「生きにくい」けれどもそれでも生きていく
わたしも生まれてもうすぐ25年。
アラサーと言われる年齢になるなんて思ってもいなかった。
友だちと2人で「まさかアラサーになるなんてね~」と笑いあったのが懐かしいです。
今回は、そんな私の25年を振り返ってみようと思います。
思えば・・・
生きにくいを感じる25年でした。
そもそもわたしはINFJでHSP。
常にずっと考えて、不安感が強く、自信なんて持ち合わせていない。
生きづらさの代表みたいな人間です。
このnoteを書いている今だってHSPなのかな?ほんとうはINFJじゃないんじゃ…とグルグル考えてしまいます。
職場で溜息が聞こえれば「もしかして私⁉」とビクビク。
電話が鳴るたびに心臓が縮みあがる。
「わたしはこういう人だよ」「わたしはこう思うな」
そんな言葉を言いだせず、複数人の会話にも入れない。
そうして夜、自己嫌悪が襲ってくる。
明日が来なければいい、この夜がずっと続けばいい。
眠れぬ夜を何度も経験しました。
わたしはわたしらしく生きていい
今やいろんなところで見る言葉ですね。
そのとおりで、もっとこう、自分中心で生きていてもいいのではないでしょうか。
もちろん、人のために何かを考えることは素敵なことです。
ですが、今まで人のために考えてきたことは、その分自分に還元してもいいと思います。
人に嫌われたって生きていける!
嫌う人よりありのままの自分を大好きと言ってくれる人を大切にしたほうが自分の心を守れます。
仕事のことを考えるより、その日の楽しみや好きなもの、嬉しかったことを考えるほうが心が安定します。
そう思うと、嫌なこと、人の好感度が気にならなくなります。
きっと少しずつ変わっていっているはず
6月は何も悲しくないのに勝手に涙がでたり、なんで自分はもっとうまくできないんだろうと自己嫌悪に陥ったり・・・。
情緒が全く安定せず、何日か休んでしまいました。
「やっぱり私ってダメダメじゃん」とボロボロ泣いてしまいました。
でもそんなときに空を見上げてみると、「思ったよりずっと高いなぁ」とか「空ってこんなに広かったけ?」と気づけたんです。
夏に吹く風は生ぬるいけどどこか爽やかさを含んでいて、私の凝り固まった心を爽やかにほぐしてくれました。
大人になるとそうした何気ない日常に気づけなくなるんだなぁって思いました。
小さな幸せを見つけると、ちょっとしたお礼で心がジワーッと温かく
そんな小さな幸せを実感したことで、何気ない日常を大切にできて、明日も頑張れそうです。
その分毎日を必死で生きていたんだ。
そう思うと頑張って生きていてよかったと思えて、「なんだ自分て意外と根性あるな」て、自分の知らなかった自分に気づきました。
少しずつ、少しずつですがきっと変われているはずです。
いきなり100%変わると体がついていけないから、知らないうちに少しずつ変化していってるんでしょう。
あとがき
今回は初めてエッセイ風に書いてみました。
自分のことを書くのって恥ずかしくて、難しくて、何を書こうか迷っていましたw
けど、書くうちは「こう書こう」とか「別の表現にしてしみよう」とか、いろいろでてきてあっという間に1500字に到達しました。
心のモヤモヤを言葉にするのって難しいけど、この文章が誰かの力になれば、悩んだ甲斐あります。
クヨクヨするのはまだ変わらないけれど・・・。
今日は空がキレイとか、友だちに会えて嬉しいとか。
日常の小さな幸せって意外とカンタンに見つかるから、幸せを集めたほうが心にいい!ハズ!
もし生きづらさを感じても
・自分で自分を褒めるのを忘れない!
・小さな幸せに目を向けてみる!
この2つを忘れず、今日も生きてみます。
今後もたくさん理不尽なこと、壁にぶちあたるでしょう。
それでも、私は私らしく、日常と向き合い、幸せを見つけていきます。
