バーバリーのマフラーが揺れる
冬。受験生だった彼の、赤いバーバリーのマフラーを思い出す。
はじめてそのマフラーを巻いてもらった日。しんと冷えた空気を吸い込むたびに、彼の香りが内側に入ってきて、ドキドキした。
彼のそのマフラーをかりるために、寒いけれどわざとマフラーをしなかった日もあった。彼ならきっと、私の寒さを優先してくれるだろういう私の浅はかな作戦に、彼は必ずのっかってきてくれる。
わかってやっているのだ。17歳。悪い女であった。
受験真っただ中の彼と過ごした冬の思い出は少ない。
ただ、月に何度か、お昼休みに、学校の近所の神社のベンチでお弁当を食べた。そのまま学校をサボる勇気もない私たちの健全なデートは30分。その間に、お弁当のおかずを交換しながら、受験とは関係ない話をした。
もうすぐクリスマスも近い12月の寒い日。年内最後の神社デートにあわせて、私はキャロットケーキを焼いた。家にあったレシピ本に沿って作った、おからと人参と三温糖のシンプルなケーキ。受験勉強でチョコばっかり食べていると言っていた彼の、少しでも足しになるような栄養になりたくて。
彼は、お弁当を一瞬で食べつくしたのちに、そのキャロットケーキを手にとった。
「おいしい!」
無邪気に喜んでくれる彼の首に巻かれた、バーバリーのチェックを見つめていた。そのチェックが揺れに揺れ、興奮した彼はキャロットケーキをひっくり返した。あ! という間もなく、光の速さで彼はそのケーキを拾い上げて、砂利も払わずに口に放り込んだ。
ジャリジャリ、という音が神社に静かに響いた。
私が驚いている隣で、「うん、ダイジョブ。アクセントになって……おいしいよ」と、ジャリジャリ言わせながら彼は笑っていた。
「……そんな人いる……?」
「いるいる。ほらね」
とんでもねえ奴だ、と思った。とんでもねえ男。そして、それを見て思わず笑ってしまう私も、実はとんでもねえ女なのかもしれなかった。
神社からの帰り道。手をつないだら、知り合いに見られちゃうかな。そんな気持ちも相まって、なんとなく手の触れそうな距離で連れ立って歩いた。
さみしくはなかった。私の首で、チェックのマフラーがそっと揺れていた。
今年の年末。義実家に帰ったら、またバーバリーを探してみよう。かわいいから、長女がつけるかな。
……ううん。せっかくならまた。
すべてを忘れたフリをした私を、そっと彼に包んでほしい。
そうしたらまた。キャロットケーキ、焼いてあげる。
(1000文字)
凛花さんの『tote』12月号で区切りということで、参加したい! と、がんばりました!
日々の暮らしをこうして、文章として紡ぎ、残すこと。
それは、意識しなければ失っていくだけの日々を、大切に保管していく作業。自分の日々が美しく何度でもよみがえるこの企画が本当に大好きでした。
凛花さん、本当に何度もお世話になりました。ありがとうございます!
プロフィール
・髙塚しいも(たかつか しいも)
5児の母。専門学校教員として働きながら、5児と夫の話を中心にnoteで執筆中。お酒と家族が大好き。

いいなと思ったら応援しよう!
もしこのような記事をサポートしたいという稀有な方がいらっしゃいましたら、ぜひともよろしくお願いいたします。5児の食費・学費にさせていただきます!