【保存版】パースは“うまさ”ではない|設計力で差がつく理由
序章|なぜ、いま手で描くのか
― AI時代に消えないもの
いまは、誰でも一瞬で美しいパースを生成できる時代だ。
レンダリングは高度化し、マテリアルも光も自動で整う。
AIは構図や時間帯まで提案する。
だが、ここで一つ問いたい。
そのパースは「誰の意思」で構成されているのか。
AIは整えることはできる。
しかし、選択はできない。
私は、線を引くという行為を「選択の可視化」だと考えている。
線を引く瞬間、私は決断している。
・どこを強調するか
・どこを省略するか
・どこを曖昧にしないか
その積み重ねが設計力になる。
だから私は、手で描く。
第1章|線への執着の原点
― 足りなさが思考を鍛えた
私は、本当は美大に行きたかった。
幼いころから絵を描くのが好きだった。
本格的に美術を学びたいと思っていた。
けれど進んだのは、工業色の強い建築科だった。
実家が工務店だったこともある。
現実的な選択だったのかもしれない。
建築科を選んだのも、土木や電気ではなく建築だったのは、やはり「絵」が好きだったからだ。
それでも心の奥には、
「まともに美術を学ばなかった」というわだかまりが残った。
今でも、どこかにある。

建築の仕事を始めた当初、私は設計ではなかった。
営業や工務の現場にいた。
だが、どうしても設計がやりたかった。
図面を描きたかった。
設計に携わるようになってからも、私は考え続けていた。
図面だけで、本当に伝わっているのだろうか。
寸法は正しい。納まりも成立している。
けれど、空間の空気までは伝わらない。
その違和感が、私をパースへと向かわせた。
第2章|共有された瞬間
― 瓦を割った建築主との体験
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