見出し画像

愛と命

お義父さんはバリバリのハキハキの営業マンだった。人懐っこく、毎日世話しなく動き回る人で、飲み会が大好きで。
でも私に対しては、とてもシャイな人。
暑い夏の日にお邪魔した日、リビングでそっと私に扇風機の風をあててくれるような人だった。


その日。お義父さんは私たちをバドミントンの試合会場まで車で送ってくれた。

「じゃあ、がんばってな!」
「「はーい、いってきます!」」

──それがお義父さんと交わした最後の言葉になった。
その日、友人と山に向かったお義父さんは。


──山から、戻ってくることはなかった。




「じいじたちはどうして死んじゃったの」

息子である双子男子は6歳になって久しい。そのふたりが最近、「死」について語るようになった。おおかた、保育園でそういったお話を聞いたのかなと思う。年長の同じころに、長女と次女も「死」についてひどく不安がっていたから。

「〇〇くん死にたくないよ」
「パパ、ママ、ずっといてよ」
「だって、じいじは死んじゃったんでしょ」

私と夫は、困ったように目線を交わす。

「大丈夫。まだ死なないよ」
「本当に? いつまで? まだまだ?」
「まだだよ。……まだ、まだ」

とりあえずの言葉で夫がつなぐ。私は、うん、と頷くことしかできずに、小さな三男のパンツをたたんだ。長女と次女は聞こえないふりをして、ふたりでそっとくっついて、ゲームを続けた。


「ずっといっしょだよ」


この言葉が本当は、いかに頼りないものなのか。
私と夫は知りすぎている。




「パパのじいじは、山で死んじゃったんでしょ」

先日。保育園への道中で、双子弟が言った。
私はその言葉にどきりとした。
ああ、夫は言ったんだ。これまでは濁してきたことを。命の終わりの話を。

「……そう、なんだよ。だからね、山には本当に気をつけないといけないよ」

私は言い、そっとその硬い石頭の輪郭をなぞった。嘘みたいに硬い、かわいい、その頭。
いつか、亡き父が私にしてくれていたみたいに優しく。同じ形をしている夫の頭も、きっとどこかに、お義父さんの手の軌跡があるんだろうなと思いながら。


ああ、離れたくないな。ずっとこうしていたい。いつもこの愛をなぞって生きていたい。私は思う。双子は、両側から私の腰をぎゅう、と抱きしめた。そのうちに信号が青になって、私は「大丈夫。行こう」と促す。


信号を渡り終えても不安そうに私をひしと掴む双子を抱きしめ返しながら、考えていた。
いつか「死」が私を迎えにきたとき、果たして私たちは離れてしまうのか。

『死がふたりを分かつまで』と人は愛を神に誓う。


……死は。
人を、愛を、分かつのか?




父を亡くした当時、私は17歳だった。夫は21歳で、山にお義父さんを奪われた。
私は今36歳。ああ。あと10年もすれば、亡くなった父の年齢に追いついてしまう。


私と夫は、17年と21年しか、父親と過ごすことはできなかった。


だけど。……だけど。


その歳月を最後に。愛を失ったとは思わない。
父との絆が失われ、愛を損ない、傷が深まり、もう永遠のさよならなんだとは、思わない。


愛とは命だから。
今ここにある命が、私が愛を受け取ってきた証明だから。
私の命も、夫の命も、子どもたちの命も、この先の命も。


愛を繋げあい、支えあい、分かちあい、いつも誰かといっしょに生きてきた紛れもない証拠だから。


この愛の先に、いつかの父とお義父さんが待っている。その道の先で再会したときに、ちゃんと笑って抱きしめたい。だから最後まで生き抜きたい。



この歩いている道がいつまで続くのだろう?
それは、誰にもわからない。



だからこそ。今日も明日も、子どもたちの頭をなぞって生きていこう。その輪郭を感じ、温度を与えあい、愛していると伝えて、生きていることを確かめあおう。



今ここに、命あるかぎり。





(1526字)

いいなと思ったら応援しよう!

髙塚しいも|5児の母 もしこのような記事をサポートしたいという稀有な方がいらっしゃいましたら、ぜひともよろしくお願いいたします。5児の食費・学費にさせていただきます!