見えない仕事の本質#3|評価されなくても、しくみは動き続ける
「見えない仕事」は、それが完璧に機能しているときほど、誰にも語られません。
大きなトラブルが起きない。
業務の滞りがない。
現場の誰も、理不尽な調整に困っていない。
それは、組織にとって本来とても良い(健全な)状態のはずなのに、評価シートという枠組みの中では、「あなたは今年、何もしていないですね」という残酷な評価に変換されてしまうことがあります。
今回は、この「評価としくみ」の矛盾について、業務設計者としての向き合い方をお話しします。
評価は「起きたこと」にしか紐づかない
多くの組織が採用している評価制度は、基本的に「何かが起きたこと」を前提に設計されています。
たとえば、 炎上していたプロジェクトを、火消しに回って完遂させた。
売上やコスト削減といった、わかりやすい数値を改善した。
新しいシステムを導入し、リリースを成功させた。
こうした「マイナスからゼロへ」、あるいは「ゼロからプラスへ」の動きは、ドラマがあり、報告書に書きやすいため、評価の対象になりやすいものです。
一方で、 「トラブルが起きないように、事前に各部署の認識のズレを縫い合わせておいた」 「現場が迷わないように、システムのインターフェースを整えておいた」
こうした、マイナスを生み出さないための「防波堤」のような仕事は、指標に乗りにくい。
見えない仕事が評価されにくい理由は、その人の能力不足やアピール下手だからではありません。
評価というシステム自体が、「未然に防がれたマイナス」を検知・計量できる構造になっていないからです。
無理に可視化すると、歪みが生まれる
「このまま見えない状態では、評価されず不利だ」 そう感じた人が、自分の仕事を「成果物」として可視化しようとすることがあります。
やったことを証明するために、必要以上の会議資料を作る。
「管理している感」を出すために、現場に細かすぎる報告ルールを強要する。
本来は数値化できない「調整」や「配慮」を、無理やりKPI(重要業績評価指標)に落とし込む。
しかし、これをやってしまうと、本来は「現場のズレを減らし、動きを軽くするため」にあったはずの仕事が、「自分の評価を証明するための、管理を増やす仕事」へと変質してしまいます。
結果として、現場は重くなり、しくみは複雑化し、組織のエネルギーは「評価のためのアリバイ作り」に浪費されていきます。
業務設計者は、評価を取りに行かない
私たち業務設計者は、このジレンマにどう立ち向かうべきでしょうか。
ひとつの結論として、私たちは「ヒーローにならない前提」でこの立ち位置を引き受ける必要があります。
派手に目立つことはない。
個人の名前が称賛と共に語られることもない。
評価シートの項目は、いつも書きづらい。
その代わり、 現場の摩擦が減り、誰もが自分の仕事に集中できている。
しくみが、静かに、しかし確実に回り続けている。
この「静かなる組織の平穏」と「個人の分かりやすい評価」。
このトレードオフを、一種の「美学」として、あるいは「設計者の矜持」として受け入れられるかどうかが、この立ち位置を続けられるかの分かれ目になります。
立場そのものを「しくみ」として設計する
とはいえ、霞を食べて生きていくわけにはいきません。
完全に評価を無視してしまえば、設計者自身が疲弊し、持続可能ではなくなります。
ここで必要なのは、個人の「成果」をアピールすることではなく、業務設計者という「役割の存在理由」を、あらかじめ組織(上層部や現場)と共有し、合意しておくことです。
「私たちの組織には、部署間の境界を縫い付ける役割が必要だ」 「ズレが大きくなる前に、未然に吸収する人がいることで、全体のコストが下がる」 「縦割りの機能からはみ出した、誰の仕事でもない『スキマの仕事』を拾い、構造化する立場が必要だ」
これを、個人の「見えない頑張り」として処理するのではなく、組織を動かすために必要な「機能(構造)」として、あらかじめ置いておく。
「問題が起きていないのは、彼らがそこでスキマを埋めているからだ」というコンセンサス(合意)を作る。
それだけで、無用な「何もしていない」という誤解は減り、設計者自身も安心して見えない仕事に専念できるようになります。
どこにでも行けるが、どこにも属さない
業務設計者は、常に機能と機能の「境界」に立つ存在です。
しかし、設計者自身の中には「自分はここまで」という境界を持ちません。
必要があれば、営業の泥臭い会話の中に入り込み、顧客の本当の意図を探る。 開発の専門的な議論に入り、仕様の妥当性を問う。
そして、運用の現場に降りていき、システムがどう使われているかを観察する。
けれど、決して営業部門にも、開発部門にも、運用部門にも「固定された機能」としては属さない。
この「どこにも属さない自由さ(身軽さ)」があるからこそ、機能の壁を越え、組織全体に横たわる「ズレの正体」に気づき、それを客観的に縫い合わせることができるのです。
見えない仕事が残る組織は、強い
すべての業務がマニュアル化され、見えない仕事が完全に消えた組織は、一見すると非常に効率的です。
役割は明確で、責任範囲もはっきりしている。評価も簡単です。
しかし、そのような組織は「想定外の例外」が起きたとき、極端に脆くなります。
境界線がきっちり引かれすぎているため、こぼれ落ちたボールを「それは私の仕事ではありません」と誰も拾わなくなってしまうからです。
一方で、「見えない仕事(スキマを埋める余白)」を構造として残し、それを担う設計者が存在する組織は、環境の変化や想定外のトラブルに対しても、静かに、そしてしなやかに耐え続けます。
それこそが、業務設計者がそこにいる本当の意味であり、組織の「真の強さ」なのです。
おわりに
見えない仕事のすべてを、評価シートの枠に収め、説明しきろうとする必要はないのかもしれません。
ただ、その「平穏」が、誰かの自己犠牲や「偶然の善意」によって成り立っているのではなく、組織を円滑に動かすために意図された「立ち位置(構造)」であること。
その理解と合意だけが、組織の文脈として共有されていればいい。
評価されなくても、スポットライトが当たらなくても。
業務設計者が編み上げた「しくみ」は、今日も現場で、止まることなく静かに動き続けています。
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