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AIとの付き合い方を真剣に考える——新しい道具から遠ざからないために

最近、AIとの付き合い方を真剣に考えている。

AIがすごいとか、便利だとか、これからの時代はAIだとか、そういう話はもうあちこちで聞くようになった。けれど私が感じているのは、もう少し生活に近いところの話である。

年を重ねると、新しいものからどうしても距離を取りたくなる。

なんとなく面倒くさい。
難しそう。
今さら覚えるのも大変そう。
今のままでも、まあ何とかなる。

その気持ちはよく分かる。

実際、私の母はいまでもフォルダフォンを使っている。何度かスマートフォンを渡し、一から使い方を教えたこともある。けれど結局、使わずじまいだった。

もちろん、それを責めるつもりはない。

長年使ってきたものを変えるのは、誰にとっても負担が大きい。画面を触るだけでも不安があるし、間違えて何かを押してしまうのではないかという怖さもある。新しい道具は、便利である以前に、まず「よく分からないもの」として目の前に現れる。

けれど、国を違えて暮らしていると、どうしても思うことがある。

もし母がスマートフォンを少しでも使えていたら、写真をすぐに送ることができた。孫の近況も、家族の日常も、もっと簡単に共有できた。声だけでは伝わらない表情や空気感も、画面越しに届けることができたかもしれない。

今は、遠く離れていてもつながれる時代である。

だからこそ、その道具を使わずにいることが、ただ不便というだけではなく、少しもったいないように感じる。


ここから先は、私自身がAIをどのように使い、どう向き合っているのかについて、少し本音に近い形で書いてみたいと思います。

AIを特別なものとしてではなく、これからの暮らしや仕事、そして表現を支えてくれる道具として考えてみる。そんな視点で読んでいただければ嬉しいです。

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