私の脚が立派すぎて100万円請求されかけた話
昔から、自分の脚がやたらと立派なもんだとは思っていた。私の身体の一部なのに、「なかなかやるなぁ」と一目置いているほどには。
たいした運動もしていない小学生の頃からその片鱗をあらわし、中学でバドミントンを始めてからは、もはやその成長は待ったなし。いつしかこの小さな身長に不釣り合いなほどの立派な太ももとふくらはぎが、私の人生にいつまでもくっついてくることになった。
外側に張って出てくる太ももの筋肉はその存在感を遺憾なく発揮し、ふくらはぎは歩くたびに盛り上がる。
制服のスカートからのぞくその膨らみを見て、
「かっけぇな」
とクラスの男子からは羨望の眼差しを浴びた。
「まあな」
私は笑って脚をぺちんと叩いて見せる。ここで「太いな」とでも言い出せば、おそらく命はないであろうと彼らは本能で察知したに違いない。
細いね。かわいいね。
そんな褒め言葉とは正反対に位置する立派な脚のこと。まぁ意外と嫌いではなかった。
しかし、この脚はなんとも手強い性格をしていたのである。
丁寧にこの手で揉み込んでも、ゴリゴリとローラーをあてても、カレーをかける白米を豆腐に変換しても。私の努力はただ虚しくこの脚の栄養として吸収されていき、恋愛ゲームであれば親友の妹枠並にいとも簡単にそのステータスを上昇させていくのだ。
「まじ痩せた〜い」
高校生にもなると、ルーズソックスが似合う細くて綺麗な脚に憧れるようになった。ギャルに片足をつっこんだ私はそんなことを毎日言いながら、朝に菓子パンを2個頬張り、早弁し、部活前にラスクを食べ、放課後にはバドミントン部で厳しい練習を乗り越える。そんな自分の結果が単純にこの脚に着実に実っているだけだという事実には目を瞑り、マッサージやら豆腐生活やら、中途半端な努力だけは続ける青春時代を過ごした。
そしてこのワガママlegはしっかりと成長を続け、私とともに青春時代を文字通り、駆け抜けていった。
そんな強くたくましい脚を持つ私のことを「かわいいね」と言う稀有な男が現れた。現在の夫である。高校時代に同じ部活で汗を流した彼は、私の丈夫な身体と立派な脚も含め、丸ごと愛してくれた。
そんな彼と8年の時を過ごし、社会人2年目の冬、ついにプロポーズを受けた。返事はもちろん、食い気味の「SAY YES」。婚約指輪を眺めながら、さっそく私の脳内ではドレスアップしてバージンロードを歩く自分の姿が目に浮かぶ。
「ガチで痩せよう」
なにを隠そう、誠に素直な脚の持ち主である。動機はいつだって、いたって単純。
──かわいい姿でドレスを着たい。
式の話を進めるよりも早く、素直さしかない私が真っ先に着手したことは「脚 痩せたい」で検索し、発見した広告に飛びつくことだった。
『簡単脚痩せ! 理想の自分に近づける☆ 今なら無料相談実施中!』
「簡単」
「脚痩せ」
「今なら無料」
私を魅了するには十分すぎる夢のような言葉たちが、PCブラウザの奥で輝いて見えた。
簡単に……綺麗になれちゃうの……?
きっとじゃあ、彼もますます私に夢中になるわね……ウフフフ……
今思えば、あの頃の私は完全なるウェディングハイ。その浮かれっぷりは、鮮明に魚拓に取って後世へ残せるレベルである。
私は迷うことなく予約ボタンを押した。なんてったって無料だ。なにも怖くなかった。
そうして数日後。都会の片隅にあるオフィスビルへと、この脚を意気揚々と連れていくのである。
このときの私はまだ気づいていない。
「無料」の二文字が、実はなによりも高くて怖いということに。
私は、なんか知らんけどいい匂いのする空間で、原材料わからんけど健康に良さそうな味のするウェルカムドリンクを飲んでいた。
「こんにちは~。まあかわいらしい! こんなかわい子ちゃんが来てくださるなんてえ。今日はよろしくお願いしま~す」
そういって穏やかにその部屋に登場したお姉さまは、脱毛サロンの店員さんのようなパリッとした制服に、髪の毛はしっかりと夜会巻きを施し、まったく隙を見せない洋装だった。
開口一番、ぐっと0距離にガン詰めされて、本来であれば安全を確保できるだけの距離をとるべきであろう場面。しかしそこは、ウェディングハイ(※魚拓レベル)の女。
いやいや、えへえへへ……
とか言いながら、すっかり相手のペースに巻き込まれていく。
部屋はけして広くはなく、扉をあけてすぐ、受付の横の小さなスペースで話は始まった。私とお姉さんが話をしているすぐ横には、もうひとりの店員さんらしき方が、常連と思しき美しい女性と小声で話をしている。廊下の奥にはドアが見えて、あそこが施術室だろうかと想像しつつ、あたりを見渡す。
壁のそこら中には、数々の女性たちのBefore→Afterの写真が貼られていた。信じられない変化の数々。
ほとんどが「20~40代の女性」と記載ある中で、「18歳 女性」の写真があるのを目にした。
「若い人も来ているんですね」
と言ったら、
「親御さんがここを見つけて通わせてくれたんですよ」
とお姉さんはにこやかに笑った。
なぜだか、その時の私はそれを聞いて、「若い子も来ているのなら平気なのかな」と、漠然と警戒心をほどいてしまった。「若い方寄り」の気持ちでいたのだ。今思えばなんとも滑稽すぎる。
お姉さんはさっそく私の身の上話を様々聞き出し、
「もうすぐ結婚式!? 素敵~!」
「結婚式に向けて、綺麗になりたいですよねえ」
と、浮かれに浮かれてこの世から2ミリ浮いてる女の向上心をさらに促進していく。
話の流れで「ちょっと立ってみてください」と言われ、私は従った。
彼女は全身のバランスを一瞥し
「たしかに……上半身は引き締まっていらっしゃいますけど、それを比べると下半身は気になるかも……」
と、最初に私が持ち出した悩みに、完璧に寄り添った。
「そう! そうなんです……ずっと悩んでて私……でも、結婚式を機に、変わりたいなって……」
これまで寄り添ってきたこの脚をまるで悪者に仕立て上げ、悲劇のヒロインにでもなった気分だった。
──他人が見てもやっぱり、気になるんだ……。
私はすっかり、この相棒を手放したくてたまらなくなっていた。
「では、プランの説明に入るのですが」
そう言って、お姉さんはパウチされた資料のようなものを音もなく差し出した。そこには、施術内容だったり、脚痩せ効果を高める謎のクリームだったり、マッサージに使えるキットのようなものなど、なにかしらの様々なプランが書き込まれていた。週に施術に数回通ったり、家でクリームを使って自身でもマッサージなどをすると効果がさらに高まる……みたいな、内容だったと思う。
肝心なプランの記憶が曖昧なのは、その後に続いた言葉があまりにも衝撃的だったからだ。
「……ということで。まずは、もっともお安く見積もって、だいたい100万円からになりますね」
…………???
私は、言われた言葉の意味を理解することができなかった。
お安く?
見積もって?
100万円、から???
「あ~~~~! ごめんなさいね、びっくりしちゃいますよね~~~! うんうん、けっして安くないもんね~~~~!!!」
私がその「100万円」という金額を耳にした瞬間、顔がこわばったのがさすがに伝わったらしい。お姉さんは急にタメ口になって、幼い子どもをあやすような口調になった。
私は、すでに帰りたくてたまらなくなった。
意気揚々とこんな場所にやって来ておいて。100万円をポンと出せるような女ではないことが白日の下にさらされて。真後ろでは、私よりもはるかにお金を持っていそうな女性がずっと私の様子を見ていて。
はずかしい。情けない。
今すぐに、この脚で駆け出してしまいたかった。もし今ここで逃げ出しても、きっと誰にも追いつかれない自信はあった。
だけど、そんな勇気だって私にはなかった。
「そうですよねえ……じゃあまずはねえ……そうですね……。施術の回数を最低限にして……。あとは、クリームをまずは定期購入にして……」
お姉さんは、このプランでは話がまとまらなそうだと気づき、進路変更を余儀なくされた様子だった。明らかに頭を抱えた様子で、下がり眉にかろうじて笑顔をぶら下げる。
「お風呂上りに、脚にマッサージを重ねていくことも、まずは十分に効果を得られます。うんうん、ね、できることからやってみようか?!」
お姉さん。そんなのもう、プランの話ではないじゃないですか。個人の努力の話じゃないですか……
私はもう、彼女の目を見ることができなかった。
「〇〇さん! かなり、変わりますよね? 〇〇さんも本当に綺麗になられましたもんね……いや昔っから充分、素敵でしたけど、さらに……!」
困り果てたお姉さんは、ずっとそばでその話を聞いていたらしい常連さんへと話をふった。私は、横目でそっと様子を見ていたその人を、そこではじめてまじまじと見た。
長い金髪は丁寧に巻かれ、隙間なくしっかり黒く囲われた目には、つけまつげがしっかりと上下についていた。よくよく見つめると、思っていた以上に「人生の荒波乗り越えてきました」感を全身にまとっている。
常連さんは細いジーパンを着こなした足を組みかえて、ふ、と小さく笑った。
「……変わるわよ」
最大限に余韻を感じさせながら、常連さんは私を見つめ、そう言った。その雰囲気に私は、離れかけていた心を少し持っていかれそうになる。
彼女は、昭和と平成を生き抜いてきたキューティーハニーなのだろうか? リアルでそのセリフを言いきることができるというのは、相当な信頼がなくてはいけないだろうことは想像できる。
そこから。ここに通うことで、いかにして脚が「変わるわよ」なのかを、常連さんはぽつぽつと、しかし確実にポイントをおさえながら話を重ねた。そして、彼女の施術は一向に始まらない。
今思えば彼女は常連さんなどではなく、このお店専門のキューティーハニーだったのだろう。お姉さんに言われるよりも、その常連さんの言葉は圧倒的な説得力を持っていた。そう、営業側に言われるとピンとこない話も、第三者からの言葉なら信じられるというアレだ。まだ若かった私は、見事にその術中に……常連さんの七変化に踊らされていたに違いない。
お願い、お願い、近寄らないで、常連さん。
そうして、しばらく熟練のハニーフラッシュに心を奪われていたものの、「いやでもそんな金はねえよ」と、自分の財布事情を鑑みて、私は冷静になった。
だいたい、こんなことに100万円をはたいて、私の脚がほんのすこしだけ細くなったとして。彼は本当に喜んでくれるだろうか? それを考えたら、答えはもう明らかだった。
「えっと、あの……実は、私は母子家庭で……母親に毎月援助もしていて……これから、結婚式にもお金がかかると思うし……ちょっと、えと、難しい、かな……」
とはいえ。それまでにも、玄関先の営業テクニックの数々の手法に引っ掛かり、断れずに契約しては母や彼に怒られることを繰り返してきた私である。謎に急に母子家庭の話を持ち出すなどして、そっと牽制をかけるしか術がなかった。
「プランのご契約は、もうあと残りひと枠なんですよ……! 答えを出していただかないと、次のご予約の方で終わってしまうかなと……!」
お姉さん、食い下がる。
私は「今日のうちにまた電話をしますので、すいません、予定もあるからいったん、帰宅します」と嘘をついた。その場にいた誰もが「ああ今こいつは嘘をついたな」とわかっているだろう雰囲気だった。でももう、その場の空気の中で面と向かって「契約はしません」と毅然と突っぱねることが、私にはできなかった。
そして結局、帰るまでキューティーハニーはその場に足を組んで座り続けていた。
今、自分の身に起こったことを誰にも言えないまま。
私は、ある程度時間が経過したタイミングで、そのクリニックに電話をかけた。
「母親や夫に相談しましたが、やはり反対されてしまいました」
とか、そんなことをごにょごにょと申し出た。
「あ。はあい。わかりましたあ~」
ガチャン。
電話は、乱暴に切られた。
私は買ったばかりのスマホをそっとポケットにしまい、空を見上げた。周りがどんどんスマホにしていく中で、大学時代もガラケーで就職活動を乗り越えて。社会人になってお金をためて、ようやく手にした真っ黒なスマホ。それを手に入れるのだって、やっとだったくせに。
なにを期待していたんだろう。
無料なのは「相談」であって、施術や脚痩せは「無料」だなんて、誰も言ってない。そんなの、当たり前なのに。
その日はバカみたいに晴れていて、なんの予定もないのに、「どこかに行きたいな」とふと思った。
だけどしょせんそのときの私は、贅沢できる余分なお金も持っていないただの24歳OL。
帰り道。自宅最寄り駅のマックに寄って、普段はMサイズのポテトをLサイズにしてひとりで食ってやった。
クリニックへの交通費と、Lサイズ変更分のお金は晴れ空の下で泡のように消えていく。
ただし、バカみたいなウェディングハイを鎮めるには、なんとも安上がりな勉強代だ。
私の脚は、そんな状況でも健気に私とともに今もそこにあり、この栄養分をともに分けあっていた。
「あ~あ。筋トレがんばろっと」
情けない自分をコーラで腹の奥に流し込んで。
私は、今日まだまだ力を持て余しているこの脚で、彼とすごす小さなアパートへと帰っていった。
立派な私の脚は、その翌年。
12センチのヒールを履いてもびくともせずに、およそ10時間に渡る結婚式の日をたくましく乗り越えてくれたことを、最後に添えておく。
まったく。なかなか、やるやつである。
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