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【ショック】1年半愛用した母の手作り布マスクを落としたのに気づかなかった

道や駅に落ちているマスクに疑問を抱いていた。

「なぜ、落としたマスクの落とし主は拾わないのか?」

と。不織布のマスクなら、百歩ゆずってまだ理解できる。

「落ちたマスクは不潔だから」

急いでいたから」

替えのマスクを持ってたから」

でも、布マスクは別だと思う。だから、布マスクを落としたままにする理由がまったくわからなかった

既製品の布マスクなら

値段が高い

だろうし、

手作りの布マスクなら

思い入れ

もあるだろう。

それなのに、わたしも手作り布マスクを落としたままにして、立ち去ってしまったのである。

理由はこうである。

元々、毎朝の出勤時は手作り布マスクを着用し、仕事場やその帰り道は、職場で支給される不織布のマスクを使っていた。

ある朝、感染症対策として、既製品の布マスクを内側に、手作りの布マスクを外側に、二重マスクにして出勤した。

乗り換えを2回して、合計30分以上電車に乗り、職場の最寄り駅のトイレに入り、鏡をみると、外側にしていたはずの手作りの布マスクがなくなっているのに、そのときになって初めて気がついたのだ。

思い返してみても、どこで外側のマスクが外れたのかまったく記憶にない

駅の階段かエスカレーターかホームか、電車内なのか、皆目検討もつかない。

その布マスクは、実は田舎に住む母の手作りの布マスクだったのだ。

第一波が終わり、5年ぶりに田舎に帰省したときに母からもらった。

ちょうどマスク不足が解消された頃とはいえ、母からもらった手作りの布マスクは節約になってありがたかったし、愛情が感じられて嬉しかった

「マザコン」

と呼びたいなら呼べばいい。わたしは正々堂々と

「はい、マザコンです」

と応えるだろう。やけになってるのではなく、誇りに思っているのだ、母親を。

話を元に戻す。1年半、愛用していた母お手製の布マスクは、綿めんなので、洗濯すればするほど、肌触りがどんどん良くなっていたし、自分の顔の形にどんどんフィットするような気がしていた。

その母手作りの布マスクを落としたショックは大きかった。

でも、良い方向に考えるしかない。

「洗っても取れない汚れが目立ってきたから、捨て時だったんだ」

「最近、再び全国の感染者が急激に増えてきたから、『不織布のマスクをしたほうが良い』という知らせだったのだ。あの布マスクは、それを身をもって教えてくれたのだ」

と。

1年半、ありがとう。母の手作り布マスク!

(駅や電車の清掃スタッフの方、手を煩わせて申し訳ありません)

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椎良麻喜|物書き(グルテンフリー/小説/エッセイ/写真) たくさんの記事の中からわたしの記事にご興味をもち、最後までお読みくださって、ありがとうございます。 いただいたサポートは、私が面白いと思ったことに使い、それを記事にしたいと思います。