《建築のデザイン》日本にモダニズム建築を根付かせた“前川 國男”
建築と家具のデザイン
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前川國男氏

画像引用:有名人の墓巡り
生没:1905-1986(81歳没)
国:日本
ル・コルビュジエ氏、アントニン・レーモンド氏の元で学び、モダニズム建築の旗手として、第二次世界大戦後の日本建築界をリードした日本の建築家。丹下健三氏や木村俊彦氏は前川國男氏の事務所の出身。モダニズム建築の主舞台であったヨーロッパに比べ、日本のモダニズム建築は大いに遅れを取っている状況に対して、前川國男氏は、日本にモダニズム建築を根付かせることを目指していました。
前川國男氏の略歴
1905年 新潟県新潟市に生まれ、東京で育つ。父・前川貫一氏は内務省土木技師。母は旧弘前藩士の家系。6歳下の弟前川春雄は後の日銀総裁(1)。
1928年(23歳) 東京帝国大学工学部建築学科卒業(谷口吉郎と同年)、渡仏して首都パリへ行き、ル・コルビュジエ氏の事務所に入所。シャルロット・ペリアン、アルフレッド・ロート、ホセ・ルイ・セルトと親交。前川氏は、ル・コルビュジエに弟子入りした初の日本人でした。
1930年(25歳) 1929年に渡仏した坂倉準三氏と入れ代わるように帰国。東京レーモンド建築事務所に入所。
1931年(26歳) 東京帝室博物館(現・東京国立博物館)公開コンペに計画案を提出するも落選。
1932年(27歳) 木村産業研究所(青森県弘前市)を設計。フランス滞在中の前川氏と交友のあった駐仏日本大使館付武官の木村隆三氏が、郷里・弘前の振興を考えて依頼したもの。

画像引用:弘前市
1935年(30歳) 東京・銀座に事務所開設。
1945年(40歳) 太平洋戦争下の空襲で銀座の事務所が焼失。目黒の自邸に事務所機能を移転。
1951年(46歳) CIAM(シアム・近代建築国際会議)第8回大会に、丹下健三、吉阪隆正を連れて参加。ル・コルビュジエと再会。
1968年(63歳) 第一回日本建築学会賞大賞受賞。受賞者のメッセージとして「もうだまっていられない」を発表し、建築家と建築界における精神の自由と連帯意識の欠如を批判する。
1984年(79歳) 日本建築家協会名誉会員。
1986年(81歳) 死去。享年81。
前川國男氏の主な作品
自邸(1942)

Rs1421 - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=19629389による

By Kestrel - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=64403982
前川國男氏の自邸は、江戸東京たてもの園(都立小金井公園内)に、移築されています。
神奈川県立音楽堂(1954)

Wiiii - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7820584による
1954年11月4日、隣接する神奈川県立図書館とともに開館。音響に定評のあったイギリスのロイヤル・フェスティバル・ホールを参考に設計。
世田谷区役所(1959)

Wiiii - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7892127による
2020年度から2026年度にかけて取壊しと建替えが行われる。
東京海上日動ビルディング本館(旧・東京海上ビルディング本館)(1974)

Wiiii - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5091622による
建設の際には、皇居のすぐ近くに超高層ビルを建てることから美観論争・高さ制限論争を起こる。東京海上火災保険が1966年に東京都へ提出した前川國男氏の当初案の建築確認申請書では30階建て・高さ127.768メートルとなる高層ビルのツインタワーが建つことになっていました。東京都はこの案を却下。皇居の周りに皇居を見下ろすようなビルを建てることの是非をめぐり対立が起こる。最終的にはツインタワーから1つだけのビルにした上、当初の30階建てを25階建て・高さ99.7メートルに変更する計画変更申請し、認定される。老朽化したため2023年度より本館・新館ともに建て替え予定。
紀伊國屋書店(1964)

江戸村のとくぞう - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=76334164による
東京都美術館(1975)

画像引用:美術手帖
前川國男氏の墓
前川國男氏の墓は、東京都渋谷区の仙寿院にあります。前川氏の墓は自身で設計した五輪塔。

画像引用:有名人の墓巡り
仙寿院の場所
まとめ
弟子の丹下健三氏の作品に比べて、前川國男氏の作品はシンボリックではありません。それについて「近代建築の楽しみ」というウェブサイトにて「アンチ・モニュメント主義」と表現されていました。わたしは皇居周りを散策しているときによく前川國男氏が設計した東京海上日動ビルディング本館を目にしていたのですが、前川氏の設計と知る前から「なんとなく」気になる建造物でした。この「なんとなく」漂わせる魅力が前川氏の作品には共通してあるように思います。世田谷市役所にも東京美術館にそれを感じました。これからも折に触れて、前川氏の建造物を見ていきたいと思います。まずは2023年に改築予定の東京海上日動ビルディング本館を再訪してみたいと思います。
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