期待は私の、ななめうしろ
期待は、先んじて生じるものだと思っていた。
きっとよくなるだろう。
あわよくばこうなってほしい。
いつかはきっと大丈夫になるだろう。
未来を描いてみて初めてうまれるものだからこそ、
そこにはいつも淡い光があるものだと感じる。
それは「希望」や「楽しみ」とも言い換えられる。
私はいろんなものに期待してきた。
友人がたくさんできるといいなあ。
勉強が実を結ぶといいなあ。
仕事でいい成績をおさめられたならいいなあ。
私の期待は、がんばればその通りになったりもしたし、
うまくいかないこともあった。
きっとうまくいかないことの方が多かった。
ただただ忘れながら生きているので、あんまり覚えてない。
いや、うそ。けっこう。覚えているタイプだ。
期待は、結婚して、母親になるとまたその存在を誇示してきた。
私、きっといいお母さんになるぞ!
たくさん、勉強の楽しさを伝えるし!
いろんな経験をさせるんだ!
数え切れぬその「期待」の数々は、母親になった私の先を照らしていた。
私はそれに従って行動することもあったし、それが浮かぶ前に直感で身体が動くのならば、その流れに身を任せて生きてきた。
でも。
ふと気づくと。
ソイツは私の前を先導することをしなくなった。
いつの間にか私の背後に回り込み、半歩ななめ後ろから、私のことをそっと見つめているのだ。
不登校の長女は「きっとすぐによくなって学校に行く」と思ってた。
発達障がいの次女は「自分をコントロールすればちゃんと学校でも勉強ができるようになる」と思ってた。
双子はずっとずっと同じスピードで成長していくと思ってた。
「でも。違ったよね? 期待通りじゃなかったね?」
そう言って、かつての自分の期待が、今の自分の背後に回り込み、私が困っている様子を見てそうささやきながら、ほくそ笑んでいる気がするのだ。
長女は不登校をこじらせて2年ほどになる。
次女は発達障がいの特性を操れず、暴言を吐き、算数に取り組めない。
双子の兄は先日、療育で診断結果が出た。
夏のはじまりの日。夫が療育手帳の申請をした。
───2025年7月。
期待の視線は、いつも以上に私の斜め後ろを焦がす。
じりじりと皮膚を侵食されていくその痛みは、夏のせいなのか、ほくそえむ期待のせいなのか、私にはわからない。
*
書きたい人間が、noteの街に降り立つのは必然だろうと思う。
創作大賞2025の応募作は昨年度の数を遥かに超えて、Talesでは日々多くの作品が誕生していく。
noteの街の住人は1000万人を超えたとか。
「1000万人おめでとう!」
その言葉が行き交ったあの日。
「じゃあ、自分が選ばれる期待はしない方がいいだろう」
そう、冷静に気持ちを抑えようとする自分がいることに私は気づく。
もちろん、期待はある。賞を受賞する未来を、ほんの少しでも想像しないといえばうそになる。
だけど私はこわい。
斜め後ろで私をじっと見ている期待は、どんな恐ろしい顔をしているだろう。そう思うと、私はそっちを振り向くことができなくなっていた。
自分の書くものが「選ばれない」未来に向かっているかもしれないこの時間を、私はこいつと一緒に歩かなくてはいけないのか。捨てられたならよかった。走って振り切りたい。でもできない。
だったらせめてイケメンであってほしい。それも相当の。でないと、この恐怖には打ち勝てないかもしれないとさえ思う。でもそれを弱虫の私は、確認すらできない。
*
リアルの友人で唯一、私のnoteを知っている人がいる。
小学校からの親友だ。つらい日々もいっしょに乗り越えてきた。その親友とは小学校の漫画クラブから仲良くなったオタク仲間でもあり、いっしょに漫画を描いたり、私が書いた小説を読んでくれるなどしていた、貴重な人物だ。
夫以外、知り合いには誰にも教えないつもりでいたこのnoteを、彼女にはふと、読んでほしいな、と思った。今の私が書くものを、昔の私を知っている彼女はどう捉えるのか、知りたくなったのだ。
「読んだよ! 一気に読んだ!」
彼女は、アカウントを教えて早々に、言ってくれた。
彼女はnoteの住人ですらない。でも、たくさんたくさん読んでくれた。
「読んだよ」
「泣いたよ」
「覚えてるよ」
彼女が届けてくれる言葉たちはシンプルで飾りもない。だからこそ、そのひとことの重みがあるし、そこには愛しかないことを私は感じる。
私が応募した作品も、彼女はそっと読んでくれた。当時、父を亡くしたときの思いそのものを書いたものだ。
「覚えてるよ。全部覚えてる」
「忘れてなんか、あげないんだからね」
親友は、そう言った。
父の顔も体格も、どんな人なのかも、彼女は知っている。その彼女の記憶の中には、今もちゃんと父がいるらしい。
いつでも、ほしい言葉をまっすぐに届けてくれる彼女の記憶。
そこに、自分との思い出が。
そして、私が書いたものが刻まれていく。
なんか。……それだけで、いいな。
私は思った。
書くって。ただそれだけなんだよね、と。
「選ばれる」とか「選ばれない」とかではなくって。
それがあってもなくっても、私はきっと書いていたと思う。
だって、彼女が一気に読んでくれるくらいだから。
じゃあ書いてよかったじゃないか。そう、思えた。
そうしてふと、力が抜けた。
書くことの孤独。期待との共存の苦しさ。
そこからの解放は、たったひとりの親友の言葉だった。
*
この夏。
私の前方から即刻退散し、斜め後ろを「期待」はキープし続けている。その視線を私は勝手に暑苦しく感じていた。
でも違うのかもしれない。
私自身が、目に見えるところに「期待」を置いておくことがこわくなったんだと思う。
きっと本当は、それはいいヤツだったんだろう。
かつては、「こっちにこいよ」と、私の手を引き未来をたぐり寄せる、頼もしい相棒だった。
それに付いていくことが怖くなったのは、たぶん私の方。
だけど。
「全部覚えてるよ」
「やっぱり。しいも、すごいねえ」
その親友の言葉を聞いて、私は、自分のスピードを落とすことにした。
いつしか、期待から逃げて足早に距離を取ろうとしていた私。
でもきっと。私はもっとゆっくりと書きたいものを書けばいいし、期待と並走するくらいがちょうどいい。
「期待」したことを叶えたい。
でも。それに翻弄されるんじゃなくって、期待しながらも前にゆっくり進みたい。
「書く」ことならば、それが叶うから。
この暑さに。
noteの街の人口密度に。
その街で書く人間たちの熱さに。
やられっぱなしの夏は、まだ続いていく。
もしかしたら、あなたもそうだったりして。
そうしたら、少し書くスピードをゆるめてほしい。
そして、斜め後ろを。いや……隣を振り返ってみてほしい。
そこにはきっと、あなたのかつての相棒が。
未来の扉をそっと開いてくれる「希望」が、にっこり笑っているはずだから。
あわよくばそれが、たいそうなイケメンであることを、私はただ願っている。
またまた滑り込みで。失礼します…!
やっぱり、いろいろ思うところがあり、書きたくなっちゃいました。
よろしくお願いします✨
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