毎年の景色が消え、感じたこと
雨の音が、いつもより少しだけやわらかく聞こえる朝だった。
傘にあたるしずくのリズムを感じながら、ふと思い出した道がある。
毎年、桜の咲くころになると、少しだけ遠回りして通っていた道。
今年も、咲いているだろうか。
そんなことを考えながら、足を向けてみた。
雨に濡れたアスファルト。
少し冷たい空気。
見慣れたはずの景色の中で、どこか違和感があった。
あの場所に、桜がなかった。
立ち止まって、もう一度見渡してみる。
けれど、やっぱり見当たらない。
あの老木の桜は、切られてしまったのだと気づくまでに、少し時間がかかった。
毎年、当たり前のようにそこにあって、
当たり前のように、季節を知らせてくれていた存在。
その「当たり前」が、静かに終わっていた。
さみしい、という言葉だけでは足りないような。
でも、うまく名前のつかない感情が、胸のあたりに広がる。
今年もあの桜を見て、
「ああ、またこの季節が来たな」と感じるはずだった。
その小さな習慣のような時間が、
今日は、どこにもなかった。
もしかしたら、これまでも
こうして知らないうちに終わっていたものが、いくつもあったのかもしれない。
気づかないまま過ぎていった季節や、
もう戻らない、ささやかな時間。
そう思うと、少しだけ足元が揺らぐような気がした。
それでも、雨は変わらず降り続いていて、
私はまた歩き出す。
桜はなくなってしまったけれど、
この道を通ろうと思った気持ちは、たしかにここにあった。
あの木があった場所を通り過ぎながら、
「見ていた時間」そのものが、自分の中に残っていることに、少しだけ気づく。
形はなくなっても、
感じていたものが、すべて消えてしまうわけではないのかもしれない。
もしよかったら。
あなたの中にも、
「毎年、なんとなく大切にしていた時間」はありますか。
それが少し形を変えたとき、
どんな気持ちが、そこに残っているでしょう。
雨の音にまぎれながら、
その問いを、そっとポケットに入れてみる。
答えは、急がなくてもいいから。
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