最大市場を捨てた男。 〜フジクラ、倒産危機から株価50倍の全貌〜
こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。
最近、朝起きると偏頭痛がすることが増えました。
原因を探っていくと、どうやら三男が夜中に私のベッドに潜り込んでくる日に集中しているらしい。寝ている間に身体が窮屈になって、首や肩の筋肉が固まってしまうようなのです。
息子が隣で寝ているのはかわいい。でも偏頭痛はつらい。
「問題の本当の原因は、見えているところとは違う場所にある」ということを、毎朝身をもって体験しています。

さて。今日はまさにその「問題の本当の原因」を見抜き、常識の逆をいくことで劇的な復活を遂げた企業の話をしたいと思います。
🏭 倒産寸前から、時価総額6兆8000億円へ
日経ビジネス最新号で大きく特集されたフジクラ。創業140年超の「電線御三家」の一角です。
6年前、この会社は過去最大の385億円の赤字を計上しました。資金繰りは危機的で、複数の幹部が「倒産するかもしれない」と口をそろえたほど。
それが今――。
株価は5年で約50倍。時価総額は6兆8000億円を超え、キヤノンや村田製作所を上回っています。
投資家からは「紀元前」と「紀元後」と呼ばれるほどの変貌ぶり。
一橋大学の楠木建特任教授は、こう語っています。
「この会社を見ると、本当に会社は経営者次第だと思う」
何があったのか。順を追ってお話しします。
🕸️ 「均一に作る」が常識の世界で、あえて凸凹を作った
フジクラの逆転劇の主役は、「スパイダーウェブリボン(SWR)」という光ファイバー技術です。
光ケーブルの世界では、光ファイバーを全長にわたってきれいに接着し、均一に束ねるのが長年の常識でした。「いかに均一なものを作るか」が技術者の腕の見せどころだったのです。
ところが、現社長の岡田直樹氏が2005年に試作したのは、光ファイバーを所々でしか接着しない製品。開くと、クモの巣のような形になります。

部下の大里氏は当時をこう振り返っています。
「均一が常識だったのは伝送効率が良かったから。ボコボコしていると本来は特性が悪くなる」
つまり、常識的にはダメなはずの製品。
しかし岡田氏はこう言いました。
「これができたら、世界が変わるよね」
所々でしか接着しないからこそ柔軟に変形でき、従来必要だった保護溝が不要になる。結果として従来比で約2割も細いケーブルが作れる。AI時代のデータセンターでは、限られたスペースに大量の回線を通す必要がある。この「細さ」が、圧倒的な武器になりました。
ただし、量産化までの道のりは苦難の連続。約100通りの製造方法を試し、ものになるまで約10年。「やめたくなることもよくあった」と大里氏は言います。
✂️ 世界最大の市場を、あえて「捨てた」
技術だけなら「すごいね」で終わる話です。
フジクラの本当の凄みは、戦う場所の選び方にありました。
当時、世界の光ファイバー需要の5割は中国。普通に考えれば、最大市場に注力するのがセオリーです。
ところが岡田氏は、中国もインドもあえてターゲットにしなかった。
なぜか。
中国市場は多数のプレイヤーが群がる価格競争の泥沼。
一方、先進国の大都市では既に地下に管路が埋まっていて、細いケーブルなら大規模な土木工事なしに追加で通せる。
つまり、工事の人件費が高い先進国でこそ、自社の製品の価値が最大化すると見抜いたのです。
さらに2019年頃には、赤字が続いていた従来型のスロットケーブルからもきっぱり撤退。人材も資金も、すべてSWRに集中させました。
💡ちょこっと理論紹介💡
📖 「ストーリーとしての競争戦略(楠木建)」
戦略は点ではなく、時間軸でつながる「物語」である。
楠木建教授は、持続的な競争優位を生む戦略には「ストーリー」があると説きます。個々の打ち手がバラバラではなく、因果関係をもってつながり、一つの物語として機能している状態です。
そして特に重要なのが「クリティカル・コア」。一見すると不合理に見えるが、ストーリー全体の中では極めて合理的な要素のこと。 フジクラの場合、それは「世界最大市場の中国・インドを捨てる」という判断でした。普通なら不合理。
でもストーリー全体の中では、これが差別化の起点になっている。 日々の仕事でも、つい「あれもこれも」と手を広げがちです。だからこそ、「この一手は、全体のストーリーの中でどういう意味を持つのか?」と問い直すと、やるべきこと・やめるべきことが見えてくるのかもしれません。
🚪 「会ってもくれませんよ」——扉をこじ開けた泥臭さ
戦略が決まっても、実行は泥臭いものです。
岡田氏は30cmほどのサンプルを手に、自らGoogleやAmazonといった巨大テック企業に売り込みに回りました。
社員からは反発の声が出ました。
「フジクラの立場では会ってもくれませんよ」
それに対する岡田氏の返答は、実にシンプルです。
「とにかく行こうよ、アポイント取って」
この姿を見て思い出したのは、稲盛和夫さんのことです。
京セラ創業当時の稲盛さんも、無名の町工場の社長として大手メーカーに断られ続けました。それでも自ら製品サンプルを持って飛び込み、技術の価値を直接伝え続けた。
のちにJALの再建を託されたときも、現場に足を運び、社員一人ひとりの声を聞くところから始めています。
技術を知り尽くした人間が、自分の足で顧客のところへ行く。
その手触りが「これはいける」という確信になる。レポートや数字だけでは得られない、現場ならではの「体温のある情報」です。
結果、2015年にハイパースケーラーの担当者がSWRのサンプルを見てこう言いました。
「これは今までに見たことがない。すぐにサンプルをもらえるか」
ここから取引先は一気に広がっていきます。
🔥 「ここだけは投資させてほしい」——危機の中の決断
もう一つ、この物語で胸を打つのが「何を続けるか」の判断です。
2020年。過去最大の赤字、資金繰り危機。普通なら、まだ大きな利益が出ていない新事業への投資は真っ先にカットされます。
ところが当時の伊藤社長はこう訴えました。
「ここだけは投資させてほしい」
SWRへの投資を続行したのです。
アナリストは「乾坤一擲の勝負に見えた」と振り返っています。なぜこの賭けができたのか。岡田氏はこう語っています。
「その実感があったからこそ、唯一リソースの投入を続けられた」
自ら顧客に会い、手応えを肌で感じていた。だから「過去にいくら使ったか」ではなく、「この先に何があるか」で判断できた。
💡ちょこっと理論紹介💡
⚖️「サンクコストの罠(行動経済学)」
「せっかくここまでやったのだから」が、判断を狂わせる。
「せっかくここまでやったのだから」「もう○○万円も使ったし」――そんな理由で、合理的でない判断にしがみついてしまうこと。これが「サンクコストの罠」です。
フジクラの事例が面白いのは、この罠を2つの方向で正しく回避している点です。 ひとつは、赤字の従来型ケーブルに対して、過去の投資にとらわれずきっぱり見切りをつけたこと。
もうひとつは、経営危機の中でもSWRへの投資を継続したこと。 一見矛盾するようですが、判断基準は同じです。
「過去にいくら投じたか」ではなく「将来どれだけのリターンが見込めるか」で決めている。 「もったいないから続ける」も危険ですが、「赤字だからやめる」も同じくらい危険。
大事なのは「未来の可能性」に目を向けること。これは日々の仕事や、自分のキャリアの判断にも、そのまま当てはまりますよね。
💡 結果、何が起きたか
2022年に岡田氏が社長に就任。AIブームに乗って光ケーブルの需要が爆発的に増加しました。
情報通信事業の売上高は――
📈 2022年3月期:1744億円
📈 2024年3月期:2972億円
📈 2025年3月期:4512億円
営業利益率は20.4%。同じ光ファイバー事業で、住友電工が8.9%、古河電工は赤字。米国の大手コーニングの16.9%をも上回ります。
Google、Amazon、Microsoftなど、GAFAMのほぼすべてがフジクラと取引をしている。ある大手アナリストはこう評しています。
「多くの事業者にとって、フジクラの商品はAI向けデータセンターを建てる時の『ファーストチョイス』になっている」
🪞 私たちの仕事にも通じること
研修の仕事をしていると、多くのリーダーが「捨てられない苦しさ」を抱えているのを目にします。
過去にうまくいったやり方を手放せない。
あれもこれもと手を広げて、どれも中途半端になっている。
「やめる」と言えば、関わった人を否定するようで言い出せない。
でも、フジクラの事例が教えてくれるのは、こういうことだと思います。
「捨てる」は否定ではない。「本当に大事なもの」を選ぶための前提条件だ。
世界最大の市場を捨てたのは、自社の強みが最も活きる場所を選ぶため。
従来型ケーブルを捨てたのは、未来を創る製品にすべてを注ぐため。
そして、その判断を支えたのは、自分の足で歩き、自分の目で見た「現場の手触り」でした。
楠木教授はこう言っています。
「日本企業は自社の岡田社長を探すべきだ」
それはきっと、今の経営者候補リストには載っていないような人かもしれない。技術畑一筋で経営なんて未経験の人かもしれない。でも、自分が信じるものに対して「とにかく行こうよ」と言える人。
組織を変えるのは、そういう人なのかもしれません。
あなたの周りに「とにかく行こうよ」と言ってくれる人はいますか?
あるいは、あなた自身がその一人になれる場面はありませんか?
今日の話が、何かのきっかけになれば嬉しいです。
📌 こちらの記事もあわせてどうぞ:
■書籍『リーダー1年目から結果を出す人がやっていること』→
■Udemy オンライン講座→

