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この世でもっとも難しい質問〜きみはだれ?|しもべ妖精二シル①

 きみはだれ? きみは、いったい、何者?

 そう、いま、これを読んでいるきみ。きみに聞いているんだよ。ねえ、きみは、だれだい?

 まあでも、そうだね、きみにしたって、こういうことを、これまで他人から聞かれたことがなかったんじゃないかな?

 もし聞かれたとしてもそれは、名前、性別、年齢、出身、経歴、職業、趣味といったもので、おそらくそれらは身元確認のために聞いているだけのものだし、だから聞いた人だって〝きみはだれ?〟の本質的な答えを問いただしているわけでもない。

 では、改めて聞くよ。きみは、だれ?

 かくいう、ぼくは、ぼく自身は、というと、未だ、だれでもない。というと、ごまかしのようにも聞こえるけどそうじゃないんだ。だから、まあもう少し、がまんして聞いてほしい。

 人は考え事をしているとき、自分自身と対話している、なんていう話を聞いたことがないかな? そういうのを意識したことがない人でも、自分の中に、天使と悪魔がいて、どっちのいうことに従うか迷ってる、というシチュエーションのマンガなりアニメを見たことがあると思う。

 つまりそれは、人間の脳には、意思疎通のできる他者を自分の頭の中に見立てる、という機能がそなわっているっていうことだ。もっと身近なところでは、まだしゃべれない赤ん坊や、ペットや、はたまた、ぬいぐるみ等々に話しかけて、それであたかもコミュニケーションが取れているような、猿芝居(?)を見せられることだってあるだろ?

 もちろん当の本人はいたって真面目だし、頭がおかしいわけでもない。人間のごくしぜんな文化的行動だ。

 ほかにも、お葬式でもう亡くなっている人に向かって弔辞を読み上げたり、仏壇に手を合わせて、その人がまるで生きているかのように話しかけたり、またドラマやなんかでも、墓石に向かって語りかけるシーンなんていうのもめずらしくない。

 そして、いまのこのぼくも、そうだよ、きみにむかって、話しかけている。きみは、だれ? と。おかしいよね、冷静に考えてみると、きみから返答をもらえるはずもないのに。

 けっきょく、ぼくは、ぼくの見立てた「きみ」という存在に話しかけてる。つまり「きみ」というのは、ぼくの中にいる〝幻想の存在〟だ。もちろんこれを読んでいる人たちが、自分に向けて話しているんだと思ってくれてもかまわないし、むしろそう願っている。

 じゃあ、そしたらこんどは、きみに話しかている、このぼくは、だれ?

 ということにもなるのだろうけど、じつはこれも同じことだったりする。著者がそのままここに出てきてしゃべっているわけじゃない。著者の頭の中にいる妖精さん(?)が出てきてしゃべっているんだ、と説明すると、うーん、まあ、話は早いかな。

 ようするに、著者が、この〝ぼく〟という存在を演技しているってわけじゃなく、このぼくは、ぼくとして、著者の頭の中に独立して存在する存在。

 もっとわかりやすくたとえると、たとえばドラゴンボールの孫悟空は、作者である鳥山明が、自分を偽って演技しているってわけじゃない。でも始まりは、まず、作者の頭の中に独立して存在していて、そして人気とともに社会的な認知度が高まると、みんなの頭の中にも広がっていく。

 だから、作者が亡くなっても孫悟空はずっと存在し、生き続ける。新しく作られる物語によっては、こんなの孫悟空じゃない、って齟齬があったりもするのだろうけど、それも、そういったことを含めて、孫悟空はこうだ、というのが、多くの人々、みんなの中にあるからだ。

 いわばこのぼくも、このテキストの中に生まれた虚構の存在。「生まれた」って書いてしまったけど、まだまだこれからだろうね。つまりこれから多くの人に認知されてきたら、ぼくも何者かになる。何者かと認められるようになる。

 おそらく一般的には著者と同一視されるだろうけど、別個の存在と思っていたほうが、著者としては、何かに縛られずに自由に発言できるし、モチベーションも維持される。

 きみだってそうだよ。文章を書くとき、素のままで書いていたら、感情や勢いで書けるうちはいいけど、平静を取り戻すとすぐにネタがなくなって、何を書いていいかわからなくなったり、だんだん書くのが億劫になってくるはずだ。

 なぜなら人間の素って、だらしないものだし、気分屋ですぐ怠けようとするから、基本的に、肉体の三大欲求「性欲」「食欲」「眠欲」に流されてしまう。

 でももしきみが何かを書く人で、書くことが続けられているとしたら、そこには肉体を制御する精神が生まれているはずだ。たとえばプロの書き手なら、プロの書き手という矜持がその人の中にあって、それはつまり「プロの書き手」というキャラが自分の中に出来上がっているということになる。

 プロの書き手という矜持なら対外的にかっこいいけど、うまく書けなくなるとプレッシャーになったり、過度なストレスを感じたりすることもあるだろうね。そういった意味でもキャラ設定は重要になってくる。

 ちなみに、このぼくは、不思議に思うことをくどくどしゃべってしまう妖精さんキャラだ。ちょっと著者としては気恥ずかしいだろうけど、哲学っぽい小難しい話は、なぜか偉そうに聞こえるというか、上から目線になっちゃうから、しもべ妖精的なポジションがちょうどいい。ぼくが偉そうなことを言っても角が立たないだろ? あ、自分で言っちゃう?

 ということで、ここまでお付き合いしてくれた、ぼく、こと、しもべ妖精ニシル、の友たちよ。これからもぼくの話を聞いてくれたのなら、きっといずれきみは何かに目覚める、というか、限界突破の覚醒をするよ。この宇宙の誕生の秘密がわかるようになるからね。そうさ、その秘密を解き明かすためにぼくはここに生まれてきたんだ。

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