珈琲豆を挽くとき、心があの日へ旅をする
亡き父は、コーヒーを豆から挽くことに一時期ハマっていた。
「これが最高なんだよ。ほらほら、いい匂いでしょう」
そうやって意気揚々とコーヒーミルを買い込んで、ガリガリと音を立てて豆を挽いては、私たちに見せびらかす。
「またそんなの勝手に買って」と、オカンは呆れた顔をした。
「ねえ、それめっちゃうるさいんだけど」
幼い子どもだった我々3兄妹は、その豆の匂いよりも、平成のお茶の間をにぎわせていたバラエティが聞こえないことの方が重要だった。
「ちょっとの間だけだもん。すぐ終わるよ」
父はそう言って悪びれもせずに、マイペースにガリガリとそれを回した。
小さくてピンク色の小さなコーヒーミルからは、確かに濃い珈琲の香りが立ち昇っていたのを、鼻の奥で記憶している。
けれどそれを味わうにはまだ、当時の私の舌は追いつかなかった。
一度だけ。
多分、私がとても機嫌がよく、バラエティも見ておらず、暇で仕方がなく、気が向いたその日。父といっしょにそのコーヒーミルを回してみたことがあった。
それはかわいらしい見た目とは裏腹にめちゃくちゃ固く、当時の私にはガリガリガリの「ガ」の音も立てることができなかった。
「もう。なにこれ~めっちゃ固いし」
早々に諦めた私を笑い飛ばして、父はいとも簡単に、くるくるとそれを回すのだった。
あの日のコーヒーを。
今だったら。
じっくり、その香りがいつまでも消えないように、余韻を舌で転がしながら味わう自信があるんだけどな。
そう。
私はたぶん、大人になったのだ。
「来た来た! ねえ、見て見て」
先日。
子どもにかえったかのように声を弾ませる私の手元を見て、夫がその文字を口にした。
「……なんのはなしです、珈?」
noteの世界でまことしやかにささやかれる合言葉。
なんのはなしですか。
それがコーヒーショップ「TABBY's COFFEE」とコラボしたというのだから、この私が飛びつかないはずがない。
毎日の育児と仕事の激務と終わらぬ家事とnoteのおともに。
いつでも欠かせないのは、コーヒー(と、アルコール)であると豪語する私である。(以後よろしく)(深々)

「なんのはなしです珈」と記載が。
ゆっくりじっくり浸っていられる日に……とも思ったけれど。
日がたってからの豆よりも、今を生きる珈琲豆が見てえ……見てえよ……! と、この衝動を抑えることができず。
在宅勤務で朝にちょっと時間の余裕がある日に。開封の儀を執り行った。

リーフレットに感激……
カードもかわいい!
もう、このパッケージを見ているだけで、正直幸せ。もうありがとう。すでにありがとうって感じ。ありがとうが止まらない。
でも早く飲みたい。飲んでいい? ウンいいよね知ってた。
「双子弟くん。やります?」
マイコプラズマ肺炎にてその日もお休みしていた双子弟くんをスカウト。彼はコーヒー豆をみると挽かずにはいられないという習性をもっている。
「やる!」
やはり。咳は出るもののすでに熱が下がって暇を持て余していた彼は即座にその役目に飛びついた。

ガリガリガリ……
リビングの空気の中に、豆が刻み込まれていく音がする。
かつてはうるさかったその音が、どうして今、こんなにも愛しい音なんだろう。
やっぱり私。大人になっちゃったのかな。

いつも見かねて支える手を添えてしまうのも
私が大人だからなのかな
「オレ、速い?」
「うん。めっちゃ速い! ママより速いよ」
「へへへ。超高速だからね!」
ねえねえ。
6歳男児の自信はどこからくるの?
発生源はどこでもいいんだけど。賞状贈りたいです。
かわいすぎで賞。
おかげさまで豆が美しくおいしく、また生まれ変わったよ。

最初にほんの少しのお湯をかけて。
ふわあ……と、挽いた豆たちがふくらんでいくサマを見届ける。
奥のリビングを見渡すと、学校をお休みした長女と双子弟が並んでゴロゴロしている。立ち昇る湯気の隙間からのぞく家族は、また違う愛しさをもって私にその愛を届けてくれるように感じる。
それはきっと、コーヒーがもたらす、心の余裕。
いつも、あれやって、これやって、それが終わったらこっちをやって。
そんないっぱいいっぱいの心に、そっと隙間をくれる存在。
いつかの父も、そんな風に私たちを見つめていたんだろうか。
コーヒーを豆から挽くたび、私の心は記憶を旅する。

コーヒーにとっても合う。
ルワンダの雫は、4種の豆のブレンドコーヒー。
フルーティーで、後味も重すぎずさっぱりとした飲み心地。
ふんわり優しいwoman’s hands(ナチュラル)
紅茶のような爽やかなシンビWS(ハニー)
はちみつのようなコプロカWS(ナチュラル)
さくらんぼのような瑞々しいムササWS(ハニー)
こうしてラインナップを見ると「甘い?」というイメージを抱きがちだが、甘さもありつつジューシーな味わいを感じられる。香り高い珈琲に嗅覚を一気に支配されるこの瞬間。
「幸せってこういうこと」って思う。
お父さん。
お父さんも、この、いつかの幸せを共有したかったのかもしれないね。
子どもだったからね私。ごめんね。
いつかまた会えたそのとき。
私が、超高速で豆を挽いてあげる。
まあ、ゆっくりでもいいか。
幸せを感じる瞬間は、なるべく長い方がいいからね。
素敵な出会いに感謝。
大切な思い出と、これからの思い出とともに
じっくりと味わいます。
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