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こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。

4月は新入社員研修のシーズンです。
普段の管理職研修よりも気力も体力も使うので、毎年この時期は、帰宅するとソファでしばらく動けなくなります。

で、そんな疲れた夜に限って、ついスマホで記事を読みふけってしまうわけですが、先日読んだアスクル創業者・岩田彰一郎氏のインタビューが、どうにも頭から離れませんでした。

何がそんなに引っかかったのか。

それは、「自社の商品を売るために始めた事業で、ライバル会社の商品を売ると決めた」 という話だったからです。

しかも、その決断を役員会に持ち込んだところ、「非国民だ」「国賊だ」 とまで言われたというのですから、穏やかではありません。

今日はこの話を、少し深掘りしてみたいと思います。



📦 アスクルは「プラスの商品を売る」ために生まれた

アスクルの話をするには、まず「プラス」という会社を知る必要があります。

プラスは日本の大手文具メーカーです。
業界には圧倒的なシェアを持つ最大手がいて、プラスは長年、その背中を追い続けていました。

「最大手の商品がなくても成り立つ文具業界をつくりたい」

これは、プラスの経営者が父の代から抱き続けてきた悲願でした。

1993年、その悲願を実現するための秘密兵器として、中小企業向けの通信販売サービスが立ち上がります。

それが「アスクル」。
「明日届く」からアスクル。

カタログに載せるのは、ほとんどがプラスの事務用品。
これを全国の中小企業に届けることで、最大手メーカーを一気にひっくり返す。

そんな壮大な作戦でした。


😨 お客様が欲しかったのは「ライバルの商品」だった

ところが、サービスが始まると、想定外のことが起こります。

お客様から次々と問い合わせが入るのですが、その内容がこうだったのです。

「明日届くのは便利。でも、プラスの商品じゃなくて、あっちのメーカーの商品が欲しいんですけど」

しかも、いちばん要望が多かったのが、打倒を誓ったあの最大手メーカーの商品だった。

……気まずい。
ものすごく気まずい。

でも、簡単に扱うわけにはいきません。
そもそもこの事業は、プラスの商品を売るために始めたものだったのですから。


📞 「じゃあ使ってみます」と言われたのに……

岩田氏のチームは、約1年間、ひたすらプラス製品の良さをアピールし続けました。

「プラスの商品も品質がいいですし、お値段もお得ですよ」

電話口のお客様からは、
「じゃあ、使ってみようかな」
という好感触の返事をもらえることも少なくなかったそうです。

ところが。

その後の購買履歴を調べてみると、勧めたお客様のほとんどが、プラスの商品を購入していなかった

「あんなにいい返事だったのに、なぜか」

ここで岩田氏は、机の上のデータだけでは見えないものがあると感じ、お客様を直接訪問することにしました。


🏢 棚一面に並ぶファイルが教えてくれたこと

お客様のオフィスを訪ねると、理由はすぐにわかりました。

ある会社では、棚一面にまったく同じデザインのファイルがびっしり並んでいたそうです。
担当者いわく、「デザインを統一しているので、今から別のメーカーに変えるのは難しい」 と。

また、別のお客様からは、
「伝票は同じものでないと業務に支障が出る」
という声もあった。

企業にとっての事務用品は、単なる趣味嗜好の問題ではなく、業務の継続性の問題 だったのです。

これ、研修講師の仕事にも少し通じるところがあります。

私も法人のお客様に研修を提案するとき、つい
「うちの研修のほうが内容がいいですよ」
と言いたくなることがあります。

でも、お客様からすれば、
「去年と同じ講師でお願いしたい」
「前回のテキストをベースにしたい」
という事情がある。

それは品質の優劣ではなく、業務の文脈 なんですよね。

岩田氏は、この訪問を通じて、お客様が本当に求めていたものに気づきます。

💡ちょこっと理論紹介💡
🔍 ジョブ理論(Jobs to Be Done)

ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授が提唱した理論です。
お客様は「商品」を買っているのではなく、自分の「ジョブ(片づけたい用事)」を解決するために、その商品を「雇用」しているという考え方です。

アスクルの顧客のジョブは、「プラスの商品を手に入れること」ではありませんでした。「使い慣れた事務用品を、明日届けてもらうこと」 だったのです。ジョブを正しく定義し直すことが、事業の方向転換の鍵になります。


⚔️ 「非国民」と罵倒された役員会

訪問を重ねるうちに、岩田氏の中で二つの思いがぶつかり始めます。

「プラスの商品を売りたい。何十年も抱えてきた悔しさを晴らしたい」

その一方で、

「お客様が喜ぶことをするべきではないか。ライバルの商品でも、求められるなら扱うべきではないか」

悩んだ末、岩田氏は結論を出します。

ライバルメーカーの商品も売る。

もちろん、簡単に通る話ではありません。

役員会に諮ると、案の定、猛反対を食らいます。

「プラス製品を売るために始めた事業で、なぜ他社の商品を売るのか」
「易きに流れているだけではないのか」

とりわけ、最大手メーカーの商品を扱うことについては、
「非国民だ」「国賊だ」
と、かなり厳しい言葉まで浴びせられたそうです。


👑 「パリはミサに値する」──400年前の王の決断

この話を読んで、私が思い出したのは、16世紀フランスのアンリ4世です。

当時のフランスは、カトリックとプロテスタントが血で血を洗う宗教戦争のまっただ中でした。
プロテスタント側の盟主だったアンリ・ド・ナヴァルが王位継承権を得ますが、パリ市民の大多数はカトリック。
当然、プロテスタントの王など簡単には受け入れられません。

側近たちも、
「信仰を貫け」
と叫ぶ。

しかしアンリは、カトリックに改宗する という驚きの決断をします。

「Paris vaut bien une messe」
──パリはミサに値する。

自分の立場や信念を守り切ることよりも、フランス全体を統一し、戦争を終わらせることを選んだわけです。

その後、アンリ4世はナントの勅令によってプロテスタントにも信仰の自由を認め、両派を包摂する国家を築きました。

「自分の陣営だけを勝たせる」ことを手放したとき、はじめて全体を束ねる力が生まれた。

岩田氏が、
「プラスの悔しさを晴らしたい」
という思いを超えて、
「お客様が求めるなら最大手の商品も売る」
と決断した構造は、どこかこのアンリ4世の話にも通じる気がします。


🎮 任天堂が「他社にゲームを作らせた」理由

もうひとつ、同じ構造のビジネスの話をします。

1983年、ファミリーコンピュータを発売した任天堂。

当初は自社開発のゲームで市場を制覇しようとしていましたが、山内溥社長はある時点で大きな決断をします。
サードパーティー、つまり他社メーカーにもソフト開発を開放した のです。

これはかなりリスクのある決断でした。
他社のソフトが任天堂のソフトより面白ければ、自社の存在感が薄れてしまうかもしれない。

実際、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーのように、任天堂の自社ソフト以上に「ファミコンを買う理由」になる作品が次々と生まれました。

でも、結果はどうだったか。

ソフトが増えるほどハードが売れ、ハードが売れるほどソフトが集まる という好循環が生まれたのです。

任天堂は「ゲームソフトを売る会社」ではなく、ゲーム産業のプラットフォームを握る会社 へと進化しました。

アスクルも同じです。
「プラスの販売チャネル」から、「オフィス用品のプラットフォーム」へと生まれ変わった。

💡ちょこっと理論紹介💡
🌐 プラットフォーム戦略(間接ネットワーク効果)

品揃えが増えるとお客様が集まり、お客様が増えると、さらに品揃えが充実する。
そんな好循環を生み出す考え方です。

GAFAのような巨大企業のビジネスモデルの根幹にもある発想ですが、要するに、自社だけで囲い込むよりも、他者を巻き込んで「場」を大きくしたほうが、結果として自社の取り分も増える という、逆説的な成長戦略です。


🚀 2億円から471億円へ

最終的に、今泉社長が岩田氏の情熱を認め、最大手メーカーの商品を含む他社製品の取り扱いが決まりました。

この決断は、今泉社長にとっては父の代からの信念を否定するようなものです。
並々ならぬ覚悟があったはずです。

そして岩田氏は、中途半端にやらなかった

必要と思われる商品は徹底的に品揃えした。
メーカーが卸すのを嫌がれば、ホームセンターで仕入れてでも販売した。
利益が出なくても、お客様が喜ぶことを優先した。

その結果、アスクルの売上は急成長します。

📊 1994年:2億円
📊 1995年:6億円
📊 1996年:19億円
📊 1997年:56億円
📊 1998年:106億円
📊 1999年:226億円
📊 2000年:471億円

たった6年で、2億円が471億円へ。

しかも成長に合わせて、プラス製品の売上そのものも伸びていった

岩田氏が読んだ通り、プラットフォーム全体が大きくなれば、自社製品の「割合」は下がっても、「絶対額」は上がる。

ここが面白いところです。

守ろうとして握りしめたものは伸びず、
いったん手放したものが、結果として戻ってきた。

まさに逆転劇です。


🤔 「手放す」ことで「手に入る」という逆説

この話の核心にあるのは、「自分たちが大切にしてきたものを、いったん手放す勇気」 だと思います。

プラスにとって「自社製品を売る」ことは、何十年も受け継がれてきたアイデンティティでした。
それを手放すのは、自分たちの存在意義を否定するようなものだったはずです。

でも、手放したからこそ、もっと大きなものが手に入った。

これは、ビジネスだけの話ではない気がします。

たとえば、部下育成。

「自分のやり方を教えたい」
「自分の経験を伝えたい」

そう思うのは自然です。

でも、本当に部下が成長するのは、上司が「正解」を押しつけたときではなく、部下自身が考えて動ける「場」を整えたとき だったりします。

あるいは、キャリア。

「この分野で一番になりたい」
という思いが強いほど、視野は狭くなりがちです。

でも、隣接分野の知見を取り込んだり、異分野の人と協働したりすることで、自分の専門性が、むしろ際立つ ということがある。

自分が握りしめているものを、いったん手放してみる。

それは「諦める」ことではなく、より大きな器で受け止め直すこと なのかもしれません。


新入社員研修の現場でも、毎年似たことを感じます。

最初は、
「こうあるべき」
「これが正解だ」
と伝えたくなる。

でも、受講者が本当に動き出すのは、講師がその「正解」を少し手放して、「あなたはどう思いますか?」 と問いかけたときなんですよね。

手放すことは、怖い。
でも、手放した先にしか見えない景色がある。

アスクルの物語は、そんなことを教えてくれている気がします。

皆さんが仕事やキャリアの中で、「手放したら、逆にうまくいった」 という経験があれば、ぜひコメントで教えてください。


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