山菜を誰とも知らぬ、三月の部屋|エッセイ
初めていっしょに暮らし始めた数年だけは、私はシティガールで、彼はシティボーイだった。
三月。
都内のブラック企業に勤める彼の、新しい暮らしが始まろうとしていた。その一人暮らしの部屋に、週の半分は転がりこもうと勝手に決めた。
キッチンはコンロひと口の質素なもの。まな板ひとつ置けないその隣に、焦げ茶色のテレビ台を運んでキッチンを延長する。
新しい部屋での、はじめての晩御飯。私たちは浮足立っていた。
都内でも下町感をおおいに残す商店街で買った野菜たちを、計画性もなしに広げる。
彼らは実家付近のスーパーよりも、はるかにお買い得だった。
東京って意外とやさしいかも。
勝手なイメージを都合よく変換しながら、私たちは大して調理方法も知らぬ彼らを我が家に招いていた。
たくさんのキノコに紛れて、肩身狭そうにしていた、細長い緑の彼。結局ワラビだったのか、ゼンマイだったのか。今もわからない。わからないのにひとまず包丁で刻もうとする私をそっと静止して、こっちの彼はスマホでなにかを調べている。
ちゃんと調べるタイプなんだ。
実家で包まれて育ってきた彼の、几帳面さを隣で見ていた。そういえば彼は、お菓子作りも上手で、メモリを寸分違わず測る性格なのだった。
キッチン担当が誰なのか。納得したふりを装って、私は撤退した。
まだガムテープもはがしていない段ボールを集めて、荷解きついでに即席のテーブルセットに勤しむ。
「お疲れ様。できたよ」
ガラスの容器にこんもり盛られたそばは、緑の彼とたっぷりのきのこで埋め尽くされていた。
段ボールを倒さぬよう、慎重にそれらをセッティングして、山の息吹をいただいた。
なめこにコーティングされた、結局誰とも知らぬ緑を口にする。それは少しの刺激を伴う苦みを残して、そして喉のその先へと消えていった。
「しっかりアク抜きしたんだけどね。こんなもんなのかな」
彼は言いながら、ズズズと勢いよくそれを吸い込んでいく。
TV回線も引いてないワンルーム。
私は彼の隈を見つめながら、なめことともにそばを吸った。
ワンルームにあるのは、段ボールとすする音。
そしてまだ、しょせん他人同士のふたりだった。
でも。私には、聞こえていた。
その苦みのずっと奥の方から。
いつか始まっていく、ふたりの生活の足音が。
それはやがて彼の身体に追いつくだろう。
その頃にはきっと。
彼は正しく、アク抜きできるに違いない。
ほんの少しの苦みを、この三月に残して。
(995文字)
三條凛花さんのエッセイ企画に参加させていただきました🍀
凛花さんのコメントはいつも相手の心にどう届くのかまで考えられていて、自分はもちろん誰かへのコメントを拝見するのも大好き。
企画で感想を記載してくださると知り、参加させていただきました。
丁寧な暮らしからほど遠い生活をしている自分にできるのかわからなかったのですが、夫との思い出を残す、いい機会になりました。
ありがとうございます。
プロフィール
・髙塚しいも(たかつか しいも)
5児の母。専門学校教員として働きながら、5児と夫の話を中心にnoteで執筆中。お酒と家族が大好き。

お酒のことばっかつぶやきます
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