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悔しくてままならぬ、この愛しい日々よ

眠った子どもたちの寝顔を見て、しめしめ……と思う夜もあれば、うまくいかなかった。もっとうまく愛せたはずだ……と、自分の母としての行動を顧みる夜もある。

今夜は間違いなく後者だった。

やらなければならない家事もほおって、こんなことを書いている。


年末から夫の仕事がトラブっている。ずっとずっと忙しいと言い、12月31日まで仕事だった。そして今日から仕事が始まり、朝は気づいたらもういなかった。
「パパがまたいないよう」
パパ強火担(熱烈ファン)の双子兄は、そう言ってやめられないおしゃぶりをまたも再開する。
「仕方ないでしょ」と彼をいなす自分が、まったく好きじゃない。
もっと素直だったら。もっと、子どもたちと「さみしいね」なんて言いあえたら。もう少し、マシな流れになることもわかってて、私はしない。私にはできない。


今朝は、長女のみるみるが発熱した。
珍しく38度を超える熱を記録し、本人もずいぶん弱気になっていた。
「ママ、隣にきて」
彼女はリビングに敷いた布団の上から、小さな声で私を呼ぶ。
隣にいってその髪をなぜると、彼女が頭を寄せてくる。それを見つけては、無理やりその間に割り込んでくる三男。
三男は三男で、年末に小児科でもらった便秘の薬が合わなかったらしく、ずっと下痢気味。よって、ずっと不機嫌なのだ。ただでさえ、イヤイヤ期の延長戦に入って久しいのに、そのさらに上をいくのだ。何度も経験してきているはずだが、まったくもってイヤイヤ期コイツとは相容れない。理解しがたいし、理解しようという気も起きない。コイツは打ち勝つものではなく、過ぎ去るのを待つのが吉なのだ。


家にずっといると始まる、双子兄と次女の喧嘩。ASD同士。いくら言ってきかせても、毎回同じことを繰り返している。
いらんことを次女が言って双子兄をあおり、まんまとそれに乗っかる双子兄が泣いてわめく。ふてくされた彼を慰めるための気力が私には残っていない。山積みになった洗濯物の山に手をかけては、いや、あとで……と言い目をつむる。そいつらは今も私をじっとその峰から見つめている。


子どもに向き合っている時間がつらいとき、私はSNSに逃げ込もうとする。Xでいろんなの話を見て聞いて、よかったねと思ったり、すごいねって思ったりする。
だけど、こういうときの自分は、本当に心が動かない。
こういうときに読んでしまうと、文字がすべっていってしまうので、申し訳なく、読む時間をとることを避けてしまう。せいぜい♡を押すくらい。みんなの活躍をもっと手放しに喜んだりしたい。だけど、勝手に自分と比較して余計な言葉がうっかり出てしまいそうで、そのうち私は考えることをやめた。


キッチンに隠れて子どもたちの食事を見守る。いっしょに食卓に座れば誰かが膝にのってきて、私がまっすぐに食事に向き合うことはできない。小さな、幸せな、ストレス。余裕がないときはそれもできない。キッチンに立って、長女用につくったおかゆに、たっぷりの唐辛子を入れてかきこんでやった。私にしか食べれない辛さにしてやった。

「お腹いっぱいだよう」

そういって、炒めた豚肉とブロッコリーを双子兄が残す。
「せっかくつくったのに」
言わなくってもわかっているはずのセリフを、私は隠すこともできない。必要なかった言葉。

でもそのうち、
「チョココロネ食べる!」
と、冷え切った豚肉の存在も忘れて、彼が笑顔で私に言ってくるのだ。毎回のことだ。慣れてる。慣れてる。慣れてるけど。

「ママはがんばってみんなを見ながらいそいで作ったごはんを残されて悲しいのに、チョココロネを食べるの?」
私は言わずにはいられなかった。

双子兄は、「んん~……」と言いながら、視界から消える。
そして1分たつとまた、戻ってきて言う。
「チョココロネ食べたい」と。

「ママの気持ちがわからないの?」と、言いそうになって、やめた。
人の気持ちをわかるようになるための、彼は、練習中だ。だからこそ。こういうときに、人はどう思うのかをちゃんと言うべきだったのかもしれない。でもできなかった。ただ力なく、ソファにしずんで「もう知らない」といった。わからない。という顔のまま、彼は自分のねんねにくるまって泣きべそをかいた。チョココロネは、食べなかった。いつもは勝手に持ってくるのに。


寝室に行くと、パパの隣じゃないと寝られない双子兄はまた泣いた。
双子弟は乾燥でアトピーが悪化して、かゆいよと言って寝つけなかった。
長女は私の側に寄ろうとしたけれど、間にまた三男が割って入って、怒ってあっちを向いて寝た。次女は私の左隣のいつもの位置を、双子兄が泣いてうるさいのでゆずった。5児の、身体のどこかに触れてあげないと冬は眠れない。身体の四肢をなげうって、変な体制になって眠った。5人分の寝息が聞こえる頃には、ちょっと首を痛めた気がした。



なんて母親だろうか。
Youtubeも観すぎていた。
ゲームだってやらせすぎだ。
プラレールや絵本。もっとそっちに時間を使うべきだった。
熱を出した長女にもっと寄り添ってあげるべきだった。次女は喧嘩の発端になりがちだけど、きっと我慢もたくさんしていた。双子弟のかゆみ止め、もっとはやく飲ませたらよかった。

反省は毎日だ。毎日こんなことばっかり。たくさん産んだってたいしたこともできない。えらそうな言葉を並べてたって、できていることはほんの少しだけ。

そう。ほんの少し……


双子兄が「おいしいよ」といって、ひと口くれたアイスを食べて「ほんとうだね」っていった。

双子弟といっしょに、義兄にもらったガンプラを作った。彼はほとんどひとりで作って、その誇らしい顔の写真を撮った。

熱を出した長女につくった、卵とだしのうどん。卵を次女と割って。みんながおかわりしてくれた。

私の顔を見て。「ママ。ちう」といった三男にキスをおとした。


なんて母親だろうか。
与えられてばっかりで。不器用で。毎日反省して。できたことは本当にささいなことで。多分、世間では「当たり前」っていわれること。

でも。

なんて、愛しい日々だろうか。

怒ってばっかり。できないことばっかり。
やりたいことばっかりだけど、できなくって、なにも上手じゃなくってもどかしくて。

でも、家族は「それでいい」という。
私のことを「ママ」という。


ああ本当に、なんにもできない日だった。
今日もなんにも、うまくいかなかった。
だけど、たぶん。
今日も愛されていた。
今日も愛した。




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