離婚、22歳、そして子育て──私が信じた“たったひとつの言葉”
これは、私の子育ての記録です。
そして、母として歩んできた私の人生の“静かな誇り”の話でもあります。
22歳、離婚。
心も身体もボロボロだった私に、
ある日、保育園の園長先生がかけてくれた一言が、私の子育てのすべての軸になりました。
あのとき信じた“たったひとつの言葉”。
そして、その言葉が、今の幸せへとつながっていたこと。
そんな話を、綴りました。
「かぁさん、6歳まで、手をかけて育てたら、
子どもたちが、かぁさんを幸せにしてくれるから。」
子供達が保育園に通っていた頃、
園長先生にそう言われたことがある。
当時22歳。娘が3歳。息子が1歳にも満たなかった。離婚をして身も心もボロボロだった私は、その言葉の意味がよくわからなかった。
でも──なぜか信じたかった。
そして、覚悟を決めた。
ここからが“私の子育て”のはじまりだった。
私の子育ての目標は、シンプルで明確だった。
「自律する力を育てること」
「感じる力を持てる人に育てること」
そして何より、
「自分は自分、人は人」と、しっかり境界線を持って生きられるように──。
6歳までは“神のうち”と言われるように、
脳の約90%が完成するこの時期に、
私は“すべてをかけて”向き合った。
全力で遊び、
全力で抱きしめた。
誕生日やクリスマスには、プレゼントに絵本を1〜2冊添えた。
その絵本は、小学校低学年まで毎晩、寝る前に読み聞かせた。
想像力を育てたかったから。
休みの日には、緑のある場所へ。
お弁当を持って、公園や広場で青空の下、お昼ごはんを食べた。
子どもたちが「やりたい」と言ったことには、
必ず理由を尋ねて、理由があれば「いいよ、やってごらん」と背中を押した。
迷っているときには、
「やらないと、わからないこともあるよ」って見守った。
私は、「こうなってほしい」という気持ちがまったくなかったわけではない。
でも、まっすぐで素直に育っていく2人の姿を見て、ふと、気づいた。
「これは、私の人生ではない」
「この子たちには、この子たちの人生がある」
子どもたちは、私の所有物じゃない。
困った時に手を差し伸べればいい。
辛くても言えないなら、気づいて声をかければいい。
あれこれ口を出したい気持ちをこらえて、
“自分で考えて解決する力”を育てるには、
「見守って、信じて、耐えること」も必要だと、私は学んだ。
今、私の子どもたちは──本当に素敵に育った。
私は心から、誇りに思っている。
そして、尊敬している。
あの時の園長先生の言葉。
「かぁさん、6歳まで手をかけて育てたら、幸せになるから」──
あの言葉は、本当だった。
私は、今、すごく幸せなんです。
