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彼女が俺に隠しごとをしている件 第1話

~あらすじ~
『順調なお付き合いをしているはずの俺と彼女。そんな彼女が最近、俺といてもスマホばかり操作したり、さりげなく俺に画面を見せないようにしている……ような気がする。浮気、じゃないはず! ないよな……!?』
『順調なお付き合いをしている私と彼。私は、今度一緒に行く旅行も楽しみにしている。彼もそれは分かっていると思ってた。それなのに浮気を疑われて……』


~本編~


彼女が俺に隠しごとをしている件


 最近、なんだか彼女の……桜子さくらこの様子がおかしい気がする。

 スマホの操作も頻回で、しかも肌身離さず持っている。
 テーブルに置いたスマホの通知音が鳴ると、さりげなく手に取ってちらっと通知を読んで画面を消す。
 まるで俺に見られないようにしてる……?

 俺の視線を感じたのか、桜子が顔を上げる。
智明ちあきくん、どうかした?」
「……いや? 桜子こそ、スマホ気にしてるみたいだけど、何かあった? 大丈夫?」
 気になって俺が聞いても、
「え、別に何もないよ?」
と言って瞬きをするだけだった。

 うーん。なんか不自然……?
 いや。何もないって言ってるんだし、やっぱり俺の気にし過ぎかな。

*****

「そりゃお前、絶対浮気だよ」
 次の日、社員食堂で一緒に昼飯を食っていた同期の浩佑こうすけがきっぱり言った。

「えー? 僕は違うと思うけど……」
 もう1人の同期、颯太そうたが穏やかに言った。

 ……浮気……?

 彼女の不審な行動に考えないでもなかったが。

 俺は頭をブンブンと横に振って、その考えを振り払った。

「いやいや、俺たち仲いいし! 今度一緒に旅行するのだって、あいつ楽しみって言ってたし!」
 俺は『本日の定食』のコロッケに箸をぐさっと刺して、力説した。

「うわ。智明がノロケてるよ……。じゃあ心配すること無いんじゃない?」
 颯太はそう言いながら味噌汁をこくっと飲んだ。

 でも浩佑は、食後のコーヒーを飲みながらさらっと言う。
「それはさあ、彼女が後ろめたいからわざと『楽しみ~!』とか言ってるんじゃないの?」

「……」
 そう言われると不安になるじゃないか。ばか浩佑。

*****

 俺と桜子は、付き合い始めてからもうすぐ1年になる。

 友人の紹介で知り合った桜子とは、食べ物の好みとか考え方――価値観のようなものが割と合っていて、一緒にいてすごく自然体でいられた。

 2人とも今年30歳になるから、お互いにそれなりに人生経験も積んでいるワケで。
 だからこそ無駄にケンカにならないのかもしれない。

 俺たちは順調な付き合いをしている……はずだ。
 今日の夜だって、桜子と会う約束をしているし。
 うちで一緒に料理を作って、それを食べながら旅行でどこを観光するかなんかを話すことになっていた。

 いっそのこと今日、はっきり聞いてみようか。
「なんか俺に隠しごとしてない?」って。

 でもそれは桜子のことを疑ってるってことで……。
 俺はため息をついた。

*****

 夜になって桜子が俺の部屋に来た。
 早速2人で夕飯の準備を始める。

 桜子は親子丼を作ってくれるらしい。

 桜子の作る親子丼は鶏のもも肉と長ねぎを使っていて、仕上げに刻んだ焼き海苔を散らして出来上がりだ。
 俺の実家では長ねぎではなく玉ねぎを入れて、仕上げにグリンピースをトッピングしていた。

 俺はサラダと味噌汁を担当する。
 サラダは冷蔵庫にある野菜を刻むだけの簡単な物にして、味噌汁は、じゃがいも・しめじ・キャベツ・油揚げの具だくさんにした。

 食事をテーブルに並べ、手を合わせて「いただきます」と言って食べ始めた。
「うん! 桜子の作る親子丼、やっぱり俺好きだわ」
「ふふ、ありがと。智明くんのお味噌汁も私好きよ。具がいっぱいだし」

 こうやってお互いの家庭の味から始まって、今では2人が好む味付けの料理に少しずつ変化して、テーブルに並ぶようになった。
 それって、なんだか、いいよな。

 そして食後にコーヒーを飲んでいる時だった。
 テーブルに乗せていた桜子のスマホから通知音が鳴った。
 画面が明るくなって通知が映ったのが見える。
 もちろん、内容までは見えない。

 桜子がスマホを手に取って通知をちらっと見ると、そっとため息をついた……ように見えた。

 そしてスマホを自分のバッグに入れる。

 やっぱり俺に見られないようにしてる?
  俺に知られたくない内容なのか?

 俺は、飲んでいたコーヒーをテーブルに置いて桜子をじっと見た。
「桜子さ、俺に何か隠してない?」
「えっ? どうして?」
「だって最近、スマホばかり見てるし。それに、俺にスマホの画面を見えないようにしてない?」

 桜子がバッグの中のスマホをちらっと見た。
 それから俺を見て何か言いかけたが、また目を逸らす。

 どうして目を逸らすんだろう。

「……あのさ。浮気、とかしてないよね?」
「えっ!?」
 桜子が、驚いた顔で俺を見た。

「智明くん……。私のこと、疑ってるの?」
「じゃあさ、俺に見られたくない内容の通知って、どんな理由があるか教えてよ」
「……」
 桜子は黙ったまま俺からまた顔を背ける。

 少しの沈黙の後、ぽそっと呟いた。
「……旅行の時」
「え?」
「旅行の時に、行きたい場所があって……」

 震えた声で言って、バッグからスマホを取り出して操作する桜子。

 目当ての画面が出たのか、俺の方を見ずにスマホだけ差し出してきた。
「……?」
 渡されたスマホを見ると『予約が取れない状態が続いていることについて』という文章が、まず目に飛び込んできた。

 画面をスクロールしてみると、
『ご好評いただいておりますペアアクセサリー手づくり体験につきまして、大変予約が取りづらい状況となっており、誠に申し訳ございません』
と書いてある。

 ……ペアアクセサリー?

「私たち、お揃いの物を持ってないから、1つくらい欲しくて……。ちょうど旅行先で、ペアアクセサリーを手作りできるお店があるってネットで知って。思い出にもなるし、いいなぁって……」
 桜子がぽそっと言った。

 最後までスクロールすると、店の住所が載っていた。
 確かに、旅行で行く場所に近い住所だ。

「予約スタートと同時に申し込んでるんだけど、結構人気みたいで、すぐに予約が埋まっちゃうの……。キャンセル待ちにも、なかなか当らなくて……」

 それで必死にスマホを操作してたってことなのか?
 でも。

 俺は顔を上げて、桜子を見る。
「……なんで内緒にする必要があるの? そう言えばいいじゃん」

 正直に話していてくれてたら、こんな風に責めるなんてことなんかしなかった。

「だって、ペアのアクセサリーって指輪なんだよ? そういうの欲しいって言ったら、重いって思われないかな、って……」

 桜子は顔を背けたまま言った。

「今年30歳になるし、親や周りからは結婚はどう? って聞かれるようになって。私はまだあんまり意識してないって言うか……。でも指輪が欲しいって言ったら、智明くんがどう思うか怖くて……」

 ペアの指輪……? 結婚……?

 ……いやまあ、結婚については漠然と考えたりしている。
 考えていないことは、無い。

 ん? 結婚のことを考えてほしいって言われた?
 ……いやいや。あんまり意識してないと桜子は言った。
 って、結婚を考えてないってこと!?
 違う違う。今はそういう話じゃなくて……。

 頭の中がちょっとしたパニックになった。

「予約が取れなかったら話す必要ないし、もし予約取れたら話そうと思っててたの…。それで智明くんが嫌だったら、キャンセルすれば他の人がすぐ予約すると思うから、お店は困らないだろうし……」

 ……ちょっと待て、そんなことより。今俺は、桜子の浮気を疑ってしまったじゃないか!

「桜子……。俺、ごめん。あの……」
 桜子に何かを言わなきゃと思った。
 でも、考えがまとまらないうちに桜子が立ち上がった。

「ごめん。今日はもう帰る」
 そう言うと俺からスマホを奪い取るようにして自分のバッグに入れ、俺の返事も待たずに部屋から出ていった。

 俺は桜子を追いかけることもできず、頭を抱えることしかできなかった。

*****

「どうした? 智明。顔が変だけど。」
 
 次の日の昼。
 ぼーっと『本日の定食』のサバ味噌をつついていたら、颯太がトレーを持って来て、俺の向かいに座りながら聞いてきた。

「顔が変って、あのなあ……」
 俺はため息をついて、颯太を見る。

 確かに昨日の桜子とのケンカの後にあれこれ考えて過ぎて、ちょっと寝不足だった。

「桜子と……彼女とケンカした。あいつ浮気なんかしてなかった」
 そう言って、俺は昨日の出来事を話した。

「へえ……。そんなことがあったんだ」
「あー! 浩佑が絶対浮気って言うから……。あいつに文句を言わないと怒りが収まらねえ。なんで今日休みなんだよ!」
 俺はがつがつと白飯を口に入れる。 

 颯太が箸を置いて、俺をじっと見た。
「……あのさ」
「……何だよ?」
「浮気かもって思ったのは、智明だよね」
「は? 浩佑が浮気じゃないかって言うから俺は」
「僕は違うんじゃないかって言った。浩佑の意見を取ったのは智明だ」

 颯太は咎めるような顔で俺にそう言った。

 その言葉ではっと気づく。

 確かに俺の気持ちが颯太の方に近かったら、浩佑の意見なんて笑い飛ばしたはずだ。
 浮気と疑ったのは、俺……。

 昼飯を食べる手が止まった。

 そんな俺を見て颯太が静かに言った。
「……言い過ぎたかな? ごめん」
「いや。……他人のせいにした俺が悪い。ごめんな」
 颯太がほっとしたように笑って、再び食べ始めた。
 俺もそれを見て食事を再開した。

 とその時、俺のスマホがメッセージの着信を告げた。

「あ」
 桜子からだ。

『昨日はごめんね。私、智明くんとちゃんと話したいんだけど、いつなら空いてるかな?』
 俺は、箸を置いて慌てて返信をした。
『今日がいい! 俺も桜子にちゃんと謝りたい!』

 桜子も俺からの返信を待っていたのか、すぐに返信がきた。
『じゃあ今夜ね。智明くんの部屋、行ってもいい?』
『いいよ。待ってる』

 桜子とのやり取りを終えて、ふう、とため息をついた。
「……彼女から?」
 定食を食べ終わってコーヒーを飲んでいた颯太が俺に聞いてきた。

「ああ。今夜会うことになった。……許してくれるか分からないけど、ちゃんと謝るよ」
「仲直りできるといいね」
「サンキュ」
 俺は笑顔で応え、食事を再開した。

*****

その日俺は、終業時刻ジャストで仕事を終えると、ダッシュで家に帰った。

(えーっと、まず昨日のことを謝って……。あー! 許してもらえるのか、俺……)
 とりあえず、桜子が来たらコーヒーでも飲んでもらおうと思い、電気ポットでお湯を沸かしていると、玄関チャイムが鳴った。

 インターホンに向かって「はい」と言うと、
『桜子です』
との答えが返ってきた。

 ドアを開けて「いらっしゃい」と桜子を部屋に招き入れる。
「……お邪魔します」
 俯きがちに桜子が入ってきた。

 桜子はリビングでいつも自分が座る位置に、いつも通りに座った。

「……」
「……」

 ちょっと気まずい中、俺はコーヒーを入れて、テーブルに置いた。
「どうぞ」
「ありがと……」

 そしてまた沈黙。
 ……俺は意を決して桜子に向かって頭を下げた。

「昨日は、ごめん!」
「昨日はごめんなさい!」

 2人の声が同時に部屋に響いた。

「えっ……?」
「えっ……?」

 顔を上げると、桜子も驚いたように俺を見ていた。

 俺は思わず笑い出してしまった。
「……ははっ。俺たち息ぴったりじゃん」
「ふふっ。ホントだね」
 桜子も笑ってる。

 その笑顔にほっとした。

 俺はふう、と一息ついて、真剣な顔で桜子を見つめる。
「桜子、ごめんな。俺に言わないことがあるからって、浮気を疑うのは短絡的だったよ。……ホントごめん」

 桜子は慌てて首を横に振った。
「謝るのは私の方だよ。智明くんに重いって思われるのが怖くて内緒にしてたのは私だし。けど……」
 はああ……、と大きくため息をつきながら桜子は両手で自分の顔を覆った。
「まさか、自分が浮気を疑われるくらい挙動不審だったとは思わなかった……」
 桜子は耳まで真っ赤になっている。

(かわいい……)

 俺は立ち上がって桜子の後ろに座り、彼女の体を後ろから両腕で包んだ。

「あの、さ」
 一晩考えて、これだけは言わなければと思ったこと。

「ペアの指輪は……さ。変に将来を意識し過ぎて、俺が挙動不審になりそう……。だから、今回はごめん……」

 桜子が、俺が回した腕に手を添えてきた。
 (情けなくて、ごめん……)
 俺はぎゅっと桜子を抱きしめた。

 そのうち、桜子がくすくすと笑い出した。
「……何?」
「なんか、挙動不審になってる智明くんを想像したら……」
 桜子は肩を震わせながら笑っている。

「智明くんがそんなだったら、私の方が『重っ……』って思っちゃいそう……」

 笑い過ぎたのか指で目に溜まった涙を指で拭いながら、桜子が俺の方に振り向いた。
「私が欲しいのは、智明くんとのお揃いの物。今回いいなって思ったのが、たまたま指輪だったから話がややこしくなっちゃったね。ごめんね」

 俺は、はあー……と息をつきながら、桜子の肩に顔を埋めた。
「よかった……。まじで別れ話切り出されたらどうしようって心配した……」
「私だって、昨日逃げるように帰っちゃったから、嫌われたらどうしようって心配だったよ……」
「桜子……」

 俺は顔を上げて、桜子を見つめた。
 そして彼女の頭の後ろに手を添えて顔を近づけた。桜子がそっと目を閉じる。
 俺も目を閉じて――。


 ぐう~。


 安心したのか俺の腹が鳴った。
 このタイミングで!?

 ぱちっと目を開けると、間近で桜子と目が合った。
 なぜか、桜子の顔が段々と赤くなっていく。

「や、やだ……私お腹鳴っちゃった……。ごめん……」
「え。今の俺の腹の音だけど?」
「え? 私のだよ?」
「……」
「……」

 俺はふっと笑って、桜子のおでこに自分のおでこをこつん、と当てた。
「……俺たち、どんだけ気が合うんだよ……」
「ふふっ、ホントだね」
「夕飯作ろうか。……あ。そういえば、冷蔵庫にまともな食材入ってないな」
「じゃあ、この前行きたいねって話してたラーメン屋に行かない?」
「お。ラーメンいいね! 行こう!」

 俺たちは出掛けることした。

「そうだ。俺も桜子とのお揃いの物は欲しいと思ったよ。今度一緒に、2人が気に入る物を探そう?」
「……うん!」
 桜子がすごく嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、この先の未来もずっと、俺の隣にいてほしいと思えるほど眩しかった。

 将来のことなんて実はそんなに難しく考える必要なんてなくて、ただ一緒にいたい、それだけで充分なのかもな。


~第1話 了~


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