか不安で、たまんないんだよ。
*
長女が「ごめんね」だなんて言わないことが、ひとつある。
絵を描くときだ。
「うまくいった」
「ここはこだわってみた」
「けっこういい感じだよ」
彼女がペンを持ち紙を前にしたとき、彼女は、彼女自身の不安から解放される。
そのとき彼女は、「赦されている」のだと思う。
私から、ではない。
自分を取り囲む不安から。
自分の中でささやいてくる声から。
解き放たれ、自由な世界で、彼女は表現する。

プレゼントしてくれたパパとママの似顔絵。
このときから、絵が大好きだったよね

服もこだわっていて、上手だね。


たくさん描いてた
今年のはじめ。
彼女は自分の夢を語った。
イラストレーターになりたい。
そんな希望を語ったのだ。
学校に行ってはいない彼女が、家にいながら、その夢を抱いたことが、私はすごくうれしかった。
人は夢中になれると、どこまでも遠くに行けるんだ。
彼女はずっと家にいるけれど、
どうやら、ずいぶんと遠くまできたものだ。
小学4年生。秋。

ユニちゃん。
「せいかくはあざとい」
「おしゃれずき」「学校でもけっこうモテる」。
かわいい。

丁寧に塗ってるね。

ゼンタングルを枠にみたてて。
色味がきれい。

さらにそっくりになってきたね。
眼がとくに好きだな。
繊細な線を描くようになった。
2歳の三男に邪魔されないように、階段に隠れてこっそりとイラストを描くその背中を、私はかつてどこかで見ていた気がする。
──そうか。私だ。
その背中は、過去の私でもあり、今の私でもあった。
書くことで私も、私の不安から赦されたいと願っているのだ。
これを書き続けてなにになるの?
これを書いている時間は、本当に必要なこと?
子どものことはどうするの?
私は、そんな私の不安を書いて表現する。
今の自分に向けて。
過去の自分に向けて。
未来の自分に向けて。
もしも、誰にも届かなくっても。
私は、私たちは、書くことをやめられない。
赦されたい。
自分を「表す」ことを、赦されていたい。
だから私は、うれしかったことも、つらかったことも、不安でたまらない夜も、書く。書き続ける。
どこかできっと誰かも、同じ気持ちで書き続けているだろうと信じて。
書いている自分が好きだ。
それに気づいた日から、私は私を赦したくなった。
「もっとママのこと上手に描きたいな」
長女はそう言って、私の瞳の奥まで、まっすぐに見つめてくる。
「ママも、もっと上手に書きたいな、みんなのこと」
その深い愛の瞳をまっすぐに見つめ返せるような。
そんな人間でありたい。

長女~三男による
5児歴代の画伯作品。(自宅の壁)
いろいろ通り越して、なんだか愛しい。
灯火杯に参加させていただきます。
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