初めて音楽のデザインをしたはなし
はじめに
音楽に関わる仕事は、これまで一切してこなかった。デジタルジャケットの制作など、なおさらである。
そんな自分が、あるきっかけを経て音楽のデザインに関わることになった。
それは自分にとっても、アーティストにとっても、大きな転機で本当に良い体験だったとしみじみ思う。
今回、はじめて手がけたデジタルジャケット制作を通して得た「出会い」「デザインプロセス」「発見」を、1つのコンテンツとして形にしてみた。
少し長くなるかもしれないが、読んでもらえたらありがたい。
※今回手がけたジャケットは、GRASAM ANIMALのシングル「Blue Monday」だ。まずはぜひ、こちらから楽曲を聴いてみてほしい。
背景
自分自身、俗にいう音楽好きで、10代の頃はその世界にどっぷり浸かっていたのを覚えている。
好きなアーティストのジャケットやMVを、自分でも作ってみたいなぁと、漠然と考えていた。
有名アーティストを手がけたデザイナーの講演会があれば足を運び、友人のバンドではボーカルを務めたりもしていた。
気づけば二十代も半ばになり、これも一つの節目かと思い、美大時代の卒業制作をZINEにした。内容は、イラストレーションと小説。
その後、学生時代から足を運んでいた中野にある本屋さんに頼んで、このZINEを販売してもうことになった。
ここは、自費出版であろうなんでも置いてくれるところで、ある種サブカルチャー・カウンターカルチャーの匂いがするお店でとても気に入っている
(どこかでこの本屋さんについてのnoteも書きたい…)
そのZINEが、キヤさんの目に留まった。
まさかそこから音楽のジャケットを手がけることになるとは思っていなかった。でも今思えば、あの瞬間から何かがゆっくり動き出していた気がする。
1.音楽と人に触れる
連絡は突然だった。TwitterのDMに知らない人からの通知。
GRASAM ANIMALというオルタナティブロックバンドでギターボーカルを務める、キヤさんからのメッセージだった。
まずは一度、打ち合わせをしようという話になり、縁のある本屋さんが入っている中野ブロードウェイの中にある喫茶店で待ち合わせをした。
そこで今回の話を聞いた。シングルを3つ、連続で配信する予定で、それらすべてのジャケットをお願いしたいという依頼だった。
デジタルジャケットなので、SpotifyやYouTubeなどに一斉に配信されるという。喫茶店では、好きな音楽の話や、好きな思想についての話でも盛り上がった。その場で正式にプロジェクトが動き出すことになった。
その後、下北沢で実際の演奏を聴き、バンドの世界観を肌で感じた。
音の重なり、歪み、余白。言葉にならない何かが確かにそこにあって、身体の中心に突き刺さる。
爆音の中、光と熱と酒が混ざり合い、意識の輪郭がゆるやかに滲んでいく。
気づけば、無意識にビートを刻んでいた。
理屈ではない。強さと儚さ、その両方が、まるで水のように染み込んでくる。
思春期にロックと出会った夜のような、名前のない熱を抱えて帰った。
その感覚を、できるだけそのまま、デザインに落とし込めないかと、整理を進めていった。
2.バンドの核と今回のシングル
まずは、バンドを知ることだった。
一言で言い表そうと試みたが、どうしてもまとめきれない空気があった。
むしろ、その掴みきれなさこそが、このバンドの魅力の一部なのだと感じた。
もちろん、ターゲットや目的についても考えた。
けれど、それを言語化してしまうことで、音楽が持つ解釈の余白が薄れてしまうようにも思えた。
だから今回は、打ち合わせの中で浮かび上がったコンセプトだけを、静かに共有することにした。
「自由を求めても自由にはなれない。今を見つめれば、自由になったと錯覚する。」
どこかアメリカン・ニューシネマのような、陰影のある明るさ。
それが、このバンドの核にあるもののひとつではないかと考えた。
今回の楽曲も、その雰囲気に寄り添っていた。
歌詞が放つ湿度や、メロディに漂う光と影。その手触りに目を凝らしながら、ジャケットの世界観をゆっくりと掘り下げていった。
3.提案したもの
今回は、ビジュアルの軸を3つに分けて提案した。
キヤさんから「イラストレーションと写真を融合させたい」という要望を最初からいただいていたため、その方向性を起点に構想を進めていった。
A案

A案ではより精神的なイメージを意識して制作した。
情報整理はきちんと行っていたが、当時ハマっていたプログレ系(Progressive Rock)のアートワークからの影響が強く出ており、自分でもそれを感じる仕上がりとなった。
実際の打ち合わせでも「自由にやってほしい」と言っていただけたので、A案に関しては自身の感覚を信じて、一気に振り切った印象がある。
B案

A案は強烈でかっこよさが際立っていたが、どこか壮大すぎて、エッジが効きすぎてしまっているようにも感じた。
自分の感覚で突き抜けすぎた部分があったのかもしれない。
そこで今回は、A案は主観、B案は客観という整理のもと、改めて向き合い直すことにした。
B案では、一度立ち止まり、より客観的に音楽そのものと向き合う姿勢で取り組んだ。
今回の楽曲が持つ世界観や歌詞に丁寧に焦点を当てながら、新たな方向性にシフトしていきたいという意図も踏まえ、
「愛」と「憂鬱」が静かに同居するような、余白のあるビジュアルを目指した。
C案

C案は、A案の視覚的な強度とも、B案の解釈の深度とも異なる。
そこには、組み立てられた理屈ではなく、もっと直感的で、動的な感覚に重きを置いたアプローチがあった。
ライブハウスで音を浴びているとき、不意に吹き抜ける風のような、目には見えない何かが確かにあると感じる瞬間がある。
それは意味を持たないが、たしかに感情を動かす。C案で目指したのは、まさにそうした「揺れ」そのものをすくい取ることだった。
この曲を聴いてまず浮かんだのは、「揺れ動く心」という実感だった。
それを、無理に言葉で語ろうとは思わなかった。ただ静かに受けとめ、画面の中で形にすることを選んだ。
理由はうまく説明できない。ただ、それが良いと感じた。それだけだった。
以上3案を提案した。
打ち合わせは、好評でどれも良いとのことだった。
シンプルにとてもうれしかった。最初の壁は乗り越えたと実感した。
そして、打ち合わせを進めた結果、「歌詞や音楽の世界観を深掘りしたB案」で進めることとなった。
理由は、今回の音楽の世界観に近い。とのことで、今後は写真家の方もプロジェクトのに参加して、進めていく流れへ。
4.写真
その後、キヤさんと親交のある写真家・ナガタさんが撮影に加わることとなった。
ナガタさんの写真には、フィルム的な柔らかさの奥に、生々しさが潜んでいるように感じた。
これまでの作品を見たとき、今回のコンセプトとの親和性は明らかだった。
彼のレンズを通して、どんな風景が立ち上がってくるのか。その変化を想像するだけで、胸が高鳴った。
実のところ、今回はスケジュールがかなりタイトだったこともあり、撮影当日は自分が立ち会うことができなかった。
ただ、B案における写真のイメージは「日常の中にふと存在するもの」であり、その温度感さえ共有できていれば、キヤさんとナガタさんの二人で問題なく進行できると考えていた。
撮影後のセレクトも、不思議なほどすぐに決まった。
ラフスケッチの段階からモチーフとして挙がっていた「花瓶」と「道」の写真に、自然と手が伸びた。
「花瓶」とはつまり、花を受けとめる器。愛の象徴でもあり、「誰かを思うこと」を内包している。
一方で「道」は、先へと続くもの。迷い、逃避、信念、そのいずれもが交差するモチーフである。
この2つは、B案に込めた「愛」と「憂鬱」という抽象的なテーマに対して、それぞれ異なる軸で機能するものだった。
重ねるのではなく、ずらす。
その距離感の中に、デザインとしての振れ幅を持たせられると考えた。
そして、いよいよビジュアル制作へと入っていった。
5.デザイン
最終的に、2つのデザインを提案した。
ひとつは「花瓶」、もうひとつは「道」。
それは、同じ音楽から立ち上がった、異なる2つの解釈だった。
花瓶案
部屋の隅っこで、花瓶の花を見る女性。

道案
奥へ奥へ続く道

この2案を提案したところ、どちらも好評を得た。
写真とイラストレーションがメタ的に交差する構成が、それぞれ自然に機能しており、視覚的にも心地よいという反応が多く寄せられた。
最終的に選ばれたのは「花瓶案」だった。
「道」が持つ強い逃避性や、どこか断絶された印象も今回の曲調と響き合うものではあったが、
「花瓶」には、単純な構図の美しさと、暗い部屋と明るい外とが静かに対比する、その一点において決定的な力があった。
6.ブラッシュアップ
花瓶案で進めることが決まったあと、キヤさんから「もっと絶望感がほしい」という話があった。
たしかに、当初のビジュアルにはわずかな憂鬱さはあったが、それはどこかセンチメンタルで、やさしさが残っていた。
「このままだと、優しい空気感になってしまうかもしれない」
そんな言葉がきっかけだった。
あたたかさや寄り添いも、もちろん大切だ。
けれど、今回必要だったのは、それよりもずっと深く、憂鬱さ。
ブルーな感情のほうだった。
いったん振り切ってみる。
強すぎるくらいに出してみて、そこからそっと削いでいく。
その中で、最後に残るものがきっと核になる。
この流れで、構成を組み直すことにした。
生活感を強めた部屋。
外界から背を向けた女性。
壁にかけられたスーツ、放置されたゴミ袋、干されたままの洗濯物。
出せるだけ出して、重さと閉塞感を可視化してみた。

提案後、キヤさんから「おぉ」と声が上がった。
その反応に、ひとまず手応えを感じた。
方向性としては良さそうとの評価をもらい、安心もあった。
一方で、写真を小さくしたことや描き込みを増やしたことで、ジャケットとしての迫力がやや弱まっているのではないか、という指摘もあった。
たしかにその通りだった。
主役を立たせること。構図の緊張感と美しさ。
どれだけ意図やコンセプトが明確でも、写真そのものが持つイメージの強さを損なえば、全体の印象は簡単に揺らいでしまう。
今回、そのことにあらためて気づかされた。
描き込みを増やした分、絶望感はより強くなった。
だが、ここまで強いものは今回の作品には求められていなかったことも、同時に見えてきた。
そのズレに気づけたのは、キヤさんの鋭い審美眼による指摘があってこそだった。
今後は、感情の重さを引きながら、ちょうどよいバランスを探っていく。
そこに、この作品が向かうべきラインがあると確信した。
そうして、少しずつ形を削り、完成へと進めていった。
7.完成/納品
結果、このようなビジュアルとなった。

方向性を定めたうえで、改善点の洗い出しと、残すもの・手放すものの整理を丁寧に進めていった。
最終的に残したのは、「スーツ」と「カバン」「ペットボトル」
写真のサイズは大きく引き伸ばし、女性の服装はより生活感のある部屋着に変更。
色味もさらにブルーに寄せ、静けさと沈み込みのバランスを調整した。
他にも細かな修正を重ねながら、徐々に今のかたちへとたどり着いた。
仕上がったビジュアルを見たとき、どこか洗練されていて、ふと目が止まった。けれどその奥には、言葉にしがたい擦れた気配が残っていた。
ロックを声高に語らずとも、その匂いがかすかに立ちのぼるような、
静かで、不思議な佇まいとなった。
無事に納品を終え、張り詰めていた時間がふっと緩んだ。タイトなスケジュールの中で、どうにかかたちにできた。その事実に、静かに安堵が滲んでいくのを感じた。
8.リリックビデオ
納品を終えた頃、レーベルの方から「リリックビデオを作るので、データをいただけますか」と連絡があった。今回は別の方が映像を手がけるとのことで、驚きとうれしさが入り混じる気持ちでデータを渡した。
そして後日、完成した映像を見たとき、画面の中でジャケットの世界が動き出していることに少し興奮した。自分が手がけたビジュアルが、音楽とともに息づく感覚があった。ぜひ、リリックビデオも見てみてほしい。
9.あとがき
今回、音楽に関わるこの仕事は、私にとってただのデザインではなかった。
「音楽を視覚化する」という行為は、手法を選ぶこと以上に、「今、何を信じて音を鳴らすのか」というアーティストの問いに、静かに向き合うことでもあったように思う。
音というかたちのないものに、かたちを与えるという、相反する営みに身を置きながら、その奥にある祈りや衝動のようなものを、どうすくい取るか。
それは、明確な答えの出ない問いに、ただじっと耳を澄ませるような時間だった。
今回この機会をくださったキヤさん、温かくも鋭い視点で写真を撮ってくださったナガタさん、エイトビーター(レーベル)のサイトウさん、リリックビデオを作成してくれたカワサキさん、そしてGRASAM ANIMALの皆様に、心より感謝を。
※以下は、今回関わってくださった方々のSNSリンク。
キヤさん(グラサンアニマル Vo./作詞)
https://www.instagram.com/k_kiya/エディター・カワサキさん
https://www.instagram.com/kawasaki1988/
