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トロントの激辛キュウリ

トロントの短い夏と、母のまさかの来訪記

前回のエピソード8では、語学学校を卒業した頃の思い出、セントパトリックデーのビリヤードレクチャー会について書いた。今回は、また少し時間が進んで、トロントの夏、そして日本から母と母の友達が遊びに来てくれた時の話をしたいと思う。

トロントの夏は、日本の夏とほぼ同じ

トロントの冬は、これまで何度も書いてきた通り、マイナス20度を下回ることも珍しくない、なかなか厳しい寒さだった。

ところが、夏になると、状況は一変する。気温は35度、36度まで上がることもあり、体感としては、今の日本の夏とほとんど変わらない暑さになる。

冬が長くて厳しい分、カナダの人たちは、短い夏を本当に大切にする。これは以前のエピソードでも少し触れたけれど、レストランでもパティオ、つまり屋外席が大人気になる。ただ、夏本番になると、さすがに外の席は暑すぎて、長時間座っているのがつらくなってくる。

そこで生まれてくるのが、窓際の席だ。冷房の効いた店内にいながら、大きな窓から外の景色を眺められて、ちょっとしたアウトドア気分も味わえる。トロントの人たちは、こうやって、暑い夏の日差しと上手に付き合いながら過ごしているように見えた。

そしてもう一つ、トロントの夏を語る上で欠かせないのが、サマータイムの存在だ。トロントは日本よりも高緯度に位置しているうえ、サマータイムが導入されているため、夜9時から9時半頃まで、外がまだ明るい。おかげで、夜遅くまで屋外での活動を楽しむことができる。この感覚は、日本にいた頃にはまったく経験したことがなかった。

母と母の友達、まさかのビジネスクラス

そんな夏のある日、日本から、私の母と、母の友達が、トロントに遊びに来てくれることになった。

「行くわ」というくらい、かなり軽いノリで決まった旅だったのだが、二人には、思いがけないラッキーが待っていた。なんと、エコノミークラスの料金で、勝手にビジネスクラスにアップグレードされていたのだ。「ラッキーやったわ〜」と嬉しそうに話す二人を、私は空港まで迎えに行った。

ただ、この時の私は、実を言うと、握りこぶしサイズのマフィンを毎日のように食べ続けていた時期で、着実に体重を増やしていた。だから内心、「気づかれるかな……」と少し不安だった。

結果から言うと、母は全く気づかなかった。一方で、母の友達は、私を見るなり、

「うわー、まるまるちゃんになってる!久しぶり!」

と、すぐに気づいてくれた。ただ、この友達は海外での暮らしが好きな人で、太ったこと自体を、むしろポジティブに受け止めてくれた。母は横で、

「食べ過ぎでしょー!笑」

と一言。三人で笑いながら、その日はスタートした。

電車の中で、思わず口ずさんでいた

出迎えのため電車で空港に向かう道中、私は自分でも驚くことをしていた。

久しぶりの母との再会が楽しみだったのか、気づけば、車内で一人、結構な声量で、英語の曲を口ずさんでいたのだ。幸い、車両には私ともう一人くらいしか乗っていなかったから良かったものの、「あ、私、歌ってた」と気づいた瞬間は、自分でもかなり驚いた。

実は、カナダにいると、こういう場面にたまに遭遇する。街中で、大きな声で歌いながら歩いている人を見かけることもあるし、以前バスに乗っていた時には、渋滞で全く動かなくなったバスの中で、乗客の一人が突然歌い出し、それに合わせてみんなが歌い始めて、最終的には運転手さんまで巻き込んで、その場を盛り上げながら渋滞を乗り切った、なんていう出来事もあった。

そんな環境に、いつの間にか自分も馴染んでいたのかもしれない。「ちょっと生活に馴染んできたのかな」と、前向きに捉えることにした。

事件発生、激辛きゅうり

ホテルに荷物を置いた後、三人でランチに向かった。行き先は、トロントでも有名なタイ料理店。お店は賑わっていて、味も評判通り、とても美味しかった。

事件が起きたのは、生春巻きが運ばれてきた時だった。

母が生春巻きを一口食べた瞬間、

「からーい!」

と、店中に響き渡るような大きな声で、日本語で叫んだのだ。周りのお客さんたちが、一斉にこちらを見た。

聞けば、生春巻きに添えられていたきゅうりに、たまたま唐辛子がくっついていたらしく、それを気づかずにそのまま頬張ってしまったとのことだった。私は慌てて、周りの人たちに「失礼しました」と謝っていたが、周囲の人たちは、

「大丈夫大丈夫」

と、優しく笑って対応してくれた。何が大丈夫なのか、正直よく分からなかったけれど、「なんだか大変そうだね」くらいのニュアンスで受け止めてくれたようだった。

天然な母、雑貨屋での大皿・大花瓶事件

ランチの後は、少し散歩をする予定だったが、外は35〜36度の炎天下。熱中症が心配になるくらいの暑さだったので、コーヒーブレイクを挟みながら、雑貨屋を覗いて回ることにした。

先ほどの「激辛きゅうり事件」でも分かる通り、私の母は、なかなか天然なところがある人なのだが、この日、それがさらに発揮される出来事があった。

雑貨屋で、母がとても大きな、可愛らしいお皿を見つけて、

「これ、持って帰る!」

と言い出したのだ。しかも、それを2枚買うという。陶器製の大皿を2枚も持ち帰るのは、どう考えても大変だ。「え、大丈夫?」と聞くと、さらに、大きな花瓶まで2個買うと言い出した。

さすがにこれには、私と母の友達で、

「1個ずつにしよう」

と説得し、なんとか大皿1枚、花瓶1個ずつに落ち着かせた。最終的に、花瓶はスーツケースの中にバスタオルでぐるぐる巻きにして梱包し、割れ物のお皿は機内持ち込みで持ち帰るという結末に。結果的に、どちらも無事に日本まで持ち帰ることができたのだが、その様子を見ながら、私は「ほんまに有言実行やな」と、半ば呆れながら感心していた。

サマータイムと最高の午後

夕方になり、三人で私のアルバイト先のレストランに向かった。この時は、カナダに住んでいる母の友達の知人も合流して、みんなで鉄板焼きやお寿司を食べながら、お酒を飲んで賑やかな時間を過ごした。

気づけば、食事を始めたのが夕方6時頃だったのに、夜9時になっても、外はまだ昼間のように明るい。先に書いた通り、トロントの夏はサマータイムの影響で、夜9時から9時半頃まで日が沈まない。そのせいで、すっかり時間感覚が狂ってしまい、「もうこんな時間?」と、何度も時計を確認する羽目になった。

ようやく空が暗くなり始めたのは、10時を過ぎた頃。「そろそろ軽く食べて、ホテルに戻ろうか」というところで、その日はお開きになった。

ホテルのソファが、快適すぎた

母たちの滞在中、私は自分の家ではなく、ほとんどホテルに入り浸っていた。

私が当時住んでいた部屋は、タワマンの2畳。決して広いとは言えない空間だった。それに対して、母たちが泊まっていたホテルの部屋は、とても広々としていた。滞在中は、そのホテルのソファをお借りして寝かせてもらっていたのだが、これが、自分の部屋よりもずっと快適だったのだ。

「あ、やっぱり部屋って、こういうことなんやな」

と、しみじみ実感した瞬間だった。窮屈な2畳生活に慣れきっていた私にとって、その広さと快適さは、ちょっとした非日常のご褒美のようなものだった。

おわりに

母と母の友達との数日間は、慌ただしくも、笑いの絶えない時間だった。激辛きゅうりに驚く母、大皿と花瓶を欲しがる天然な一面、そして、いつの間にか自分がカナダの空気に馴染んでいたことに気づかされた電車での出来事。

振り返ってみると、こうして家族が遠くまで会いに来てくれること自体が、当たり前ではない、とても贅沢なことだったのだと思う。次回のエピソードでも、また新しい思い出を書いていきたい。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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