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まだ母にはなれなかった、あの日の私へ

今でこそ5人の子どもの母として、毎日、子どもの発熱やわがままや発狂や忘れ物や不登校や発達障がいや発熱や発熱で頭を抱える日々を過ごしているけれど。

今なら、今の私だったら
改めて伝えられることがあるかもしれない。
そう思って、今この記事を手紙として、あなたにしたためている。

10年前の私に、警告としてつづる、この手紙。


あわよくばこの手紙が、彼女を傷つける前に届けばいいと願って。




人を傷つける日が来るとは知らずにいた、あの頃の私へ。

妊娠がわかったのは、結婚式をあげて2か月後のことだったね。
式の準備の最中からもずっと、あなたは子どもがほしかった。
もうドレスも決めちゃったから、実際今妊娠したらまずいよねって思いながらも、ちょっと妊娠を期待していたよね?
実際、あんな細いドレスはもう着られないので、あのときお腹にやってこなくて正解だったと思うよ。

あなたは、いつだって「早く子どもがほしい」と思っていたね。
それは「母」になりたい、というよりも、単純に「子育てをしたい」という、子ども好きな一方的な願望。母になることの意味なんて、きっとわかっていなかった。

無理もないね。
なったこと、なかったんだから。

その日。
妊娠検査薬が陽性に反応したことがうれしくって、一目散に、母……オカンに連絡をしたね。急な電話なんてめったにしないのに。
「うっそ!」とびっくりしていたオカンの声を聞いて、これが夢ではないんだって自覚するよ。

そのあとね。
近くで一番大きな病院の産婦人科に駆け込むけれど、まだ胎嚢も見えないよ。だから急いでいかなくっていいからね。

「ちょ、気が早いっすね~! ぜんっぜんまだ見えない! ね?! ええ、たまひよも買ったの? 早いってえ~。まだうまくいくかもわかんないんだからあ〜」

金髪の若え男性医師から、初めての妊娠でドキドキしている妊婦にかけるとは到底思えない言葉を浴び、本気で落ち込むからね。
一発しばいてもいいよ。今の私が許可します。
でもまあ、めんどくさいから、早急に近くのクリニックに転院してね。

「そのスニーカー……カラフル! アロハだね~」
って、意味わかんないけどめっちゃ褒めてくれる、いいお医者さんがいるから。

つわりに苦しむこともなく、たくさん食べて、同僚にも生徒にも恵まれ、夫は激務であまり会えないけど献身的で、ちょっと太りすぎて助産師さんに怒られたりするけど、幸せで順調なマタニティライフを過ごすよ。

あなたは周りの中でも結婚・妊娠が早くて、この幸せを楽しむことに夢中になる。幸せの真ん中にいるあなた。その周りに与える影響の大きさについて考えは及ばず、その甘く柔らかい気持ちが人を傷つけてしまうだなんて思いもしない。


───それがあなたの罪だ。
そう言わざるをえない。


あなたは一番大切な親友を傷つけてしまうのだから。



安定期に入り、あなたはこの喜びを誰かに共有したくなる。
SNSでつながる友人たちに報告して、いっしょに喜んでほしいって思っていた。きっと誰もが喜んでくれるはずだと期待して。

実際。友人に恵まれ、みんなが「おめでとう」とコメントしてくれたよね。
きっとそれは嘘じゃあなかったと思う。
だけどあなたは、SNSにそれを載せる前に。大切な人には直接報告したいなって思い立つ。

一番に連絡したのが、親友のいちごだったね。

小学生のときからいっしょにいて。
根暗な私の性格を明るい方へ引っ張ってくれて。
互いの元カレもよく知ってて。
父が亡くなったときも側にいてくれて。
大人になったら、彼氏を紹介しあって。
お互い結婚してからは、家族ぐるみで飲み会して。
結婚式は、同じ会場でおこなって。
お互い、友人代表としてスピーチした。

文句なしの親友。
誰がどう見たって親友。

そんな彼女が。
私よりも先に結婚して、私よりも先に妊活に励んでいた彼女が。
孫を楽しみにしていたお義父さんにその姿を見せられぬうちに、お義父さんとの別れを経験し、意気消沈していた彼女が。

私の言葉をどう受け取るかも想像せずに、連絡したね。


『私、妊活してるんだ。結婚してからずっと。なのに……』


彼女は、ひとしきり「おめでとう」を伝えてくれたあと、そう私に告げる。

「……私、必ずいちごのお腹にも、お義父さんの命がめぐってくると思う。そう願ってる」

私はそう言った。けして嘘や建前ではなく、本気でそう思っていた。
私のお腹にも、亡き父と義父の命がめぐってきたのだと信じていたから。

でも、その言葉はあまりにも儚すぎて、子どもを望む人にとって、いかに力がない言葉ものなのかってことに。私は気づかない。
そこであなたは気づくべきだった。
気づいて、ほしかった。

それから、お土産で買った子どもができるというお守りを送ったり、私は今行けないからと、ディズニーのチケットをプレゼントしたり、陣痛中に書いた赤富士を渡したりする。
陣痛中に赤富士を書いて送ると、渡された人が妊娠する、と、当時もっぱらの噂だったのだ。私は陣痛室に赤ペンを持っていくのを忘れて、書類用の印鑑をぽんぽん押して、レシートの裏に赤富士(らしきもの)を描いた。

私が浮かれた気持ちで、勝手に、よかれと思って、そんなことをやる傍ら。
いちごは一生懸命、いろんなものを抱えながら、戦っていた。
日々の失望や葛藤に向き合って、それでもいつか、と前を向こうと耐え抜いていた。

いちごと、あなた

向き合っているものは同じ「新しい命」のはずだけど。
それが「今ここにある」あなたと「まだここにはない」いちご。
抱えている気持ちの複雑さには圧倒的な違いが、きっと、あった。
間違いなく。あったのに。



『今はちょっと、しいもと連絡とるの、つらい……』



長女がうまれて間もなく、いちごが、ささやくように私に告げたのは……LINEだったか、手紙だったか。
そこで私はようやく、いちごの優しさに甘えていたんだ。と、気づく。
手を差し伸べた気になって、この、母になった気でいた甘い手で。
私が彼女を苦しめていたんだ。


『……そう、だよね……。ごめんね、……私……』


──あなたは、気づくのが遅すぎる。
いつだってそうだった。
でも、このときばかりはもう、挽回のしようもない。
いちごがどんな苦しみを背負って、私にそれを負わせまいと我慢していたのか、知る由もない、おろかなあなた

小さな命をそのお腹で育て、産み落とし、母になったつもりだった。
でも。
人を傷つけて母になれるだなんて、そんなおこがましいことはない。

いつかの母を望む彼女を傷つけた私は。
あの日まだ、きっと母なんかじゃなかった。

あなたの心は「母」からほど遠い場所にあった。

一番大切な親友を傷つけて、その罪の大きさに気づいて。泣きたいのはどっちか、そんなものわかりきっているはずなのに。長女の小さな体を抱えながら、涙が止まらなかった。未熟な未熟な人間の私を、長女がじいと見つめていた。あなたはその視線に応える力もなく、ただ授乳をし、おむつを替え、予防接種をし、離乳食を作り、保育園を探し、彼女をただ、ただ、生かした。


……でもね。
長女との日々は本当にあっという間だから。
日々のゆっくりさを、そのときにしかない豊かさを、移ろいを、じっくり味わうことはどうか、忘れないで。

長女が9か月を迎えると、すぐに次女があなたのお腹にやってくるよ。
あまりに早いその次の出会いに、私は驚き、そして喜ぶ。素直に喜べる自分に安堵し、次に、復帰予定の仕事はどうしよう、決まっている保育園は大丈夫だろうか、と心配になって……


──いちごに、なんて言おう。


そう、あなたは考える。

小学生のころから、なんでも言い合ってきた。つらいこともうれしいことも、彼女から報告の電話がかかってきたし、私も必ず共有してきた。


だけど……
今のいちごはどう思うかな。
きっと彼女なら……
でも……


何日も悩んで、私は、いちごに手紙をしたためた。
次女がお腹にやってきたこと。
いちごのことを、いつも考えていること。
きっとつらいこともあるだろうけれど、勝手なことを言ってしまうけど、あなたに命がめぐってくると信じていること。
勝手な話ばかりで本当にごめんね、と。
でも、あなたに言わないでこの命を育てることはやっぱりできない、と。
だからごめんなさい。と。



今改めて考えても、なんておこがましい手紙。
やっぱり出さないほうがよかったのかな。
私は、悩みながら過ごすけど……


『手紙。読んだよ。……びっくり、した』


手紙を送ってすぐに、いちごが電話をくれるよ。
手紙を読んで、即座に、リビングで、電話をかけてくれたんだろうな、という速度で。電話の奥は、やけに静かだった。
私は駅の構内で思わず電話に出たけれど、周りの空気が一気に、しん、とするのを感じた。


『……っていうのもね……私もこの前……ついに……』

電話の奥の彼女の声は、かすかにふるえているような気がした。

「……え。……うそ……うそ……!!!」

『へへ。うん……妊娠、してた』

「お、おめでとう……ど……同級生……?」

『そうだね。そうなりそう。予定日が1月だから。……だから、さ、余計にさ、びっくりして……』



ねえ。
……泣いている場合じゃないからね。私。
だけどさ。
すごく。すごく、うれしかったよね。

いちごはそのあと、手紙を返してくれた。
……そこには、あの日。私が母になろうとしていたあの頃。
いちごが私のどんな言葉に傷つき、そして耐えきれなくなり、涙を流したのか。
タイミング法だけの妊活ではうまくいかずに、体外受精にふみきり、たくさんの時間や体力やお金を費やして、心も体もささげてきたのかということが、書かれていた。



あなたは、その手紙に。
あなたの過ちに、まっすぐに向き合ってください。
いちごじゃなかったら、きっと教えてくれなかった、あなたの罪。
それがいかに重く、そしておろかなことかを。
しっかり向き合う必要があるから。

そこから何度か、手紙を往復した。

何度謝っても償いきれぬ私の過ち。
許されようだなんてこと、思わない。
でも、ただただ、この先もずっと、いっしょに生きてほしい。
それだけが願いだと。何度も伝えた。

いちごはまた、私に笑ってくれた。
彼女のほうが。
自分の体に、心に、命に向き合って生きていた彼女のほうが。
私よりもはるかに、ずっとずっと前から、「母」だったのだ。




その年が明けて。
次女を秋に出産した私は、里帰り出産していた彼女の家に赴いた。

「がんばったね。お疲れ様」

長い陣痛の果てに、いちごは帝王切開で娘を出産した。
その勲章を見せてもらったりしながら、母となった彼女の奮闘話を聞く私。
その傷、もっとよく見せてもらうといいよ。
数年後、あなたのお腹にもおんなじ傷ができるからね。

大きく生まれた私の次女の体よりも、ひとまわり小さなその命。
彼女は、いちごのお義父さんの誕生日の、一日あとに生まれた。
まるで。ほんとうに、命がめぐってきたかのように。
いちごに許可を得て、私はいちごの待望の第一子を抱き上げた。

「かわいいね。かわいいね……」

その瞬間。
いちごの小さな小さな長女ちゃんを抱き上げたその日。
私は。ようやく、「母」になれたのかもしれない。

命がいかに尊いものなのか。
彼女が、彼女たちが、教えてくれた。
私を、もっとより確かな「母」へと、押し上げてくれた。
この小さな彼女は、私といちごを再びつなぎとめてくれた。



ねえ、だから。
この日のこと。
あなたは、ずっとずっと忘れないでね。

あの日感じた、「今ここに生きていること」の意味。
命の、重さ。
そして、この先も生まれゆく、5人の子どもたちの尊さを。





ねえ。
ずっとずっと、忘れないでね。


5児の母の、私より。






いちごの長女ちゃん(左)と、私の次女(右)
たくさん遊んだ、いつかの写真
生まれてくれて、ありがとう














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