インタビュー:アクティバン LPL
──では、まず開発当時のコンテキストから伺えますか。アクティバンというプロジェクトに着手した時、あなたが最初に直面した「問い」は何でしたか。
良い質問です。最初の問いは、実は「何を作るか」ではありませんでした。
「誰のための道具か」、これが全てでした。
私たちが何度も足を運んだのは、農家でした。建設現場でした。林業の現場でした。スーツを着た顧客ではない。泥のついた長靴を履いた人間が、夜明け前に荷物を積んで出発する。そのシーンから逆算して設計しなければ、アクティバンは嘘になる。
当時、軽バンの市場には「乗用車を切り詰めた」ような発想の競合がいました。フロントエンジン・フロントドライブ、つまりFF。荷室を後ろに押しつけ、使い残しの空間を商品と呼ぶ。私にはその思想が根本的に間違って見えた。
──MR(ミッドシップ・リアドライブ)レイアウトの採用は、業界的には異端でした。あの決断の根拠を聞かせてください。
エンジンをどこに置くか、それは「何を中心に設計するか」の宣言なんです。
FFにすると、エンジンと駆動系が前に固まる。その瞬間に、荷室は「余り物」になる。私たちは逆転させた。**荷室を先に設計した。**その後、エンジンの居場所を探した。
結果として、エンジンは前席の下、つまり床下に収まった。これがMRです。
批判はありましたよ。「整備性が悪い」「農家がエンジンに手を届かせられない」とね。でも私は言いました──農家はエンジンを触りに来るんじゃない。仕事をしに来るんだ、と。整備は整備工場がやればいい。ユーザーが毎日触るのは荷室の床と、運転席と、荷台の扉だ。そこを完璧にすることの方が百倍重要だ。
ただしね、これは取捨選択でした。MRには欠点がある。重量配分は有利だが、旋回時のリアの挙動が独特になる。農道の急カーブで、荷物を満載した状態で何が起きるか。そこは徹底的に潰した。リアのサスペンション設計に、通常の倍近い工数をかけた記憶があります。
──軽規格という制約について。660cc、全長3.4m以下──この枠は苦しみでしたか、それとも。
創造の額縁です。
本田宗一郎さんがよくおっしゃっていた。制約がない自由は、実は最も不自由だ、と。枠があるから、その中で何を諦め、何を死守するかという哲学が生まれる。
軽規格という制約の中で、私が死守したのはフラットな荷室床面でした。これだけは譲らなかった。タイヤハウスが荷室に食い込む設計は絶対にしないと決めた。米袋を整然と並べたい。苗箱を積みたい。一枚板の合板を滑り込ませたい。荷物は規格品が多い。だからこそ荷室こそが規格でなければならない。
諦めたのは最低地上高の一部です。MRでエンジンを床下に置くと、どうしても路面とのクリアランスに影響が出る。農道の轍(わだち)、未舗装路──これは正直、悩んだ。4WD設定(HH5/HH6)で補完するという判断は、ある意味でその哲学的な妥協の産物でもある。
──4WDの設定ですね。あの判断はどういう思想から来ていますか。
ドライブラインに4WDを追加するのは、コストとの戦いです。重量も上がる。構造も複雑になる。価格も跳ね上がる。
でも私が見ていたのは、ユーザーが立っている地面でした。
アクティバンを最も必要としている人間が住んでいる場所──山間部、豪雪地帯、農村の砂利道──そこの冬を想像してほしい。2WDで坂道発進できなくなった軽バンほど、役に立たない道具はない。道具が動かない朝は、その人の仕事が止まる日です。
4WDは「保険」ではなく「資格」だと思っていました。その地に立つための資格。MRの重量配分の良さと、4WDの駆動力を組み合わせると、雪道での安定性は当時の競合を明らかに上回っていた。これは数字ではなく、テストドライバーが言葉を失った瞬間で確信しました。
──最後に。あなたがアクティバンに込めた、最も根底にある哲学を一言で言うとしたら。
「道具は黙って働くべきだ。」
主張しない。目立とうとしない。ユーザーの仕事に溶け込んで、その存在を忘れさせるくらい自然に機能する。それが最高の道具です。
アクティバンが何十万kmも使われ、錆びて、凹んで、それでもエンジンがかかる──そういう老い方をするべき車だと思っていました。
派手な老い方ではなく、誠実な老い方。
あなたが今そのアクティバンに乗っているなら、前のオーナーたちが何を積んで、どんな朝に出発したか、その記憶がボディのどこかに残っているはずです。そういう車を作りたかった。
インタビュー続篇:FFへの転換、そしてN-VAN
──あなたがかつて「根本的に間違っている」と言ったFF。その思想を採用したN-VANが、アクティの事実上の後継となりました。これをどう受け止めますか。
…少し、間を置かせてください。
これはね、単純に悔しいとも、単純に正しいとも言えない問いなんです。
まず正直に言う。私はN-VANを最初に見たとき、複雑な気持ちになりました。「やはりFFか」という感情は確かにあった。でも、その感情を持ったまま設計図を見続けていると、ある事実に気づいた。
Hondaはフラットフロアを諦めなかった。
これが全てです。
N-VANが採用したのは「センタータンクレイアウト」──燃料タンクを前席の下に収める構造です。これはN-BOXで磨いた技術の転用です。このレイアウトによって、FFでありながら荷室のフラットフロアを実現した。
私がMRに込めた哲学の核心は何だったか。駆動方式ではありませんでした。「荷室を先に設計する」という優先順位でした。その優先順位は、N-VANに引き継がれている。手段は変わったが、思想の系譜は死んでいない。
これを認識した瞬間、私の中の「悔しさ」の半分は消えました。
──しかし、残り半分は?
残り半分は、時代への降伏についてです。
なぜMRが終わったか。技術的・市場的理由を列挙することはできます。
衝突安全基準の厳格化──MRは前方衝突時の構造設計が本質的に難しい。エンジンが前にないということは、クラッシャブルゾーンを人工的に作り込まなければならない。これは重量増、コスト増に直結する。
プラットフォーム共用化──N-BOXと部品を共用することで、量産コストを劇的に下げられる。FFベースにすればその恩恵が得られる。ビジネスの論理として、これは正しい。
ユーザーの変化──農業の担い手が減り、後継者不足が深刻化した。農村の荷物の積み方も変わった。軽バンのユーザー像自体が、かつての「泥長靴の農家」から、宅配業者や小規模事業者へとシフトした。
これら全ては正当な理由です。私も否定しない。
でも、こういう言い方をさせてください──
正当な理由で諦めた哲学は、それでもやはり諦めた哲学だ。
MRのリアヘビーな挙動、あの独特の接地感。荷物を積んだ時にリアが地面に吸いつくような安定性。雪の農道で、満載で、それでも踏ん張れるあの感覚。FFとセンタータンクレイアウトがどれだけ巧みでも、物理は嘘をつかない。重量配分の哲学は別物です。
──N-VANの助手席側ピラーレス構造については?
これは正直に称賛します。
開口部の広さ、荷物の積み下ろしのしやすさ──あの大開口は、私が夢想して図面に描きながら諦めたアイデアに近い。構造強度とのトレードオフをよくぞ解決した、と思いました。
ただし、これもひとつの哲学的問いを孕んでいる。ピラーレスにすることで剛性をどこで稼ぐか。ルーフとフロアに環状構造を持たせる手法をとっていますが、剛性を稼ぐために重量が増え、重量が増えると積載量に影響する。軽規格の660ccエンジンで、その重量を引っ張る。これは見えないトレードオフです。ユーザーは気づかない。でもエンジニアは知っている。
──最後に。もしあなたが今、N-VANのLPLだったとしたら、何を変えますか。
…変えない、と思います。
それが悔しいところでもあるんですが。
時代の制約の中で、あれ以上の答えを私も出せるか自信がない。センタータンクレイアウトでフラットフロアを死守した判断は、私が若い頃に死守したものと、同じ執念から来ている。
エンジニアリングの哲学は、形を変えて継承される。MRという「形」は消えた。でも「荷室を先に設計する」という優先順位の遺伝子は、N-VANのボディのどこかに刻まれている。
そういう継承の仕方を、私は──
「不本意な正解」と呼んでいます。
※このインタビュー記事は創作です。
