スカートが大好きだった、あの頃の息子へ
我が家には、姉2人の手を毎日煩わせている、3人のわんぱくな男児がいる。うち長男と次男は、双子である。
彼らは二卵性で、顔が似ていない。兄は父である夫によく似ていて、弟は母である私によく似ている。
そんな夫似の双子兄は、赤ちゃん時代「かわいいお嬢ちゃんですね」と言われることが多かった。色が白くて、眼もくりくりとしていて、ほっぺがぷくぷくで、髪はくるくるですぐ伸びていたから、まあ無理もないのかもしれない。
ちなみに夫は当然ながらしっかり37歳を感じる、ただのおじさんである。
こんなにも夫に似ているのに、なぜこんなにも女の子に間違われる可愛さを感じさせるのか。
髙塚家の七不思議のひとつである。
この双子兄なのだが。あまりに周りから「かわいい」の評価を浴びて育ったせいだろうか。
2~3歳ごろから、毎日のようにスカートを履くようになった。
年もそう遠くない姉がいるので、かわいい格好とはどういうものなのか、を身近に感じていたことは影響していたとは思う。
ただ、とくに勧めたわけでもない。
姉に着せ替え人形として遊ばれていたわけでもない。
そして我々夫婦は「男の子なんだから、それはやめなよ」と否定もしなかった。
まあ、時代もジェンダーレスだし、似合ってはいたし、楽しそうだし。
その結果。
「ぼく、かわいいの履く~」
と、自主的に彼は『かわいい』を追い求めるようになっていったのだ。

手には、姉のシール
ときには、ワンピースも着こなす。
気分はファッションリーダーだ。

ピンクのご婦人な兄(右)
食べ方はなんとも男らしい

ワンピース漕ぎにくくないでしょうか、ご婦人
スカートじゃないといけないワケでもなく、かわいければヨシ、ということもあった。ただし、「ヒラヒラ」を求められて何度も着替えなおすこともしばしば。

靴は基本的に左右が逆
近所の奥さんとお話してそう

いい枝を発見!
姉のパンプスを削りながら走行
休日はこうして、好きな服を好きなように楽しんでいたのだが。保育園では、そうはいかない。
子どもたちの通う保育園では、幼児クラスからは基本的にジャージでの登園というルール。指定のジャージはかっこいいデザインで、「幼児クラスになればジャージが着られる」「お兄さんクラスになれる」と、乳児たちの憧れ的存在でもあった。
しかし、うちの双子兄には響かなかった。
「ジャージかわいくない」
「スカートがいいのに」
3歳児クラスになってから、双子兄は毎朝、そういって涙を流した。
これには困り果てた。そうは言いながらも、仕事は待ってくれない。なんとかして、保育園には行ってもらう必要がある。
「じゃあ、保育園まで、ジャージの上から履いていこうか」
彼の納得できる妥協点と保育園のルールの限界を毎朝、すり合わせる。
朝、気持ちが乗ってこない彼の前に姉たちのスカートを並べて、さあ今日はどれにしようか? と出店を開く日々は続いた。
「双子兄くん、おはよう! あら、今日もかわいいの履いてるね」
毎朝、いかに苦戦しながら私や夫が双子を連れて登園しているのかを、保育園の先生方は言わずとも理解してくれていた。
「昨日はピンク。今日は、青いのね。素敵ね~! じゃあ、みんなにその姿を見せたら、スカートを脱いでママに渡せるかな?」
双子兄は、玄関を開けてくれた先生にそう提案されると、
「うん!」
と嬉しそうに返事をする。
そして、同じクラスのみんなの前で挨拶をして、一通りスカート姿を見せてから、ささっとそれを脱いで私に託す。
「はいママ。バイバイ~」
その笑顔と、起きたての泣きべその顔を脳内で比較しながら。思わず苦笑しつつ、仕事用のバッグにスカートを詰めこみ、駅へと向かうのだ。
双子兄くん。
あの日々を覚えてる?
あなたの「好き」を、誰も否定しなかった、あの日々のこと。
当たり前じゃない、特別な美しい日々のこと。
双子兄が、もうひとりの弟の兄になる日が近づいていた。
その日は、義兄(韓国人)のオモニ(母)が日本にやってくるということで、私たちも挨拶に向かうこととなった。
なにか日本でしか手に入らないようなものをあげたいね。ということになり、私たちは漁港の市場に出向いて、韓国の方の口に合いそうな手土産を見繕った。
市場は栄えていて、観光客もたくさんいた。その雑踏の中を、姉のワンピースに身を包んだ双子兄が闊歩する。

お気に入りのワンピースだった
そこでは、元気に声を出すおじさんやおばさんがたくさんいた。
双子兄は、誰にでもいつもそうするように、負けじと大きな声であいさつをする。
「こんにちは!」
「みてっかわいいでしょ!」
私はほんの少し、ドキドキしながらその様子をみていた。髪の毛もすっかり短くなった彼は、しっかりと男の子だ。フリッフリのワンピースを着ている様子を、市場の方はどう反応するのだろうかと。
「あんらあ! 素敵よ~!」
「お~似合ってる、似合ってる!」
「まあ。男の子よね? わ~イマドキねえ!」
勝手な偏見をしていた自分を恥じるほどに、その場の空気はほんとうに温かいものだった。
ここにも。双子兄の「好き」を否定する人なんていなかった。
笑顔で、拍手して、お店の人をわざわざ呼んでみせたりして。
彼を丸ごと受け止めてくれていた。
「みんな、やさしいねえ」
「ぼく、ここ大好き!」
彼はそういって、何度もその市場をぐるぐる回った。ガチャガチャをして、出てきた景品をもって、もう一度来た道を回っておじさんおばさんに見せびらかしたりした。
ママもだよ。ママも、うれしくなったよ。
私はその小さなプリンセスを追いかけながら、声に出さずにささやいた。
そしてすっかり気をよくした我々は、マグロといっしょにプリクラを撮影して帰った。

父母はジャージだし。
次女と双子兄はプリンセスだし。
私のお腹に5人目。
左手にマグロ。
夫婦の狭間にブロッコリー。
さて。
その後の彼がどうなっていったのかというと。
弟が生まれて、「お兄ちゃん」になり。
幼児クラスでの体操もだんだん自信がついていき。
自分のことを「オレ」と呼称するようになり。
「かっこいいの買って」と要望するようになり。
いつの間にか。まったくスカートを履かなくなった。
私のスマホの写真フォルダには「双子兄がかっこいいと思うポーズ集」が増えていき、スカートをなびかせる彼の姿は過去のフォルダへと遠くになっていく。
彼は。
「兄」になったことで、「男の子」になったのか?
スカートはもうダサい! って、思ったのか?
……おそらく、違う。
スカートを履いていたあの小さな男の子は、きっと、充分に満たされたのだ。
「かわいいね」という、ポジティブな言葉で。
「あなたを見ているよ」という、やわらかい視線で。
「今日はどれにする」という、選択権がある安心感で。
「男の子だから」「女の子じゃないのに」という、性別の枠を超えたことで。
双子兄くん。
あなたは、ちゃんと受け止めていたんだよね。
周りの大人たちからの
「あなたはあなたでいていいんだよ」
という、メッセージ。
「みんなみたいに、うまくできない」
「だから、やりたくないんだよ」
あの日。
スカートを履いて、心を奮い立たせて道を歩くあなたの手を、ママは握るしかできなかった。ママも、どうしたらいいのか、悩んでた。双子の弟と同じようでまったく違うあなたを、どう導いたらいいのかなって悩んでいたよ。
保育園ではそのうち、療育につながることを提案されて。
そうだよね、きっとそれがいいんだよねって思いながら、悩みはつきなかった。
だけど。
世界は思っていたよりも、私たちに寄り添ってみせてくれた。
あなたのスカートはとても似合っていたし、みんなが「素敵」だと言ってくれたね。
自分で毎日たのしそうに服を選び、お姉ちゃんたちとスカートを履き並ぶ姿は、心配よりもいつしか「かわいい」が勝っていった。
「どうしてスカートを履いているの」とクラスの女の子に言われたときは、お姉ちゃんが「スカートが好きだからだよ」といってくれたね。その子も、「そうなんだ」と笑っていた。
あなたがいつでもどこでも「こんにちは」とあいさつをする人々は、少し驚いたあとに、すぐ「かわいいね」と「こんにちは」を返してくれたよね。
あなたには、苦手なこともあるかもしれない。
自分の特性に向き合うことが、ときには困難かもしれない。
だけどね。
同じくらい、他の人にはない魅力がたくさんたくさんある。
ママはたぶん、あなたがいなかったら。
今よりも、この世界を愛せていなかった。
ママにこの世界の美しさを教えてくれたのは、あなただよ。
だから、双子兄くん。
ありがとう。
あの頃、スカートで武装していたあなたの心は、とてもしなやかでたくましく、強くなった。
明日はあなたと双子弟の卒園式。

「バッジがかっこいいから、コレ!」
いつものように、迷いなく、フィーリングで即決めだったスーツ。
いったい、あなたはどんなふうに着こなしてくれるんだろう。今から楽しみで仕方ないよ。
スーツでかっこいい姿も。
あの頃の。スカートで、好きをいつも身につけていたあなたも。
どんな姿のあなたも。
ずっとずっと応援してる。
約束するよ。

ありがとう。
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