【補足編】「リスク管理」の誤解がすべてを止めている
日本では制度・行政だけでなく、専門家や一般国民も含めた「リスク管理リテラシーの欠如」が、医薬品の発展・実装を阻む根本原因の一つであると考えられます。
日本社会では「リスク=回避すべき悪」とする認識が根強く、科学的リスク管理(リスクベネフィット思考)が浸透していない。
これは制度設計だけでなく、医療関係者、行政官、そして一般国民にまで広く見られる傾向である。
1. 「ゼロリスク信仰」が制度を支配する
・PMDAや厚労省の審査では、“リスクが完全に証明されていない限り前に進めない”という考え方が支配的。
・本来、医薬品はリスクと利益のバランスで判断するものであり、リスクがあるからこそ承認後のモニタリングや調整がある。
だが日本では、「リスクがあるなら止める」が第一原則になってしまっている。
2. 専門家の“リスク回避バイアス”
・医療者・研究者の中にも、リスクに対する正しい理解が不足している例がある。
・「副作用が出る=悪い薬」「新技術=危ない」といった科学的根拠よりも印象論に左右される判断が根強く残る。
本来は「どの程度のリスクが許容されるか」を定量評価するのが専門家の責任であるはずが、「問題が起きないように無難に」といった責任回避型の姿勢が制度の中に再生産されている。
3. 国民の“拒否反応”と情報格差
・mRNAワクチンに対する「遺伝子が改変される」「体が壊される」といった根拠のない不安がSNSなどで拡散される一方、科学的説明や反証が届きにくい。
・このような状況下で、政府も製薬会社も「リスクを説明すること」自体を避けがちになり、情報の空白がさらなる不信を生むという悪循環が起きている。
4. 「危険性を語る=不安を煽る」という誤解
・本来、安全性を確保するためには、危険性を科学的に明確にし、可視化し、対応策を示すことが必要だが、日本では「危険を語ると批判される」という文化が根強い。
・結果として、「何も言わない」「先送りする」文化がリスク管理そのものを妨げている。
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◆ 提言:リスクを恐れるのではなく、正しく扱う文化へ
• リスクはゼロにできないことを前提とし、それを管理する手段を議論する社会的な素地づくりが不可欠である。
• 医療者や行政官に対するリスク評価教育の強化と、国民に対する科学的リテラシーの普及活動が同時並行で進められるべき。
• 「リスクを語れる社会」「不確実性を扱える行政」こそが、真の安全と革新を両立させる基盤になる。
