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弟たちよ。どうかそのままで|発達障がい・5児育児日記

日頃、不登校の長女みるみるや、その姉を前に葛藤しながらも学校をがんばっている次女のことを取り上げることが多い。思春期の彼女たち。どうしても悩み多き時期だから、私もそれを見ていてつづりたくなるのだ。

そんな姉たちを見ながらも、それに対して多くを言わずに、自分たちの日々を懸命にがんばっている3人の弟たち。うるさくて無邪気で、ちょっとおバカで、いつもまっすぐで。

今日は、そんな愛すべき彼らのことをつづる。


三男くん、3歳になる


今日で三男くんが3歳になりました。

3歳に……なっちゃいました……(天を仰ぐ)

プレゼントのニューブロックに喜ぶ三男くん。
「こっち見て」を聞いてくれないので
双子兄に固定された。

もう3歳なのに、そこは末っ子。いつまでも親も姉兄も赤ちゃん扱い。
おかげさまで、しっかりと傍若無人でマイペースなオトコに成長している。2歳児クラスでも2月生まれの末っ子なので、4月生まれのお姉さま方にお世話されまくり。いつまでも「抱っこ抱っこ」の3歳児の体重は15キロをマークし、いつでも便秘気味でポッコリお腹が引っ込むことはない。


結論:KAWAII

※ただし本当に手を焼いています
兄たちとブロック作りに励む。
もちろん取り合いの奪い合い。
穏やかじゃない。
たま~に、ゆずる。

子育ては5人目になっても、わからないこと、知らなかったこともたくさんある。

2度目の帝王切開で、寒気が止まらずに意識を飛ばしそうになったのも、彼が初めて。
熱性けいれんを経験したのも三男くんだけ。
白目をむいて泡を吹いた、その小さな手をさすりながら救急車を呼んだのも彼が初めてだ。

だからこそ、改めて家族の健康のことを常に考えるようになった。

ケーキを食べながら
母にファンサをしてくれる三男氏。
食べ物があればこちらを向く。

子どもたちを見つめて愛する日々の中で、いつも緊張感がつきまとう。

この子どもたちを全員、しっかり大人になるまで、争いや事故に巻き込まれることなく、健康に育てきること。
健やかな未来の実現、その難しさに愕然としつつ、それでも我々は前を向いて、家族で困難に立ち向かっている。

だからこそ。
無事に誕生日をむかえられたこの日に、改めて感謝をしたい。


三男くん、おめでとう。
うまれてきてくれて、ありがとう。
いつまでも元気でいてね。


双子、最後の発表会

先週、我が家にもついにインフルエンザBがはびこり、双子の最後の発表会参加が危ぶまれていた。とはいいながらも、隔離しようにも難しい我が家。結局、寝る部屋は別にしつつも、普段はいっしょに生活……。
なんとか感染者を3名(双子兄・双子弟・長女)におさえることに成功。本番の2日前に保育園に復帰することができた。神よ、ありがとう。

年長クラスのほとんどがインフルエンザに侵された中で、なんとか全員が当日までに復活し、そろうことができた。この時点で歓喜である。


0歳クラスから入園した双子。
入園してすぐにコロナが蔓延して、外に出られない生活に。
家族で多くの時間を過ごしながら、少しずつ保育園に通えるようになり……この場所でたくさんのことを学んできた。

体操やピアニカ、数字の計算、文字の読み書き、歌。

これまで学んできたことを盛り込んだ、目いっぱいの演目。先生たちのこれまでの努力も見えてくるような、そんな発表会だった。

練習も全然できていなかったにも関わらず、双子は自分たちのできることをしっかりとやり遂げた。
昔から、本番には強くて、不安で涙することもなかった彼らは、仲間たちとすべてを楽しんでいるように見えた。


最後。私がずっと、楽しみにしていたことのひとつ。
自分たちの「たいせつなもの」の発表がきた。



みんなにとって「たいせつなもの」って、どんなもの?

保育園最後の年。
年長組になったみんなに、先生が授業の中で問いかける。
それに対して、子どもたちは自分たちの辞書を引いて、まず「たいせつ」の意味を調べる。

そして、辞書を片手に、時間をかけて自分たちで考えていく。


わたしの。ぼくの。
たいせつなものって。なんだろう?



暗くなったステージに、年長組が一列に並んだ。
名前を呼ばれた順に、たいせつなものを発表していく。

先に呼ばれたのは兄だった。

ぼくは体操が大好きです。
先生たちが一生懸命教えてくれるから、ぼくも、本気と真剣な気持ちでがんばりました。
逆立ち歩き名人になって、お父さんとお母さんを喜ばせたいです。
これからも強い気持ちでがんばります。

とどまることなく、彼は手にした手紙をすらすらと、読んだ。彼は幼児になってからも。ひらがなだって、ぜんぜん、読めなかったんだ。

自閉症スペクトラム(ASD)の、双子兄。

幼児クラスになってから。
話を聞くことが難しいようだとか。指示を待てずに自分のやりたいことを優先してしまうとか。みんなが歌っているときに指をしゃぶって床に寝転んでいるとか。

保育園の様子を報告されるたびに「ですよね……」と苦笑いするしかなかった。

「だけど、誰よりも双子兄くんはやさしくて。いつも泣いている子に駆けつけるのは、彼なんです」

できないことではなく、先生たちはいつも、彼のいいところに気がついて、大きく伸ばしてくれた。この保育園だったからこそ、彼はたいせつなものを見つけることができたのだ。


まだ卒業まで時間もあるけれど、すでにさみしい気持ちがこみあげてくる。


続く仲間たちの登壇。そして、最後にその舞台で前に踏み出したのは、双子弟だった。スポットライトの下で、彼は手紙を広げてひとことずつ、読み上げた。


僕は、家族が大好きです。
育ててくれているお母さん、お父さん、
いつもいっしょに遊んでくれるお姉ちゃんたち、
にこにこかわいい弟。
お母さんとお父さんがいるから、
産まれてくることができました。
これからも、みんなを喜ばすためにいろいろなことに挑戦します。


彼の言葉を聞きながら、ため込んでいた涙がつう、と流れた。
隣で、夫も、ばあばたちも泣いていた。お姉ちゃんたちも、私の手をとり、誇らしい弟の姿を見ていた。


「ぼくがうまれたのは、ママとパパがいたからってこと?」

いつしか、彼は何度も私に確かめるようにそう尋ねてくるようになった。
「そうだね」と私はいった。
「パパとママが、けっこんして、いっしょにいるから、みんながうまれたってこと?」
彼が切り口を変えて考えるたびに「そうだね」といった。双子弟は、納得したようにうんうんと頷いた。

ずっとずっと、考えていたんだね。




「ママ。今日の言葉、すごく感動しちゃったな」
夜の寝室。疲れて速攻眠ってしまった双子兄の隣で、双子弟の頬を包みこみながら、私はいった。

「たいせつなものを、みんなで、辞書でしらべたんだよ」と、彼はいった。

「それでねえ、考えてみたんだけどねえ。ぼくは『家族』しか思いつかなかったよ。最初に、ママだなって思って。もっと考えて、そしたら、家族みんなだなって、そう思ったんだよ」

少し照れ臭そうに笑うその頬をもう一度なでてから、彼を抱き寄せて「ありがとう」と伝えた。腕の中で、小さかった彼の背中が、とてもたくましくなっていることに気がつく。

「家族がすきなんだよ」

そう言い残して、満足したように彼は眠った。
5人を寝かしつけたあとで私は、静かなリビングでもう一度泣いた。




はじめて登園した日

小学校に進んだら、兄は支援級に入る。
ずっといっしょに過ごしてきたふたりの道はここからきっと、少しずつ離れていく。だけど家に帰る度、それは交わり、再び強く結び合う。

家族がいるから、強くなれる。
それをすでにわかっているふたりなら、きっと大丈夫。
そう信じて、私はふたりの背中を強く押すことを決意した。




大きくなったね。
そのすべてに、ありがとう。








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