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#34 大学時代の思い出|アルバイト

大学時代には、いくつかのアルバイトを経験した。


最初のアルバイト

最初のアルバイトは、信販会社の「ライフ」である。松江駅の近くにあった会社だったように思う。
農工のA路と一緒に、1回生の5~6月頃から始めた。

大学の学生課だったのだろうか。アルバイトを案内・紹介している窓口があり、そこで見つけて始めたように記憶している。

主な仕事内容は、返済が遅れている債務者に電話をかけ、督促するというものだった。
借り手の中には逆ギレする人も多く、正直あまり気持ちのよい仕事ではなかった。
アルバイトの案内には、電話応対程度の内容しか書かれていなかったはずで、もし詳しい仕事内容が分かっていたら、このバイトは選ばなかったと思う。

マニュアルはあったと思うが、今振り返ると、学生に任せる仕事だったのかと疑問にも感じる。
社員の方々は優しく、飲み会にも参加させてもらった記憶があるが、仕事内容がどうしても合わず、3か月ほどで辞めたと思う。

学生寮関連のアルバイト

学生寮では、各階(1F~4F)ごとに、代々引き継がれているアルバイトがいくつかあった。

その一つがコンサートのアルバイトである。確か4Fで引き継がれていたものだった。
私は1Fに住んでいたが、4FのA路に誘われ、5回ほど参加したように思う。

最初に入ったコンサートは、THE SQUARE(ザ・スクェア) だったと記憶している。
THE SQUARE は、当時放送されていたF1グランプリのテーマ曲を担当していたバンドである。

そのほかにも、
小泉今日子、THE STREET SLIDERS(ザ・ストリート・スライダーズ)、松任谷由実
などのコンサートでアルバイトをした記憶がある。

仕事内容は、午前中に機材や照明の設営を行い、一度解散。開演前に再集合して、コンサート中は会場内の警備、終了後に機材の撤去を行うというものだった。
帰宅する頃には深夜近くになっていた。アルバイト代は確か6,000円ほどだったと思う。

もう一つは、映画の割引チケット配りである。
朝、集団登校している小学生に映画の割引チケットを配る仕事だった。

ワンボックスカーで寮まで迎えが来て、5~6人で乗り込み目的地へ向かう。配り終えると、また寮まで送ってくれた。
朝早いアルバイトではあったが、仕事自体は楽で、報酬は2,500円ほどだっただろうか。割のいいアルバイトだった。

弓道部の仲間たちとのアルバイト

弓道部の同回生であるS谷T柴M谷、そして私の4人で、スナックのアルバイトをしていた時期もあった。

M谷が在籍していた頃なので、1回生の年が明けてから始めたのだと思う。
新しくオープンしたスナックで、開店日から働いていた。4人でシフトを組んで入っていた。

店の名前は「ナイトスポット明子」。なぜかよく覚えている。
ママさんが巨乳だったこともあってかもしれない(笑)。
当時、ママさんは30代半ばくらいだっただろうか。

ママさんはよく、お客さんに私のことを「かわいい私の弟」と紹介していた。

練習が終わったあと、夜8時か9時頃から深夜まで働いていたが、お客さんにお酒を勧められることも多かった。酒に弱かった私は、4人の中で最初に辞めたと思う。
残りの3人も徐々に辞めていき、最後の一人も1年は続かなかったのではないだろうか。

おでん屋のアルバイト

松江駅近くのおでん屋で、3回生の頃から卒業間近まで働いていた。

年配の女性が一人で切り盛りしている店だった。
私は深夜11時頃から店に入り、日付をまたいで3時頃まで働いていた。

忙しい日は残業もあり、帰宅途中に犬の散歩をしている人やジョギングをしている人を見かけた。その光景は今でも印象に残っている。

この店は、スナックのママさんや飲食店の人たちが、営業を終えたあとに立ち寄るような店だった。

家庭教師のアルバイト

以前の記事でも少し触れたが、大学の近くに親戚が住んでいた。
その従妹のM美ちゃん(私が1回生の時、中学1年生)に、試験の1週間ほど前になると苦手な数学を教えていた。

彼女が受験生になってからは、親戚から「何とか公立高校に合格させてほしい」と頼まれ、教えに行く日もかなり増えた。

M美ちゃんは無事に松江商業高校に合格し、4回生の時の学祭には友達と一緒に遊びに来てくれた。
その時のことを、今でも覚えている。


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