戻しても、戻らない。 〜ホンダ「聖域」復活が問いかける組織の本質〜
こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。
桜が咲き始めました。
毎年同じ木から咲くのに、同じ花びらは一枚もない。当たり前のことなのに、ふとそのことに気づくと、なんだか不思議な気持ちになります。
さて、今日は日経新聞で読んだ、ある企業の「組織改革」に関する記事がどうしても頭から離れなくて、ここに書いてみたいと思います。
テーマは、「元に戻す」ことは、本当に改革なのか? です。
🏭 ホンダが「聖域」を復活させる
4月1日、ホンダの本社にいる数千人の技術者の肩書が一斉に変わります。
本社にあった四輪車の開発部門を切り離し、子会社の本田技術研究所に移す。
ホンダ、技術者の「聖域」復活の賭け 創業者精神はよみがえるか:日本経済新聞
この研究所は、創業者の本田宗一郎氏の思想のもと、1960年に設立された組織です。本社から独立した環境で技術者が自由に研究開発する。その成果を設計図面として本社に「売る」。
経営陣の判断に左右されず、技術者主導で革新を起こす。このモデルから、米国の排ガス規制を世界で初めてクリアしたCVCCエンジンが生まれました。「シビック」が米国で大ヒットし、ホンダの四輪事業の礎を築いた。
まさに、ホンダの「聖域」 でした。
🔄 なぜ、一度壊したのか
ところが2020年、当時の八郷隆弘社長はこの「聖域」に手をつけます。
技術者が全て自前で開発するホンダの思想は強烈だった。しかし、その強さがアダとなり、事業スピードが遅くなっていた。四輪の不振を招いていた。
「事実上の研究所の解体だ」という社内の反発を押し切り、開発部門を本体に吸収。商品企画から量産まで一貫して行う、効率重視の運営に切り替えた。
そして今、三部敏宏社長がその研究所を再び独立させる決断をした。
当時は統合を推進する側だった三部社長自身が、わずか6年で方針を180度転換したのです。
😨 「これでは勝てない」
きっかけは、三部社長が2月に訪れた中国・上海のサプライヤー工場でした。
部品の仕入れから物流管理まで全てが自動化され、生産現場に人の姿が全くない。米テスラにも納入する品質。人件費を抑えながら品質も均一に保つ。
「早い、安い、良い」の3拍子がそろう競争力を目の当たりにし、三部社長は言いました。
「これでは勝てない」
中国勢の新車開発スピードは日本勢の半分。ホンダの中国での販売台数は5年連続で減少し、ピーク時の約160万台から64万台へ。工場の稼働率は5〜6割。損益分岐点の7〜8割を大きく下回り、赤字体質に陥っています。
🤔 でも、「戻す」で本当に勝てるのか?
ここで考えたいのです。
組織の「箱」を元に戻せば、かつての力は戻ってくるのだろうか?
ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹氏は「組織を戻しただけで何が変わるのか疑問だ」と指摘しています。
ホンダ幹部も「研究所に戻したところで中国に勝てる保証はない」と認めている。
それでも「白旗をあげるわけにはいかない」と。
この葛藤、実はホンダだけの話ではないと思うんです。
📐 「復活」と「再創造」は違う
私たちの日常にも、似た場面はたくさんあります。
🔁 チームの雰囲気が悪くなったから、前の座席配置に戻す
🔁 リモートワークがうまくいかないから、全員出社に戻す
🔁 新しいやり方が定着しないから、前のフォーマットに戻す
「元に戻す」って、なんだか安心するんですよね。
でも、冷静に考えると、元に戻したところで、人は変わっている。環境も変わっている。競争相手も変わっている。
元の「箱」に戻しても、中身は別物なんです。
トヨタや日産が中国メーカーと連携してノウハウを取り込み、低価格EVで巻き返しているのに対し、ホンダは自前主義にこだわった結果、現地EVブランドの旗艦車種の投入を見送るに至りました。
かつての「最大の武器」が、今は「最大の足かせ」になっている。
この逆転現象、私たちの身近にもありませんか?
「あの人は経験豊富だから安心」と思っていたベテラン社員が、DXの波に乗れずにチームのブレーキになっている。「うちの会社は〇〇が強い」と誇っていた技術が、気づけば市場から求められなくなっている。
強みにしがみつくほど、変化への適応が遅れる。皮肉な話です。
⚔️ 高杉晋作は「武士の軍」に戻さなかった
歴史にも、同じ構図があります。
幕末、長州藩は存亡の危機にありました。攘夷戦争でイギリス・フランス・アメリカ・オランダの四国連合艦隊に完敗。藩内では保守派が台頭し、開国派や改革派は次々と粛清されていた。
このとき高杉晋作が起こした行動が、すごい。
彼は長州藩の正規軍を「立て直そう」とはしなかった。
代わりに、全く新しい軍隊「奇兵隊」を創ったのです。
従来の武士だけで構成される軍ではなく、農民も商人も僧侶も、身分に関係なく志のある者を集めた混成部隊。当時の常識からすれば、ありえない組織でした。
「武士の誇りはどうなる」「身分秩序が崩れる」と猛反発を受けた。
しかし高杉は、こう考えたはずです。
従来の武士団を元に戻しても、四国連合艦隊には勝てない。 必要なのは「元の強い長州軍」ではなく、「新しい時代に勝てる全く別の組織」だ、と。
結果、奇兵隊は幕府軍を破り、明治維新の原動力となりました。
ここが大事なポイントだと思います。
高杉は「かつての強い長州に戻そう」なんて一言も言っていない。過去の成功体験への郷愁ではなく、今の現実に合った新しい組織を一から作った。
ホンダの「聖域復活」が問われているのも、まさにこの点ではないでしょうか。
🖥️ ガースナーがIBMで最初にやったこと
もうひとつ、ビジネスの世界からも。
1993年、ルイス・ガースナーがIBMのCEOに就任したとき、IBMは年間80億ドルの赤字を出し、瀕死の状態でした。
当時の世間の予想は「IBMを分割・解体するだろう」。ハードウェアの会社を複数の小さな会社に分けるのが合理的だと。
しかしガースナーは逆の決断をしました。IBMを統合したまま、ビジネスモデルそのものを変えた。ハードウェアの会社から、サービスとソリューションの会社へ。
注目すべきは、ガースナーが「昔の強いIBMに戻す」とは一度も言わなかったことです。
過去のIBMに戻るのではなく、全く新しいIBMを創る。組織の「形」はそのままに、中身の思想とビジネスモデルを根本から変えた。
結果、IBMはV字回復を遂げました。
ホンダの研究所復活で気になるのは、新しい研究所社長に本体の取締役がつかなかったこと。「変容」のフェーズに進むには、トップが強い権限と明確なビジョンを現場に与える覚悟が問われます。
箱の設計より、中身の変容のほうが、実はずっと難しい。
💼 私自身も「戻せなかった」経験がある
少しだけ、自分の話をさせてください。
以前、あるクライアント企業で長年担当していた研修プログラムがありました。毎年高い評価をいただいていて、受講者の満足度も安定していた。ところが、社内事情で一度その研修が中断されたことがあったんです。
2年ほど経って、「やっぱりもう一度お願いしたい」とご連絡をいただきました。
嬉しかった。正直、嬉しかった。
でも、いざ設計に入ると、同じプログラムでは通用しないことがすぐにわかりました。
受講者の世代が変わっている。業界の課題も変わっている。2年前は「挑戦」がキーワードだったのに、今は「効率」と「AI」が喫緊のテーマになっている。
結局、骨格は残しつつ、中身はほぼゼロから作り直しました。
「復活」ではなく、「再創造」だったんです。
研修に限らず、仕事でもキャリアでも、「あの頃はよかった」と過去に引き戻されそうになる瞬間って、誰にでもあると思います。でも、戻れないことを受け入れた瞬間から、新しいものが生まれ始める。
🌸 「復活」ではなく「再創造」を
ホンダの「聖域」復活。
成功するかどうかは、「1960年代の研究所を取り戻そう」と思っているか、「2026年に必要な全く新しい研究所を作ろう」と思っているかで、決定的に変わると思います。
冒頭の桜の話に戻りますが、桜は毎年「復活」しているように見えて、実は毎年新しい花を咲かせている。去年と同じ花は一輪もない。
でも、根っこは同じ。幹も同じ。長い年月をかけて育てた土台の上に、新しい命が芽吹く。
組織も、キャリアも、たぶん同じだと思うんです。
過去に築いた土台は活かす。でも、その上に咲かせるものは、今の自分にしか咲かせられない新しいもの。
「元に戻す」のではなく、「土台を活かして、新しく創る」。
ホンダの挑戦が突きつけているのは、そういう問いなのだと思います。
もし今、「元に戻したい」と思っていることがあったら。
一度立ち止まって、こう問いかけてみてください。
「本当に戻したいのか? それとも、新しく創りたいのか?」
答えが後者なら、きっとそこから何かが動き始めます。
📎 こちらの記事もぜひ。組織の変革について書いています。
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