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【創作大賞2025 フード部門】和菓子という偉大なるマンネリ、そしておすすめの銘菓6つ

 日本に生まれ、日本に育ってきてよかったと思える理由の、だいぶ中心のところに和菓子があるくらい和菓子が好きだ。洋菓子や中華菓子も好きだが、和菓子のない世界は、ちょっと想像できない。

 好きなことは間違いないのだけれど、なぜ好きなのか、と問われると、はたと立ち止まってしまう。

 通り一遍の理由は思いつく。最上の素材、最高の技術、特に上生菓子や季節菓子(かしわ餅、水無月、おはぎ、亥の子餅など)に表れている、花鳥風月を愛する日本文化独特の感性、伝統の大切さーーだが、わたしの場合、「味が変わらないこと」「食べたときの印象が変わらないこと」を求めているような気がする。そしてこれは逆説的に、「手作りの和菓子ならではの、食べるたびに異なっているに違いないかすかな変化を楽しむこと」とぴったり貼りついている。

 言い換えると、和菓子のマンネリズムを愛しているように思う。和菓子はマンネリズムの表象であり、担体なのだ。

 一般的にマンネリズムというと、成長や進化を諦めている、忌避しているようで、生産性の向上が叫ばれる現代ーーもっとも実際は、下品で厚かましい資本家とその手先が叫んでいるだけのようにわたしには思えるのだがーー、どうも人気がない。また、和菓子屋の方でも時代の要請に合わせた創作和菓子を作っていて、中には銘菓を上回るヒット商品になっているものもある。そうした和菓子屋の努力にけちをつけるつもりは毛頭ない。

 それでもなお、「変わらない」というのも大きな価値なのだと思う。一口食べるや、そうそう、この味、この風味、この幸せだと確かめる喜びというのが、和菓子にはある。だから和菓子の本当の良さは、最低でも3回くらい食べないと分からない。

 「美味しい」と「『やっぱり』美味しい」の違いは大きい。和菓子の良さを知ることと、和菓子の良さを確かめることとは違う。和菓子に限ったことではないかもしれない。孔子も復習の楽しさ、正しいことを確かめる喜びを『論語』で語った。だが、確かめるためには、確かめられるものが変わってしまうようではいけない。本当にいいものは、すぐに姿形が変わってしまう、変えないと続かないような「やわ」なものではないはずである。

 和菓子のマンネリズムはまず原材料に表れる。早い話、(醤油や味噌、酒粕などの発酵食品もその原料で考えれば)米と豆と砂糖と塩があればたいていの菓子は作れてしまう。あとは、美味い水。軟水でなくてはならない。

  これは調達面では便利な一方、風味において素材に負うところが大きくなる。特に生菓子の場合、(若干の例外はあるものの)ハーブやスパイスで素材の風味をマスキングできない。また焼くことで生じる風味を加えられない場合、どうしても素材の品質で勝負しなければならなくなる。結果、和菓子の品質はその材料の品質や個性と分かちがたく結びつく。

 何十年、何百年と続くマンネリズムは、「シンプルであること」に支えられている。Less is more. 簡素であればこそ、途絶えない。

 和菓子のマンネリズムは高度な技術に支えられていると言うと、高度な技術の存在意義はマンネリズムの打破であるという先入観を持つひとには奇妙に思われるかもしれない。たとえば法隆寺が千年以上も倒れなかった、倒れないようにしてきた技術に似ている。

 和菓子の銘菓の第一条件は「味が変わらないこと」である。それはそのまま「その店でしか食べることができない」に通じる。大事に守られ受け継がれてきたオリジナリティーーマンネリズムーーが消えてしまってはただの美味しい菓子である。そうそう、この味だった、そしてこれはこの店でしか食べられない菓子なのだと、食べるたびに味の記憶、感動が蘇るようでないといけない。

 もちろん時代の要請によって多少の修正はある。ここ数十年で言えば、いかに砂糖を減らすかという流れは止まらなかったように思う。砂糖や塩、油(特に動物性油脂)を控えようというヘルシー志向の中、「『甘さ控えめ』って菓子屋のくせに砂糖をケチるな」というクレームが今となっては懐かしい。

 それでも、本質は変わらない。理由は単純明快である。良いからだ。良いことは変わらない。良いものは変わらない。そのこと自体、大きな価値なのだ。

 これまでもそうであった、これからもそうであろうという不易の時間の流れの中でこそ、今のかけがえのない貴い瞬間が鮮やかに映えるのではないか。「一期一会」が輝くのは有事ではなく平時のときである。それも品性と平穏が保たれている日常においてである。

 極端な話、棹物の煉羊羹がある日突然円柱になったり、青い色素でターコイズブルーに染められたりしたら幻滅しないだろうか。あるいは白小豆だけで作っていた餡がいつの間にか手亡豆を混ぜられていたり、本物の柚子の皮の砂糖漬けを使っていたのが知らぬ間に香料に切り替わっていたりしたら幻滅しないだろうか。少なくともわたしは幻滅する。

 それでは、同じく品質が変わらない、機械生産される和菓子はどうだろうか。わたしは、安価で一定の品質が担保される、たとえば町のスーパーで売られている和菓子は素晴らしいと思う。レシピがマニュアル化されたチェーン店の和菓子はなくてはならないものだと思う。季節感を味わうのに金を積まなければならないなどというのは本当の文明国ではないと思う。

 ただ、言ってはなんだが、機械操作して、あるいはチェーン店で和菓子を作る作り手は、レシピを守っているのであってその商品がなくなることにはさほど痛痒を感じない。なくなればなくなったで今の時代にフィットした他の菓子を作ればいいくらいに思うのではないか。何なら和菓子でなくても構わない、さらには転職しても構わないと思うひともいるかもしれない。

 対して老舗の和菓子屋の場合、自分の代で店や銘菓を終わらせるのは自分の生産基盤を失うことに留まらない。一つの伝統、一つの文化、それを共に作ってきた多くの顧客とのやりとりの一切が断絶してしまうということなのである。

 精神論めくが、「食べる文化財、消費される文化財」を日々作り続ける職人は覚悟が違うのである。単なる食品製造者としての責任を超えたプライドがあるのである。

 老舗の和菓子屋の手づくりの上生菓子や銘菓をいただくとき、ほっとすると同時に背筋が伸びる心持ちがするのは、和菓子屋の職人の「誇りあるマンネリズム」のゆえである。



 和菓子が茶道とともに発展していったのは事実であろう。茶道がなければ、緑茶、なかんずく美味い抹茶がなければ、今の和菓子はなかった。茶道自体が数々の作法、約束事で構成された巨大なマンネリズムであり、和菓子は茶道のマンネリズムに支えられてきたとも言える。

 本来、濃茶には水分の多い主菓子(おもがし)ーー薯蕷饅頭、きんとん、餅菓子、団子や外郎(ういろう)など、対して薄茶には乾いた干菓子ーー落雁、煎餅、有平糖(あるへいとう)などがお茶請けとして供される。茶道では先に菓子を食べ、それから茶を喫することになっているが、正式な茶会以外の場では、食べる順番に構わず、薄茶とともに主菓子をいただいたり、煎茶や他の飲料とともに和菓子をいただくことが多い。家の中まで作法を重んじるのは美しいことではあるかもしれないが窮屈である。黒文字も使わず和菓子をつまんで気ままに口に放り込む、かぶりつく幸せがあってもいい。

 ここで抹茶のグレードについて少し触れておきたい。茶を喫する前に和菓子を食べる理由と関わっていると思うからである。

 今、抹茶のお薄とともに菓子を食べるのは、抹茶が苦くて渋いからだろう。口の中で茶に糖分を加えれば、抹茶の苦味や渋味がいくぶん紛れる。煎茶なら塩せんべいでもお茶請けになるが、抹茶では甘みの強い菓子や干した果物の方がより適していると言えるだろう。

 だが、抹茶にもいろいろグレードがある。いい抹茶は苦味や渋味が少なく、旨みが先にくる。これは抹茶の育て方、手間のかけ方が関係している。グレードの高い、緑鮮やかな抹茶の旨味を楽しむのに、和菓子の甘さや風味は邪魔になることがある。実際、高級な抹茶には菓子は不要なほどである。どう飲もうと自由とは言え、菓子が不要なほど旨味の強い良い抹茶を抹茶ラテの材料にするなど、わたしには考えられないことである。

 どのくらいのグレードを高級な抹茶とするかは茶の製造業者にもよるだろうが、一般的に濃茶を作れるグレーの抹茶なら(もちろん薄茶にもできる)、ゆっくり茶の旨味と向き合ってもいいのではないか。以前、貧乏臭くも薄茶用の抹茶で濃茶を練って飲んでみたら、苦味や渋みが強すぎて飲みきれず、結局茶碗に湯をぶち込んで薄茶にして飲まざるを得なかった。

 ちなみに、抹茶を茶筅などでよく泡立てるのも、グレードの低いお茶の渋みや苦味が口にあたるのを和らげるためではないかと思う。冷静に考えれば、茶と湯が攪拌されてさえいれば泡立てる必要はない。

 変わらないものは変わらないものによって守られる。変わるべきでないものは変わるべきでないものによって守られる。「徳は孤ならず、必ず隣あり」という論語の一節を思い出す必要があるかもしれない。わたしたちは美味い抹茶と和菓子を食べることによって、いかにも自然に、いかにもさりげなく、日本の良いもの、日本の良い仕事という守られるべき徳を日々新たに支えることに与しているのである。

 おすすめの和菓子を6つ紹介したい。

 もちろんこれは個人的な好みであり、紹介していないから劣っているというわけでは全くない。わたし自身、泣く泣く外した逸品もある。そもそも日本の三大和菓子である、石川・金沢「森八」の「長生殿」、新潟・長岡「大和屋」の「越乃雪」、島根・松江「風流堂」の「山川」が一つも含まれていない。我ながら、極めて偏ったセレクトだと思う。

 6つに絞ったのは、わたしが和菓子に何を求めているか自分の中で鮮明にさせたかったからである。おすすめの和菓子を20にしても、50にしてもいいのだけれど、それだと総花的で、和菓子でさえあれば何でもいい、知ってさえいればいいということになりかねない。

 選定基準は次の通り。

・食べたことがある
・美味しい
・お取り寄せができる
・材料がシンプル
・独創性がある
・抹茶に合う
・和菓子ならではの風格がある

1、梅園菓子処「宝満山」
2、粟玄「和洋」
3、中浦屋「丸柚餅子」
4、開運堂「真味糖」
5、船橋屋「くず餅」
6、坂本総本店「初夢」
 
以下、一つずつ魅力を紹介したい。

1、梅園菓子処「宝満山」

卵、砂糖、寒天、水飴だけで作られる「宝満山」は「和風プリン」とたとえられることがあるが、プリンとはまた違う食感と風味がある。卵の素朴で深い部分をうまく引き出した結果、「宝満山」を口に含むと、たとえば卵焼きやプリンやカステラを頬張っていた幼年時代への懐かしさがわき、次には時空が曖昧になって、野を吹き渡る春草の香りのする風を受けながらひとりで立っているような孤独がやってくる。そこに抹茶が入ると、静けさの中で精神の豊かさを体得できる気がする。ぜひとも味わってほしい棹菓子の一つだ。
そのままでももちろん美味しいが、ブランデーやジンなどをかけても美味しい。わたしがおすすめするのはコアントローというオレンジ風味のリキュールである。偶然にも、三笠宮寛仁親王(ヒゲの殿下)も大中寺でそのようにして食べたらしい。梅園菓子処の社長が教えてくれた。
松永耳庵、川端康成、松本清張、大佛次郎、吉田茂も「宝満山」を愛した。

2、粟玄「和洋」

アーモンドとパフのコーヒークリームがけと言えばそれまでなのだが、配合比率や組み合わせに試行錯誤が感じられる逸品だと思う。試行錯誤は情熱の表れであって、それがなければ独創的な菓子は作れない。ものを作るひとやアーティスト、そうした職業に憧れているひとには特に食べてみてほしい。ちょっとやってみたら美味かったという開発でできた菓子では絶対にないことが分かるだろう。
和菓子だけれども、これは煎茶、紅茶、コーヒーにも合って重宝する。

3、中浦屋「丸柚餅子」

柚子一玉分で3000円する「丸柚餅子」は能登・輪島の銘菓である。3000円と聞くと高そうに感じるかもしれないが、製造工程の手間暇を考えれば安いくらいだ。
とは言え、貧乏性のわたしは丸柚餅子を細かく繊切りにして抹茶に合わせる。柚子の香りが餅になったような、柚子の実力がよく分かる菓子である。
中身をくり抜かれた柚子皮と、そのくり抜いたところに詰め込まれたもち米が歳月とともに一体になって、わたしたちの目の前にある。料理とは異質な個性を持つ食材を一つにまとめる技術と言えるが、丸柚餅子はその技術の中でも最高峰と言えるだろう。その技術の構成要素で不可欠なものがある。一体化するまで熟成させるための時間である。


4、開運堂「真味糖」

大変甘い干菓子で、くるみと醤油がアクセントになっている。見た目がシンプルなのがとてもいい。単純なのに深い。
この銘菓も試行錯誤の跡が感じられる。適当に作るのであれば誰でもできそうだが、そこから銘菓へと練り上げていくには気の遠くなるような努力が必要である。
ここで紹介する6つの和菓子のうちでは最も甘みが強い。甘いということや砂糖があることにありがたさを感じられる和菓子だと思う。変な表現だが「砂糖よりも砂糖的」なのだ。
なお、黒糖を使用した「真味糖大島」という姉妹品がある。これまた「黒砂糖よりも黒砂糖的」な菓子である。


5、船橋屋「くず餅」

関東の「くず餅」は日本で唯一の発酵した和菓子と言われるーー小麦粉を乳酸発酵することで独特の食感を作り出している。このくず餅にきな粉や黒蜜などを絡めて食べると滅法美味い。
冒頭「関東の」と断りを入れたのは、関西の「くず餅」とは違うからだ。こちらは葛粉を使用している、発酵させていないなど、関東の「くず餅」とは似ても似つかない。
また関東の、小麦粉を発酵させるタイプの「くず餅」は船橋屋の他にも製造している店がある。食べ比べてみるのも面白いと思う。


6、坂本総本店「初夢」
 
茄子の砂糖漬け自体、大変珍しい。一富士二鷹三茄子に通じる縁起の良さだけではない。何より美味しい。黒砂糖を思わせるカリウム分の独特の風味が抹茶の旨味を引き立てる。
残念ながら簡単には手に入らない。当たり前だが茄子が採れなければ作ることもできない。また熟成も必要とあってサイトには販売期間は11月頃から4月頃と書いてある。だが、実際はもっと早いうちに完売する。個人的に、11月に「初夢」を買って新年の前祝いをしたらどうかと思う。

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